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第九話

 あれから、四日が経過した。

 以来、登校してきていない相川。担任佐々木氏は詳しく教えてくれくれなかったが、風の噂では療養施設に入ったとかどうとか。嘘か真かは知る術も無い。

 実際に暴力を振るった加藤は三日間の自宅謹慎を食らった。しかし、それを過ぎても教室に姿を現すことはなく、もしかしたらこのまま学校を辞めるのではないかと実しやかに囁かれていた。

 女子に手を上げたとなると全生徒の少なくとも半分は己の敵に回るのだ。もしかしたらフェミニストの男子たちからも蔑みの目を向けられるかもしれない。確かにそんなコミュニティには戻りづらいよな。

 かく言う俺も、相川のクラスの女子からは白い目で見られるようになった。今のところ具体的な行動は起こされていないが、いつか爆発しそうで怖い。こういう色恋に関しては常に女性有利な状況が続く。加藤に関しての相川の発言は男子からしたら顰蹙モノだろうが、C組の女子はそこに一切言及しない。どうせ俺も言えないから別にいいけどさ。

 深刻なのは姫宮だ。頭から離れないらしい映像のせいで学校に行くのを嫌がり、友達が迎えに来てようやく制服に着替え始めるという日々が続いている。また、俺を見ると相川の呪詛を思い出してしまうらしく、クラスメイトたちからも止められて、あれから一度も話す機会は得られていない。

 そして卓球部。言ってしまえば二週間の休部がペナルティとなった。主な原因は加藤の傷害だが、それ以外のいざこざも全て卓球部員絡みだったため、事態を重く見た学校側はこのペナルティを決めたようだ。それでも他校の生徒相手じゃなったので、上層部の人たちはかなり譲歩してくれたらしい。

 現在はというと。通常授業が終わった放課後に、その説明をするため卓球部員に集まってもらっていた。卓球場は使えないので学校側から宛がわれた会議室を使用している。もちろんだが、その場に加藤、相川、姫宮の三人はいない。

 こんな時まで呆けているわけにはいかなかったのか、高橋女史も真面目な顔で俺たちの前に立っている。

 同じ二年生は何を言われるのか分かっているだろうが、一様に首を傾げている一年生たちは四日間の間何かと理由をつけて練習を休みにしていたこともあって訝るような目を高橋女史へと向けている。どちらに対しても申し訳ない。

 顧問としての責任からか、高橋女史が初めに口を開いた。

「えー、諸君に集まってもらったのは他でもない。卓球部のことで重要な話がある」

 この顧問からはありえない程のシリアスな語り口に、さすがに重要な話が良くない知らせであると悟った一年生たちは緊張の面持ちで高橋女史の次の言葉を待っている。

「卓球部は、二週間の間、休部することとなった」

 その瞬間、会議室はざわついた。疑問や悲しみの声が乱れ飛び、理由を教えろと声を上げる。それが当然の反応だよな。一年生たちがどれだけ真剣に卓球に打ち込んでいたか、一番知っているのは部長である俺だ。

「あー、その理由だが――」

 だからこそ、

「俺から話します」

 俺に話す義務がある。休部の原因の当事者としても。

 いきなり部長である俺が立ち上がって困惑気味の一年生たちに説明するのは四日前の出来事。あれだけ卓球部員が関わっていたら名前を伏せる意味もないかとも思ったが、それでも一応隠し、俺は一連の事実を包み隠さず話した。

