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第一話

 傘を持っていない時に限って雨に降られ、持っている時に限って空はカラッカラ――これは、この世に生ける全ての人が味わったことのある神様の創りし不条理システムの一つだろう。暇を持て余した神様のそんな戯れに付き合わされてこっ酷い目に遭った苦い思い出のある俺は、それ以来常時折り畳み傘を持ち歩くようにしている。

 なので、本日のこの突然の雨天でも神様のお茶目に巻き込まれる事は無かった。現在夜六時。

 九月も中旬に入って短くなり始めた日照時間のため暗くなるのも早くなった今日この頃。足取りも軽く家路の商店街を突っ切り、看板に明かりをつけている馴染みの店に顔を出して冷やかしたりしつつ、部活帰りの家路を満喫していた。

 神様を出し抜いた気分になって、ひねくれていると自覚している俺でも今はささやかな喜びを感じており、上機嫌だった。

 だから、ソイツに声を掛けようなんて思ってしまったんだろう。

 もっさりした木の下で雨宿りしている同じ高校の制服を着た女生徒に。

「傘、入ってくか?」

「……………………」

 返事は返ってこない。少女は雨が当たってザアザア音を立てる梢を見上げるばかりだ。

「……………………」

 これは俺の沈黙。

「……………………」

 これは彼女の沈黙。

「………………ふぅ」

 世の中こんなもんだろ。

 好意で声を掛けても返事すら返してこない。

 ま、人生穏便に生きていきたい俺としては、人間関係は重要だ。こんなことで気を立てることも無い。

 でも、この世界の人はこんな経験を経て好意とか優しさとかを忘れていくんだろうな。

 俺は踵を返す。そういえば好きなクイズ番組が今日スペシャルだっけ。そんなテレビ主体の計画を立てながら俺は再び家路に復帰し――

「ぐおうぁ!」

 ――ようとしてできなかった。なぜなら……

「ねえ、あなた」

 後ろから木の下に引っ張り込まれたからだ。その際、俺の腕に彼女の腕が絡められちょっとドキリとしたのは不可抗力。

 急に引っ張られたせいで雨に濡れていた傘から飛沫が飛び制服の所どころに染みを作ってしまう。

 もちろん彼女にも掛かってしまったが、そんなことはお構いなしな様子だった。それ以前に彼女の制服も濡れていて、ブレザーなのが誠に遺憾……いやいや冗談。背中の半ばまである長い黒髪からも雨の雫が滴っている。

「あなたには、何が見える?」

 彼女は上を見上げたまま俺に問い掛ける。訝りつつも隣で倣ってみるが、

「何が見えるって…………。木、だろうが」

 当然ながら、もっさりした木が見えるだけだ。葉が多く、空の色だって見えない。でもだからこそ雨宿りとして機能しているのだろうけど。

「それだけ?」

 俺に視線を合わせる。てか、それ以外にあるのか。

「それだけ」

「ふふ」

 笑われた。

「幸せ」

 何だと?

「……俺、馬鹿にされてる?」

「そんな。滅相もない」

 さも驚いたように言わなくてもいいだろ。ますます腹立たしい。

 とは言っても最近の若者みたいにすぐキレたりしない俺はちょっと顔を顰めるだけに止めておいたはずだったが、彼女はそれをキレる寸前だとでも思ったのか、なだめるように手をひらひら振ると再び顎を上げた。

「私には宇宙が見えるわ」

「はあ?」

 ……これはヤバイ人に声をかけてしまったっぽい。言うに事欠いて樹木見上げて宇宙が見えるとは。

 はぁ、勝手にコスモ感じてろよ。星座なんて自分の生まれた月の蠍座しか知らん俺にセイントな話をされてもさすがに付き合いきれそうにない。自分から声を掛けておいてどうかと躊躇したりもしたが、初め無視されたお返しだ。俺は彼女の腕を解くと歩き出そうとする。

 しかし、彼女はその背に声を掛けてくる。

「あなたには見えなかった?」

「見えなかったよ。ありがたい事に」

「そう」

 たった二文字のはずの返答には多分にハッピーなニュアンスが感じられ、俺は振り返ってしまった。それを見越していたのか、待ち構えていたようにバッチリ一瞬で俺と目を合わせると、もう一度彼女は俺を馬鹿にしてきた。

「ふふ、幸せ」

「……喧嘩売ってる?」

 買わないけどさ。とりあえず訊いてみる。

「そんな。滅相もない」

 数秒前に聞いた気のするセリフが俺の耳朶に届いた。これは時間の無駄だな。

「あっそ……、……!」

 彼女に背を向けた瞬間、突風でも吹いたかのように俺の手から濃紺の折り畳み傘がすっぽ抜けたと思ったら、背後から強襲してきた彼女に強奪されていた。

 そこは既に樹冠の外。つまり、俺は神様の児戯に付き合わされるがまま。

 呆然とする俺に彼女は傘を持ったままクルッと半転すると、これ以上ないくらい幸せそうな笑みを見せつけ、こう言った。

「もう少し、ナンパの第一声は考えた方がいいわよ」

 パチンコ屋のネオンライトに煌めく烏の髪を靡かせながら颯爽と走り去る彼女。その背中を見つめながら最後に残していった笑顔を思い出して、俺は雨に全身を殴打されるのも気にせぬままに一人ごちる。

「ちっきしょ、……………………可愛いじゃねえかよ」

 神様も変なところで手抜かりが無い。ちゃんと二物は与えないんだからな。

 でも、これは希望でも何でもなくて、アイツとはまた近い内に会う気がする。同じ学校の制服だったし、何より神様に遊ばれないための俺の必須アイテムを返してもらわないといけないしな。

 不本意ながら今日は貸しといてやるよ。その傘。

 ビシバシ俺を叩く雨も、火照りを冷ますには丁度いいさ。


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