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宿り木カフェ  作者: 桜居かのん
Case1 家族を亡くした21歳
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8



*********



『おかえり、由香ちゃん』


「ただいま。でも今日は仕事に行ってないの」


『え?』


「というか数日前から会社行ってない。

あ、辞めたんじゃないの。

一応今週末まで休みにしたの」


『何か、あったのかい?』


本当に心配している声に、久しぶりに緊張感が緩む。

こんなにも自分を大人が心配してくれる、それはとても私の心を落ち着かせてくれた。



私はお局に言われたこと、それを言い返せなかったこと、会社で倒れて検査入院したこと、上司から少し休むように言われたことなどを話した。


話しながらヒロさんは、優しい声で相づちを打ってくれた。





『そうか・・・・・・。検査結果は?』


「一応大丈夫だったよ。

血圧低いとか、貧血気味だから食生活きちんとしなさいって言われたけど」


『それは良かった。

食生活に関しては私もメタボだと会社の健康診断で言われたばかりだよ』


「ヒロさんってお腹出てるの?」


『出てるよ。おもいきりおじさんだと思うよ?

由香ちゃん、もしかして何か勝手に格好いいと想像していたんじゃないかい?』


「うん、ダンディーな感じかなって」


『きっと由香ちゃんの想像と現実は相当に乖離していると思うね。

いやぁ想像って良いように変換してくれるものだ、ありがたい』


真面目な声でそんな事を言うヒロさんに、私は笑ってしまった。


あぁ、ヒロさんと話し始めてから私、ちゃんと笑えている。

私はヒロさんに聞いてみることにした。



「疑問なんだけど」


『うん』


「お局は何でわからないのかな。

どうしてあんな酷い事、言うのかな。

きちんと考えてみれば、相手がどう思うかなんて分かると思うのに」



疑問だ。

なんであんなにも身勝手な人間がいるのだろう。



私の投げた質問から少し間があって、そうだなぁ、とヘッドフォンからヒロさんの声がする。


『簡単にいってしまえば可哀想な人、なんだよね』


「可哀想な人・・・・・・」


『想像力、共感力っていうのかな、そういうのが欠落しているんだろう。

彼女の中では彼女の考えが正義で、彼女が自分の言動や行動をおかしいと思う事はまず無いんだ。

由香ちゃんは彼女からすれば、その、こういう言い方は良くないとは思うんだが、見下しやすい便利な相手だったんだよ』


少し躊躇したようなヒロさんの声に、私は、気にしないで話して、と伝える。

それは薄々というか分かっていたけれど気づき無かったことだから。


『彼女としては、自分は他の人より大変で辛い状況にいる、と言って他の人より上の立場になりたいんだ。

ところが由香ちゃんが予想外に苦労している事を知ってしまった。

それでは自分より上になってしまう。

だから、あの子は悲劇のヒロインぶってる、とか言って下になるように誹謗中傷しだすんだよ。

そうしないと彼女のプライドが傷つくからね』


「・・・・・・あぁ、うん、ほんとそうだと思う」


『そういう人間はね?

例えば家族を亡くしたばかりの人間に、早く立ち上がれ、弱い人間だとか平然と言う。

でもいざ自分がそういう立場になれば、それはもうこの世の終わりのように叫んで回るのさ。

何でだと思う?』


「初めて苦しみを知ったから?」


『そうだね、それもある。

でもそういう人間はそういう事があると、自分は特別な人間になれた気がするんだ』


「どういうこと?」


『こういう悲劇をうけた自分は特別なんだと、錯覚するんだよ。

だって、みんな優しくなるからね。

ある意味一気に注目を浴びる。

だから何をしても、何を言ってもいい、と思いやすいんだ。


そしてそれを周囲に当然のように振りかざす』


「身勝手じゃない、そんなの」


身勝手すぎる。

私はそんな事で注目を浴びたいなどと思った事は一度も無い。

むしろ目立ちたくなくてひっそりとしているつもりだ。


『ようはね、元々自分に自信が無いんだよ、彼女は』


「私だって無いよ?」


『由香ちゃんは自分の足でしっかり人生を歩いている。

その歳で色々な事を抱えているのに。


でもそういう人間は何か他人に胸を張っていられる事が無いから、自分に悲劇が起きた時、自分はとても可哀想な人であることが、自信になるんだよ』


「そんなの」


馬鹿馬鹿しい。


私は言葉を続けた。

なんで悲劇や悲しみが、自分に自信を持たせることになるのだろう。




「悲劇や悲しみで得る自信なんていらない」



周囲に言われるのだ、21歳とは思えない、しっかりしてるって。


自分で好きでこうなった訳じゃ無い。


生きて行くにはそうするしか無かっただけだ。


だから同じ歳の子が脳天気に遊んで、親のことを馬鹿にしたり、それでいて親の拗ねかじって生きている姿を見ると、自分は必死に生活をやりくりして、周囲の冷たい目にも耐えて生きているのが馬鹿馬鹿しくなる時だってある。



私だって、そちら側に行きたかった。



『本当だね・・・・・・』



これは経験したことのある人しか分からない事なのだろう。

ヒロさんの声はそういう雰囲気を感じさせた。



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