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宿り木カフェ  作者: 桜居かのん
Case1 家族を亡くした21歳
3/49

3


*********



そんなある日の深夜、寝静まった自宅に電話が鳴り響いた。

私は何か嫌な予感がしてその電話を取る。

そこから聞こえてきたのは男性の声。


『渡辺さんのご自宅ですか?

下野警察署の松本と申します』




私と母はタクシーでその警察署に駆けつけると、松本と名乗る年配の警察官に警察署の地下に連れて行かれ、一番奥の部屋に案内された。


そこのドアには霊安室と書かれていた。


何故霊安室に?

もしかしてお父さんだろうか。

いやわかっている、私はここに何があるのかを。


警察官がドアを開け私達は中に促された。

電気で明るいがなんの色もない冷たいその部屋の簡易なベットには、人が寝ていた。

長いスカートから真っ白な脚が見える。

私達がそのベットの側に行くと顔にかけられていた布を、警察官が無表情のままめくった。




『娘さんの、姉の、由美さんで間違いありませんか?』



母はその場で倒れた。

警察官が声をかけているようだが私はそれを視線の端で見て、視線を前の人に向ける。

横たわっている女性らしきその顔は、羨ましいほどに可愛かった姉の顔では無かった。


しかし、何度もあの古びたアパートで会った時、殴られ見慣れている顔だった。

私は俯いて声を絞り出した。


『・・・・・・姉です』






姉の夫は傷害致死の罪で捕まった。


姉の夫を私と母が初めて見たのは、裁判所の法廷だった。

裁判官の前に立たされたその男は、暴力などとは無関係の人が良さそうな風貌で、受け答えはボソボソとした声。

だが、その男が裁判で話すことは、自己保身と姉への罵倒ばかりだった。



全てあの女が悪い。


しつけの一貫だった。


死ぬとは思わなかった。




そんな裁判を見て、母は、


『私が悪かったのよ、全て私が悪かったの』


そう言った。


そんなことないよ、悪いのはあの男だよ、と言っても、虚ろな表情の母の心には届かなかった。




それからはめまぐるしい日々だった。

警察での手続き、姉の葬儀、母の病院への付き添い、裁判に関わる事。

その当時の事はあまり記憶にない。




そしてしばらく経ったある日、会社で仕事をしていたら携帯に電話があった。

警察です、という言葉で、私の心臓が、ばくり、と大きな音を立てた。

この感じを覚えている。

だってそれは。


『あなたのご家族と思われる遺体が発見されました』




私が仕事に行った後、母は近くのマンションから飛び降り自殺をした。


非常に精神が不安定だった母を家に一人にするのは心配だったが、既に姉のことでかなり会社を休み、もうこれ以上休める状態では無かった。




今度は母に会うため、たった一人で警察署の霊安室に行ってから、やはり当時のことはあまり覚えていない。


こんな事が続いたというのに周囲の私を見る目が想像以上に厳しくて、私はその視線や声に怯えながら、母をひっそりと荼毘に付した。

祖父達の眠るお墓には姉と母の遺骨が入り、もうこれ以上こちらに入ることは厳しいですとお寺の職員さんに言われ、私の場所はここに用意されていないのだと遠回しに言われているような気がした。


そんな母が唯一残してくれたこの家に、私は今、独りで住んでいる。




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