7
*********
目が覚めたのは病院のベットの上だった。
あぁそういえば先日ヒロさんも話していたな、気がつけば病院のベットだったって。
ぼんやりと思い出すのはそんな事。
そして先ほどまで起きていた事を段々と思いだし、涙でも出るのかと思ったけれど、やはり涙が出ることもなく、私はただぼおっと天井を見ていた。
「渡辺さん入りますよ」
女性の声がしてゆっくり視線をそちらに向けると、看護師がカーテンを開けて入ってきた。
看護師は何かを手に持ったまま、
「会社で倒れられたのでこちらに搬送されました。
診察した医師が、頭を打っているようなので検査入院して欲しいとのことなのですがどうされますか?」
「・・・・・・明日、退院出来ますか?」
「はい」
「ならお願いします」
そういえば会社でいつも簡単な健康診断をするだけだ。
脳なんて見てみてもらった事も無いし、きちんとみてもらうのもいいかもしれない。
健康保険がきくといってもそれなりの出費は出るだろう。
予想外の出費は正直痛い。
だが、あまりに疲労していて、このまま家に帰ってもまた倒れそうで怖かった。
帰っても一人だけ。
きっと会社の人が心配して警察に連絡してくれるなんて事は期待できそうに無い。
「では入院の手続き書類にご記入をお願い致します」
私はだるい身体を起こし、目の前に差し出されたその書面を見て、渡されたボールペンを持つとゆっくりと記入し始めた。
しかしある場所で書くのが止まった。
そこは身元保証人という欄だった。
「あの、ここに書かないと入院できませんか?」
「・・・・・・もし一人暮らしでしたら、ご実家でも構いませんよ?」
「いえ、家族が誰もいないんです」
そう返しても看護師は特に表情も声も変えなかった。
「ではご親戚を」
「いえ、いません、誰も」
私の言葉に、看護師が黙る。
彼女は特に眉間に皺を寄せることもなかった。
「わかりました。
検査入院ですし、この書類で大丈夫か入院窓口とかけあってみます」
「お手数かけます」
淡々と看護師はそう言うと、書類を持って出て行った。
「家族や親戚が居ないと入院すら出来ないなんて、世知辛い世の中だなぁ」
家族がいないことでの不利益は沢山受けてきた。
今の会社に入る時に、身元保証人を書かされた。
その頃は母が生きていたので良かったが、会社もその後を知って特に何も言ってこない。
もしも誰もいなかったとしたら、どうなっていたのだろう。
「ヒロさんと話すのが今日や明日じゃなくて良かった。
連絡しないで出なかったら、心配してくれたかな」
私はそう呟いて毛布を頭まで被った。
泣きたいのに、やはり涙は出なかった。
翌日、事情を知っている上司が見舞いに来て私から事情を聞くと、少し黙った後、数日休んではどうかと提案された。
無給になるのに会社側から休めなんておかしな話だ。
その間に会社側があのお局に説教をするなんて事はありえないだろう。
上司は居心地悪そうに私と会話をするのを悩んでいたようだが、部署を移動して心機一転するといいと言い出した。
なんでお局が移動するんじゃなくて、私が移動なの?
なんで私だけが悪いみたいな感じなの?
そう思うのに抵抗する気力は失せ、二度と顔を見たくなかったので私は、上司の提案をどちらも承諾した。
もう心から疲れていて、何かを深く考えることなんて出来なかった。
私は家に戻り、早々に『宿り木カフェ』の予約変更手続きをした。
明日の30分の予定を二回分合計一時間に出来ないかと。
本来こんな直前の変更は出来ないが、相手のスタッフがOKすれば可能になる。
私はダメ元で返信を待った。
朝起きるとメールボックスには『宿り木カフェ』からのメール。
中を見れば、一時間に変更できました、との内容を見て安堵した。