表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
宿り木カフェ  作者: 桜居かのん
Case1 家族を亡くした21歳
6/49

6


*********



「渡辺さん、今度の会社のイベント、参加で良いのよね?」


仕事中、お局さんが私のデスクにやってくると、にこにこと話しかけてきた。


「すみません、その日は休みを頂いていて不参加なんです」


そう私が答えると、あからさまに不愉快そうな顔をした。


「え?不参加?

せっかく社内の交流を円満にしようという部長からの提案なのに不参加なの?」


知っていますよ、人を集められなかったら貴女の評価が落ちるから、それを怯えて必至に人を集めていることくらい。


そんな気持ちを押し殺し、私は静かに答える。


「その日は墓参りなんです」


「あら、どなたの?」


そんなこと聞かないで、そうなの、とか言ってやめておけば良いのに。


でも、答えたら彼女がどんな反応をするのだろうか。

私は答えを返してみることにした。


「母と姉の、です」


「あ、あら・・・・・・」



わかりやすいほどに、お局の顔が困惑の色を浮かべている。



「で、でも、お父様がいるんでしょう?」


「父は私の物心付く前に離婚したのでいませんし、どこにいるのかも知りません」


お局の表情が凍り付いている。

私はただ淡々と話した。

もしかしたら睨んでいたのか、それとも笑みでも浮かべていたのか。


そんなことまで、この人に気を使う必要も無いと思っていた。



「そうそう、次の人に確認取らないといけないから!

お仕事邪魔してごめんなさい!」


そう一気にまくしたてると、お局様は足早に立ち去った。



いい気味だ。

これで少しは自分の考えが浅はかだと思い知ればいい。

私は彼女がこれで少しは良い方向に変わるのではと、淡い期待を持っていた。





「渡辺さんの、私不幸なんですって雰囲気、あまり良くないんじゃない?」



数日後、昼休憩も残り時間もわずかなので歯を磨こうとトイレに入ると、鏡を陣取っていたお局に開口一番そんな事を言われた。


私は突然訳の分からない事を言われ、その場に立ちすくむ。



「家族いません、アピール、同情を買いたいのもわかるけど、それじゃ人として成長しないわよ?

きっと天国のお母様達も嘆かれているわ」


彼女の顔は、心底私を哀れんでいた。


私は呆然としたまま、彼女が取り巻きと一緒に私の横を通って立ち去ろうとしているのに、何かを言い返すことも出来なかった。



苦しい。



どくどくどく、と酷い心臓の音が身体中に響き渡り、腹の奥底から何かが沸き上がり、吐きそうになる。





・・・・・・何も、何も知らない癖に!!!!!





私の中の何かが切れた。



必死に、必死に我慢してここに勤めてきた。

姉が、母が亡くなってもしがみついていた正社員というこの仕事に。


でも、もう無理だ。





私はトイレを出ると、もの凄い足音を立てて席に座って隣の同僚としゃべっているお局の側に行き、鬼の形相で見下ろした。


「あなたに何がわかるんですか?

家族を殺されたことでもあるんですか?

血まみれの親の遺体を見たことがあるんですか?

私が墓参りで行けないと言ったら、貴女がしつこく聞いてきたから答えただけでしょう?


つい数日前まで私を苦労知らずだって笑ってて、家族が居ない事を知った途端、私は不幸面してるって何ですか!

一体どんな頭してるんですか、貴女!?


少しでも・・・・・・私の苦しみを味わってみろ!!!!」


泣きながら私は喚いた。



・・・・・・そう、叫びたかった。



そんな風に、あの女に言えたのならどんなに良かっただろう。





必死に今まで我慢していたことが、あんな女のために全てを失うなんて馬鹿な事、してはいけないと、もう一人の私が必死に引き留めた。



なんで私はこんなに苦しまなくてはいけないのだろう。


神様、私は何かそんなに悪いことをしたのでしょうか。


楽しい事なんて、幸せな事なんて私には何も無い。




私は呼吸が苦しくなり、段々息を吸い込めず、意識が朦朧としてきた。


誰か助けを呼ばなければ。


だけれどその意識を保つことも出来ず、そのまま気を失った。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