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十二話

 放課後、全卓球部員延べ三十名がぞろぞろ連れ立って向かったのは公民館。受付の初老のおばさまにも話は伝わっているのかにこやかに体育館の使用手続きを済ませてくれた。

 一人七十円の使用料は前払いであったため、揃って財布をじゃらじゃら言わせる部員たち。俺はそれを抑えて全員分、ちょうど二千百円を支払った。

 慌てて俺に小銭を渡してくる部員たちだが、もう少し俺の気遣いを受け入れろ。

「今回は俺が全額持つ」

「え、でも……」

「ただし今日だけだ。毎日二千円以上も出費してたら、俺は簡単に破産する」

 おばさまに大量のネットを受け取ると部員たちを置いて先に歩き出す。数瞬の後にばたばたと追いついてくる足音に、なんだか知らんが顔が綻ぶのを抑えられなかった。

 しかしながら、ここで誤算が一つ。

 三十人が同時に台を使う場合、少なくとも十五台が必要になるのだが、体育館には十二台しか置いてなかった。シングルで使っていては六人も余りが出てしまう。

 となると、いくつかの台はダブルスやるしかないか。高速演算開始。……終了。

「しゃーない。四台が三列あるうちの一台ずつはダブルス用にする。四十五分交代でローテーションしてくぞ」

 はーい、という悲喜こもごもな返事とともに部員たちが散らばっていく。それぞれがペアを作っていき、そのうちの数ペアはお互いに声を掛け合って率先してダブルスの台に入っていった。

 もちろん言い出しっぺであり部長の俺がそっちに入らないわけにもいかず……、…………そもそもペアが作れないのはどうしたことか。

 他の二年男子はとっくにいつものペアで組んでしまっているし、余りはいない。でも、来ているのはぴったり三十人のはずだから余りは出ないはずなんだが……。

 体育館を見渡して………………いた。

 そりゃそうか。卓球部に入りたてな上に、この前まで相川が相手してくれていたアイツも現在独り身を謳歌しているはず。だとしたら独り身同士で組むのが筋だろう。

「おーい美月さん」

 いつものように長い髪を結っているアイツ――コスモスは部室にある練習用のラケットを手持ち無沙汰にジャグリングみたく上に投げ上げながら壁際に立っていた。

 名前を呼ぶと、ラケットを追うように宙を彷徨わせていた視線を俺に向ける。見てなくともきっと、落ちてくるラケットを掴みそこねることなんてないんだろうな。

 近寄っていくと、コスモスはどうしてか迷子を安心させるお姉さんのような優しい笑みを浮かべた。なのに俺の頭には嫌な予感しか浮かんでこない。

「あら、どうしたの僕?」

 迷子を安心させる笑顔。そう、いわばデパートの迷子センターの係員の笑顔。表現そのままだったな。

「なんだよそりゃ」

「だってあなた子供なんでしょう?」

 そこが伏線か。めんどくせー。

「子供にも年齢の幅ってもんがあるだろう。俺は今十六、もうすぐ十七だがそれだって立派な子供だろうが」

「そうね。でも、自分の事を子供だって自覚してる人ほど大人な人はいないと思うわ」

 もうお前と禅問答する気はない。

「それよか、美月さんも相手いないんだろ? 俺と組んでくれないか?」

「あら、いいの?」

「いいのっていうか、余り者同士他に組む人もいないだろ。妥協だ妥協」

「ふふ、そうね。妥協って大事よね」

 ご機嫌になってもらったところで俺たちはダブルスの台に移動――しようと見てみれば何故かもうスペースは埋まっていた。いつの間にそんなに人気になったんだ、ダブルス。いつもシングルの練習しかしてなかったから新鮮なのだろうか。

 というわけで、空いていたシングルの台を確保した。

「おっす部長」

 ラケットを置くとすぐに隣人から声を掛けられた。隣の台を占領していたのは最強一年生の進士君。

「ダブルスの時一緒にやりません?」

「ああ、それは構わないけど――って!」

 進士君の本日の相方を見て、進士君が浮かべていたニヤニヤ笑いの意味を知る。

「……ふふふ、叩きのめしてあげるわ」

 休部の説明をしたときのビンタ騒動で、どうやら俺とその人の間で何かがあったのだと後輩たちに勘違いされたらしいと噂に聞いた、姫宮と相川が抜けた現在の女子卓球部二年の中で最強のおなご。

 西岡由美さんがそこにいた。

「あんたのせいで要らん誤解を受けて、ストレス溜まってたところなのよ……」

 ……それは俺のせいなの? 俺がストレスの捌け口になんないといけないの?

