第5話 訓練
ーーー 第5話 訓練 ーーー
2人は家に戻っていた。シバがタヤン神官を連れてきてくれるらしく、リビングで待つことにした。フローラも今はタヤン神官と共におり、村の現状を確認して回ってくれている。瘴気を含んだ水の汚染がどのくらいなのか、それによる病気の有無など可能な限り見て回りたいと言っていたので時間があった。
この間にクルルに日本での出来事を話した。クルルもまた、猫神様に出会った場所に御使が現れること、100匹の眷属で助けること、と天啓を受けていたことを聞いた。
悠真は静かに拳を握り、決意を新たにする。まだなぜ自分が選ばれてこの世界に来たのか不明のままだが、変わりたいと願っていた機会を逃したくなかった。
「まずは、この村を守るためにできることから始めよう」
この言葉に、香箱座りだったクルルが耳を立てて体を起き上がらせ話しかけてきた。
「何かやる気になったか?」
「うん、今できることを考えてた。あとね、クルル、僕に戦い方を教えてほしい。頼めるかな」
「当たり前だ。そこらへんの奴らが手も足も出ないくらいにしてやるさ」
悠真の眼差しには新たな旅路への決意が感じられ、クルルは守護者が悠真で良かったと感じていた。
シバ、タヤン神官、フローラがやってきた。
「待たせたの。今日はようやってくれた、礼じゃ」
ぐいっと目の前に突き出されたのは瓶に入った飲み物…ワインでのようだ。
「色々な話もあるでな、飲みながらな」
どうも押しの強い村長だ。タヤンが苦笑いしているが、受け取っていいんだと表情から察する。フローラは少々深刻な面持ちでクルルの隣のクッションに座った。
「悠真どの、まずは村人を助けていただきありがとうございました」
「いえ、癒したのはフローラですし、戦ったのはクルルと自警団ですよ。僕は何の役にも立てていませんから」
「悠真よ。お主のしてくれたことは、戦闘のみにあらず。的確かつ迅速な連絡は大切なことじゃ。だからこそ助けられた。聞いた話では、流れてきた木の破片から回復中の2人を守ったと聞いておるぞ。自らを必要以上に卑下するのは感心せんな」
シバは、持ってきた酒を大きなカップに注ぎ、豪快に飲み干し、テーブルにタンッと置いた。若干不満そうに、こう続けた。
そもそも、フローラの叫びがクルルだけに聞こえていていたら、村のものは間に合わなかった上、3人の命はなかったはずだと言ってくれたのだ。
「とはいえ、戦えない歯痒さを感じたようじゃの。顔にでとるわい。これが終わったら修行をつけてやるでな。よいな」
シバは若者はこうでなくてはいかん、と大笑いしていた。クルルもふっと鼻でわらっている。
「修行が2倍……」
悠真は村長に感謝もあったが表情に出たのは苦笑いしかなかった。
「本題に入りますよ、みなさん」
タヤンが状況説明を始めた。ダンをはじめ、3人に命に問題はないという。しかし、後に助けた2人は起き上がれるようになるにはしばらく時間がかかるだろうということだった。
いつもより村に近いところで無理なく狩りと哨戒をしていたが、突如魔物に襲われたことを端的に伝えられた。
「予想よりも村の近くまで魔物が来ているのは初めてでな、調査が必要じゃが、しばらくは食料も蓄えを出して対応して、原則村から出ないようにする」
「それ以上に問題なのが別のところにあります」
タヤンの言葉にフローラが力強く頷く。
「水、ですか?」
「はい。フローラ様や悠真様のご推察の通りでした。村に引き込んでいる生活用水に瘴気による汚染が見受けられました」
「治療院から原因不明の病人の報告を受けてから、食事や飲むための水だけは猫神様の社に沸く水だけを使うように言ったのじゃが、遅かったのか、守らない者がいたのか病気が広がり出していての。先日の宴も、そんな状況だったのでな、すまんが人を減らして簡素にしたんじゃよ」
「いえ、むしろこの状況で催してもらえたことに恐縮しています」
「悠真さんの存在は私たちにとっては喜ぶべきことなのです。ですから、お気になさらなくていいのですよ。それで、水が原因である可能性が高いのではないかという見解になりまして、お二人も含めて打ち合わせると決めた矢先だったのです」
「焦って対応するのではなく、事態を見極めてからと思っておったのじゃがの、猶予はさそうじゃ」
「わたしが水魔法も使えるとよかったのですが」
フローラによると現在原因不明の病気は瘴気を体内に多く取り込んでしまったことが原因だと判明し、ヒールライトで浄化を進めることができた。しかし、水の中の瘴気は水魔法や何か特別なアイテムがあれば浄化しやすいようで、光魔法では時間がかかってしまうのだという。
取り急ぎ、フローラとタヤンによって貯水池の水を光魔法に浄化作業を進めるとなった。
「そこでじゃな、悠真とクルルには自警団に加わって水源調査に参加してほしいんじゃ。どうじゃな?」
「当然です。参加させてください。ただ、僕は足手まといになってしまうのではないかと」
「じゃから、修行じゃ」
村の現状は、すでに体調不良者が複数出ており、診療所より大きな場所を病院代わりの施設として設けて病人を隔離することにした。
今までの知識のいくつかをタヤン神官に提案してみた。病人の拡大は瘴気を吸い込んでも体調に異変が起きている可能性を考えているというので、煮沸した布をマスク代わりにして対応すること。患者同士の距離、清掃、換気できる環境づくりなどを提案した。
そして、どこかの動画で観た原始的な石鹸作りの記憶が役に立った。この世界では薪や炭による湯沸かしだったり、調理が主流らしく灰や灰汁が身近にあった。オリーブに似たものから油を取っていたので、材料は揃っていた。数日後、洗浄効果を実感すると交易に使えると村人は積極的に捉えてくれた。