 最終的には部員全員が、黙って俯いてしまった。

「本当に、すいませんでした」

 頭を下げる。そして、この事態を引き起こした俺自身の責任を取るため、高橋女史へと近づいていく。

 さすが年功のある先生は俺がこれから何をするのか分かっているようで、特に何の感慨もなさそうな無機質な目で俺を見ている。

 なんだか、その方が未練なく終わらせられそうだ。

「高橋先生」

「なんだ?」

「卓球部を退部します」

 再び会議室がざわつく。そちらを見てみれば二年生も当惑気味な表情になっていて少しだけ嬉しくもあった。俺のことを、まだ見限ってはいなかったらしい。

 ポケットに入れておいた退部届けを高橋女史に渡しながら思う。

 惜しまれるうちが花、か。その通りだよな。

「部長は、それでいいんだな?」

 わざわざ部長って強調しなくても。不意に苦笑が漏れた。

「これしか思いつきませんでした。ほら、よくニュースとかでやってる引責辞任ってやつです」

「……全く、実直というか愚直というか」

 高橋女史も嘆息しつつ苦笑いする。お互いの苦笑を交換し、高橋女子は俺の退部届けを懐に仕舞――おうとして。

「な……!」


 その場で真っ二つに破いてしまった。


「何するんですかっ! 俺の悩み抜いた結果を!」

「残念ながら、それは時間の無駄だったな」

 さらに細かく引き千切っていき、だいぶ細かくなったところで、それを俺の頭上へとばら撒いた。

「お偉いさんからのお達しでな。お前には今回の汚名を払拭するだけの戦果を期待しているそうだ」

 紙ふぶきと一緒に、高橋女史の半笑いの声が届く。

「高校生が隠居なんざ五十年早い」

 バシッと。脳天に顧問の掌が叩き込まれた。その手の感触に少しだけ涙ぐんでしまったのは秘密だ。

 それはともかくとして、部員たちが、そんな甘っちょろい事を許してくれるのか。

「見てみろ」

 俺の背後に回りこむと、上の方から回りこむように額を押さえ、強引に顔を上げさせられた。

 そこにあったのは、

「…………っ」

 不承不承ながらもしょうがないといった感じの部員たちの笑顔。

「部長がいなくなったら俺たちどうすりゃいいんすか。他の二年生に信頼できる人なんていないっすよ」

 最強少年進士君の言葉に、なんだとこらー、という声が二年男子の中から起きる。

「なんか部長とか面倒くさそうだし、俺やりたくねーから」

「そうだそうだ、部長だったら部員のためにせっせか働きやがれ」

 進士君に突っかかっていった以外の二年生の間からも、明らかに俺を気遣う声が上がった。

 くそ、嬉しいじゃねえか。

 不覚にも目に涙が滲んでしまった。直前に涙を溜めてしまったこともあって危なかったが、そんな恥ずかしい感涙を流すまいと、噛み切らんばかりに唇を噛み締めて耐える。

 でもそこで、あっ…………と、重要な懸念を思い出してしまった。

 ……卓球部は二週間の休部なのだった。少なくともその間は練習できない。二週間練習ができないっていうのは、選手にとってはかなり厳しい。卓球は反射神経のスポーツなので、少しでもサボるとすぐにスピードに付いていけなくなってしまう。これでは、お上を満足させるだけの戦果を挙げるのは苦難の道程になること必死。

 しかし、それにも否定の声が来た。

「残念ながら、それも杞憂だ」

 卓球部は、顧問からしてサイコメトラーだったようだ。

「確かに卓球部は休部する。でも各個人が集まって練習する分には何ら制約を受けていない。卓球場は使えないが、すぐ近くの公民館の体育館ならいくらでも練習できるだろう。そこの館長とウチの校長が将棋仲間らしくてな。部活動がある日の三時から六時まで優先的に使わせてもらえるよう計らってくれたらしい。三時間七十円らしいが、それが制裁金だそうだ。それくらい払え、勤労学生」

 ウチの学校バイト禁止でしょうが。

 高橋女史の心遣いには気付いている。今の心の声は俺の全力の照れ隠しだ。

 ともあれ暗澹たる深淵に堕ちてしまった卓球部にも明るい兆しが見えてきた。俺たちはまだまだ神様に見放されてはいないらしいな。

 希望が見えてきたことで一年生たちからも拍手が起こる。シリアスな状況のはずの卓球部から拍手喝采が起こるのもどうかと思ったが、あえて止めさせる事はしない。

 ガタッと、誰かが席を立った音が聞こえたのはその時だった。

「おっと、異論のあるヤツがいたみたいだな」

 見てみると、それは二年の女子部員。

 ――――相川と同じクラスの。

 俺を歓迎する空気に腹を立てて会議室を出て行くのかと思ったら、意外にも俺に向かってきた。しかし、その目には敵愾心がバリバリで、目前で立ち止まった時の迫力は凄まじかった。数秒睨まれていたら自動的に体が土下座の体勢に移行してしまいそうなほどに。

「……私は、あの子をあんな風にしたあんたを、許したわけじゃない」

 一年生たちに聞こえないよう小声で囁いているのに、あくまでも相川の名前は伏せる。

「でもそれは、私個人の感情。あんたたちの問題に口を挟める立場じゃないっていうのは分かってる。だから……」

 正面から俺に相対してくる。正直、こうゆう方がありがたい。

「私の感情を、ここで発散させる。いいわよね」

「……ああ」

 ビンタでもラリアットでも何でも来い。俺は目を瞑る。

 しかし。

「……?」

 ぱしっと軽い感触で俺の頬に当てられたのは、掌ではなかった。いや、平手ではあるのだが、彼女の掌と俺の頬の間に何かがあるような。相川のクラスメイトも手を離そうとしないので、やはりそこに何かがあるのだと指を持っていく。頬に触れていた、そこそこ厚い紙のようなものを摘むと目の前に持ってくる。

 それは封筒だった。どこか見覚えのある丸っこい字で俺の名前が書かれた。

「……なんだ?」

「せいぜい悶々としなさい。それを見て私は楽しむから。それが、私の発散方法」

 意味深な言葉に急かされるように封筒をひっくり返す。

裏面には差出人の名前があった。


 ――――相川奈津子、と。


「これって……!」

「ちょっと前に会える機会があって、その時に渡されたの。言っとくけど中身は読んでないから」

 彼女は凝った首を回しながら、

「それ読んで、悩んで、いろんなこと考えて、それでも全国大会くらい行って見せなさいよ。そしたら他の子たちの気も晴れるでしょ」

 嫌らしい笑みも天使の微笑みに見えたりしたのは俺の精神状態によるところが大きい。

「青春だねぇ」

 アホ顧問の陳腐な呟きは俺以外の耳にも届いていただろうか。


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