表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/67

第3話 猫屋敷と宴 その3


ーーー 第3話 猫屋敷と宴 その3 ーーー


 村長であるシバの一声から始まり、タヤン神官から説明があると大きな歓声というよりどよめきが上がった。突然、日常生活の中に伝承に出てくる人間か目の前に現れたとなったら動揺しない方がおかしい。


「それでは悠真よ、こちらに来なさい」


「悠真さん、声を聞かせてやってください」


(挨拶しろ、ということか。会社でもこういうのはあまり得意ではなかったんだよなぁ)


 異世界に来て早々、一同に注目されるとは思わなかった。手に汗がにじみ出ているのを感じた。


「え、と。僕は東堂悠真と言います。猫神様の声に導かれて、ここにいるクルルに出会い、エノコ村にやってきました。僕が具体的に何のためにやってきて、何をなさなければならないのか、まだわかりませんが、守護者に値するとみなさんに思ってもらえるよう成長していきたいと思います。よろしくお願いします」


 会社の新人挨拶みたいになってしまった自嘲したが、今はこれでいいと思うのだった。一瞬静かになったが、クルルが「にゃー」と右腕を掲げると歓声が上がった。


 その後、村の決め事があると召集される老衆や自警団団長(シバの息子)、鍛治師のロッドウェル、治療院のセラなどをはじめ、この場にいたほとんどの人が挨拶に来てくれた。


 あまり社交的ではなかった悠真には多くの人と一度に話すということに疲労感を覚えたが、自分の立場というものを知った出来事にもなった。


「料理はいかがですか? 話してばかりですから進んでませんね。どうぞ食べてくださいね」


 タヤン神官が話の合間に食べているのを気づかって時間をやろうと計らってくれたことはありがたかった。この世界に来てからまともに食事をするのは初めてで、しかも味がよく、しっかり食べたいと思っていたからだ。

 

「ありがとうございます。どの料理もとても美味しいです。特にこれとこれ、最高です」


 気に入ったのは、鶏肉を根菜と一緒に味噌のようなタレで焼いた料理らしく、外はパリッと香ばしく、中はジューシーでしっかりした肉の旨みがある。もう一品は。肉団子のスープ煮だ。イノシシやシカのひき肉を使った大ぶりな肉団子を、炭火で炙った後、野菜たっぷりのスープで煮込むんだそうだ。スープには猫神の加護を願って薬草が入っていて、滋養強壮に効くんだそうだ。


「そう言えば、クルルを知りませんか?」


「クルル様でしたら、食事を持って先に屋敷に行くと言っておりましたよ。子どもに遊ばれるのは嫌だ、とかもおっしゃっていましたけれども」


 タヤン神官は苦笑しながら教えてくれた。猫はどこの世界でも自由なんだと思いつつ、今は食文化が豊かな世界に感謝しつつ食事をするのを優先した。



 宴も終わりを迎える頃、満腹になった悠真のもとにシバがやってきた。


「悠真よ。宴が始まる前に何か考えていたこと、いや気づいたと言う方が正しいかの。何を感じていたのじゃ?」


「僕、顔に出ていましたか。すみません。何となくなんですが、民家の数よりも集まった人の数が少々少ないように思ったのですが……」


「なかなか視野が広いの、お主。勘もいいらしい。その違和感の分だけ、魔物に襲われたり、原因不明の病に罹患している人が村におるということじゃな。近いうちに様子を見に行くから一緒に来るといい」


「はい、ぜひお願いします」


 宴が終わり、人の暖かさと料理の温かさに柔らかな満足感と共に深呼吸をした。夜の空気は少しひんやりとして日本の秋を感じさせる。

 空を見上げると、澄んだ夜空に無数の星々の輝きが、まるでこの世界にきたことを祝福してくれているようにも感じてしまう。屋敷の入り口に尻尾を揺らしながら佇んでいるクルルが見えた。


「今夜は、ゆっくり眠れそうだな……」


そっと呟き、この先にあるだろう困難も、クルルや村の人たちと共に乗り越えていけると、確信に似た思いが夜の静寂の中で心を満たした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