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第三話

「…………つえー。はは、やっぱりつえぇ」

 結果から言えば、第一セットは11対9で俺が落とした。終盤に犯したサーブミスは自分のミスながら間抜けだったな。完全に空振りした。

 向かいでは部長と橘先輩が身振り手振りを交えて真剣に話している。向こうの表情に余裕が無いのがせめてもの救いか。

 タオルで汗を拭きながら、部長の強烈なドライブにどう対処しようかと俯き加減で考えていると、話しかけてくる声があった。

「どんまいどんまいっ! まだまだ行けるよ!」

 女子卓球部部長の姫宮愛だった。橘先輩と同じように俺の背後に控えていてくれたといるということは、どうやら俺のアドバイザーになってくれるらしい。

 少しだけ脱色したセミロングの髪が包んでいるのは小さな頭、それに対してパッチリとした瞳は大きく愛くるしい雰囲気を持っている。これは室内競技選手に総じて言えることだが日に当たらないので肌は白く、しかしそれだけで女子は美人に見えたりするから不思議なもんだ。あと、コイツも俺や加藤と同じクラス。

 姫宮も部長なだけあって二年の女子の中では一番強い。しかしそちらは男子とは違って強さがほぼ一線な選手が揃う群雄割拠な激戦地なのでその点男子より活気がある。さっきの相川もトップ集団に含まれた一人だ。

「ブランクがあるから当然だけど、やっぱり平野先輩はフットワークが鈍ってるよ。もっと左右に揺さぶっていけば大丈夫じゃないかな」

 そちらに置いてあった俺のスポーツドリンクを手渡してくれながら、

「それと、マツケン君のブロックの出が遅い気がする。先輩のドライブは強い分テイクバックが大きいんだから、それが見えたらすぐブロックするか下がるかしないと」

 ……なんて的確なアドバイス。さすが関東大会にも出たことのあるヤツは違うな。ちなみにマツケン君とは姫宮が俺を呼ぶ時のあだ名だ。どうしてそんなニックネームが付いたのかと言うと俺が松本健二という名前だからで、決してサンバ好きだからではない。それに、こんな呼び方コイツしかしてこない。きっと皆、そのセンスの無さに気付いているのだろう。言っている本人以外。

「…………了解しました」

「うんっ、がんばっ!」

 ドリンクとタオルを受け取ると、姫宮は俺の背中をバンッと押してくる。つんのめるように前を向けば向こうからも部長が歩いてくるところだった。

 これから第二セット。俺にはもう後がない。



「負けた――――!」

「でも、いい勝負だったよ」

 体育館に八つ当たりするようにボディプレスをかまし、そのままひっくり返って大の字になる。その俺にタオルとドリンクを渡してくれるのは笑顔の姫宮だ。

 そう、第二セットはいい勝負だったのだ。

 はじめは俺が優勢だった。一時は四ポイント差を付けたりもしたのだ。しかしそこからの部長の巻き返しが凄まじかった。俺の攻撃はことごとく跳ね返され、向こうの攻撃にはことごとくふっ飛ばされた。そうして気付いたら10対9で先輩のマッチポイント。

 でも、いい勝負だったのはそこからだ。姫宮のアドバイスをもう一度思い出し、見ていた一年生たちから歓声が沸き起こるほどのデュースデュースの繰り返し。やがて先輩の勝利と言う形で試合が終わった時のスコアは24対22となっていた。そりゃ身体が疲れてるわけだ。

「お疲れさま、松本。僕も久しぶりに本気で試合が出来た。これなら当分、男子卓球部は安泰だな」

「はは、そりゃどうも」

 そういえば試合後の握手を忘れていたことに先輩から差し出された手で気付いた。俺はその手に握手を返し、そのついでに起き上がる手助けもしてもらう。

 横にやって来た橘先輩も声を掛けてくる。

「いや、本当に。お前はまだ二年なのにそれだけ強いんだ。もしかしたら最後の大会の時には平野の成績を超えられるかもな」

 そんなこと言いつつ部長が勝ってニヤニヤと嬉しそうじゃないっすか、とは口には出さない。これは橘先輩なりの餞の言葉だと理解しておく。

 部長は続いて俺の隣でニコニコしている姫宮に視線を移した。

「姫宮も女子部部長として頑張ってくれ。あと、松本が腑抜けたりしたら姫宮がしっかり立ち直らせてやるんだぞ」

「はいっ! もちろんです!」

 もちろんなのか。部長の餞は随分と刺激的だな。

「ともかく、二人とも。卓球部を頼んだぞ」

「……はいっす」「はいっ!」

 テンションの正反対な返答に苦笑した先輩はそれから俺たちに頼り甲斐のありそうな背を向けると、前へと歩いていく。その将来へ迷うことなく向かっていくような堂々とした足取りは何故か俺たちの瞳を感涙で滲ませた。一年生たちからも拍手が沸き起こる。

 割れんばかりのカーテンコールに感極まったのか立ち止まって振り返り、満面の笑みで部員たちを見回した部長は、最後にこんな感動的な締めの言葉を残してくれた。


「何やってるんだ皆、もうすぐチャイム鳴るぞ」

 時計の針は八時二十三分を指していた。


 ――着替えに手間取った部員数名は担任から問答無用で遅刻の烙印を押されたらしい。


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