 今のこの人の様子からすると、正面に立ったら間違いなく『あー手が滑ったー』とか一本調子でほざきながらラケットをふっ飛ばしてくる。俺の眉間目掛けて。

 でも相方に恐らく俺とも比肩するであろう実力の持ち主である進士君を指名した辺り、本気で卓球で叩きのめそうとしてるのかも知れない。両方とも混合ダブルスだし、それだとありがたいんだけどな。

 笑いを噛み殺している進士君の頭を一発はたきながら、このまま怖気を催す理不尽に震えていても仕方ないと頭を切り替えて、俺も正面を向く。

「そんじゃ、何や…………る?」

 ところがコスモスが聞いている様子はなかった。熱心に視線を向けているのはどこかと見てみれば二つ隣でやっているダブルスの試合。入れ替わり立ち替わり打つ人が変わるダブルスのルールでも覚えているのだろうか。そういえば、まだ教えてなかったな。

「ねえ健二」

「なんだ?」

「なんで二人は交互に打ってるの?」

「そうゆうルールだからだ」

「どうしてサーブをクロスにしか打たないの?」

「そうゆうルールだからだ」

「なるほどね」

 最早、ダブルスの特殊ルールを完全に把握したらしい。見てれば分かるとは言っても、気付くのが早すぎるだろう。さすがはニュータイプ。

 疑問は解消したのか、コスモスがこちらに向き直った。

「それじゃ、何しましょうか? 早く決めてもらえると助かるんだけど」

 理不尽なのはここにもいた。そもそもお前待ちだっつうの。

 文句を垂れるのは内心だけにしておいて、相手から見えないよう嘆息で憂鬱を吐き出すと真面目に練習メニューを考え始める。

 一通りラリーはできる。スマッシュも打てる。ドライブも打てる。他に基本的な事っていったら…………アレ、だな。

「サーブの練習って、やったか?」

「いいえ、まだね」

 ふんぞり返って上から目線なのは多少気になったが、コイツに何を言っても無駄だ。

「そんじゃ、サーブやるか」

「分かったわ」

 ボールを渡してやると、それっぽい構えに入った。こいつの場合それがフェイクでも何でもないから始末に終えない。

「まずは好きなように打ってみ」

 軽い調子で言いつつ、しかし今回ばかりは気を抜かない。どんな回転のサーブが来ても対応できるように腰を落として待ち構える。

「いくわよ」

 宣言するや否や、ボールを高く投げ上げた。投げ上げの際に回転を掛けちゃいけないことも既知のよう。ちゃんと無回転だ。回転を掛けないで球を垂直に高く投げ上げるのは俺だって至難の業なのだが、コイツはそれを難なくやってのける。

 全く、人の自信を簡単に叩き壊してくれる。

 言ったら喜ぶだろうから言わないけどさ。そんなの癪だから。

 ともかく、今はコスモスのサーブに集中だ。

 ラケットの振りを見逃さないよう意気込みコスモスを注視すると、目の前ではボールの落下に連動するようなスピードでコスモスもその場にしゃがみこんでいる。

 ……ん? しゃがみこんでいる?

「……!」

 ――それって王子サーブじゃねえかっ! どこでそんな大技憶えやがった!

 なんて考えるのは後だ。余計な事を考えていたら、これは……やられる!

 王子サーブを実際に受けたことなどないが、ラケットの動きから見て下回転系のサーブのはずだ。だったら正攻法のツッツキで返す!

 果たして――。

「あー……」

 ボールは無情にも、ふんわりゆったりとした山なりで相手コートへと落ちていった。レシーブ自体が高く上がったため、バウンドも高め。

 それはつまり絶好の打ち頃ボール。

「はっ!」

 気合一閃。コスモスがラケットを振り抜く。そして俺は。

 ――再び己の脇を抜けていく高速の物体を目にすることになった。

『…………………………』

 見ていた誰もが言葉を発せないでいる。

 俺はその場にしゃがみ込み、体育座りで反省会。誰もが遠ざけそうなほど背中に陰鬱な影を背負っているその肩を、果敢にも叩く者がいた。

 進士君だった。

「ど、どんまいっすよ。部長」

 震えている君の手が何よりの慰めだ。この無力感や虚脱感、絶望感並びに恐怖感は俺だけに与えられたものじゃないんだよな。

「なに? どうしたのよ皆して」

 コイツの性格を知った今では、今のセリフも確信犯に思えてくる。

「……皆、人間の新たな可能性に感動してるんだ」

「? 前にもそう言ってたけど、どういう意味よ」

「……そういう意味だ」

 過去の会話を追体験しつつ気力を振り絞って立ち上がった。俺の思ったとおりならば、きっと現在のコスモスの内心はウハウハに違いない。何せ、自分以外の全員を絶望の淵に叩き落したんだからな。

 顔面引き攣っている西岡さんよ、ウチの相方はどうだい。反則だろう?

 対戦が楽しみだ。…………俺としては複雑な気分だが。


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