十一話
やはり姫宮とは接触できそうない翌日、教室にて。
友人の一人と一緒に席を立った姫宮を離れた自分の席から見送ったところで、教室に残っているもう一人の姫宮の友人に声を掛けた。
「なあ」
「うん? あ、松本君……」
気まずそうに、ははは……なんて乾いた笑いを漏らさんでくれ。めげてくる。
落胆が表情に出てしまったのか、その女生徒は「ち、違うんだよ」と慌ててわたわたと両手を振ってきた。まだ見放されてはいないらしい。
「これ」
その友人に差し出したのは、昨日相川のクラスメイトから受け取った例の手紙。
「帰りしなにでも姫宮に渡してもらえないか? 教室じゃあまだ落ち着けないだろうし」
首を傾げながら封筒を受け取り、宛名を見て眉を顰める。そしてひっくり返し、今度は仰天した。
「え、え? ちょ、これって――」
「何も言わずに渡してくれ。その文面にアイツの今の気持ちが書いてある。そこに姫宮へのメッセージもあった。俺に伝えてくれって書いてあったけど、それはできないから」
俺は頭を下げる。さすがに周りのクラスメイトも注目し始めるが構ってはいられない。
「頼むっ。なんなら中身を確認して口頭で伝えてくれても構わない」
返事は無い。ので、俺も頭を上げるわけにはいかない。
こんな真剣に誰かに頭を下げるなんて、ちょっと前までは考えもしなかったな。最近はやたらとぺこぺこしているが。
それだけ責任のある位置にいたってことなんだよな。俺が無自覚だっただけで。
待っていた時間は十数秒。そろそろ姫宮が戻ってこないかとヒヤヒヤしていると、少女の嘆息が聞こえてきた。
「分かったよ」
ガバッと頭を上げた。確かめるように姫宮の友人と視線を合わす。
心の奥底を見通そうとしているような、鋭利に研ぎ澄まされた視線。それは俺への試験にも思えた。
「愛に渡しても大丈夫な内容なんだね?」
「ああっ、それは保障する」
「なら、うん。分かった。ちゃんと渡しとく」
「ああ! さんきゅ、恩に着るっ」
謝意を述べると俺は急いで己の席へと舞い戻った。そこで待ってくれている進藤の存在に、男ながらに惚れてしまいそうだ。
あの騒動以来、やはり俺にも敵対的な男は増えた。きっと姫宮や相川に惚れていた男子たち、それに加藤を糾弾したであろうフェミニストの皆様だろう。
それでも、このクラスの中ではアンチも表面的にはおらず、他クラスのアンチからは俺を守るように友人たちが振舞ってくれ、それは本当にありがたかった。お前に学校辞められたら宿題写す当てが無くなるとか言っていたが、そんな配慮は照れくさいったらありゃしない。
間一髪にも、そのすぐ後に姫宮は戻ってきた。遠目から見て、その表情に何か含んだような色はない。あの友人も何気なく振舞ってくれているので、とりあえず大丈夫そうだ。
俺が席に座ると、進藤を初め他の友人たちも続々と集まりだし、昨日の試合結果を踏まえた野球談義が開始された。
そこで昨日のコスモスとの会話を反芻し、不意に考える。
――こんなのも幸せにカウントしてもいいんじゃないか。
漠然とだが、この世界も捨てたもんじゃない、なんて陳ねたことを思った事実は、即座に日銀金庫よりも強固な心のロッカーへと仕舞い込んだ。