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週が開けて月曜日、私は違うフロアの違う部署に異動した。
そこは初めて移動した部署で男性が多く女性の人数は少ないのだが、男性と肩を並べバリバリ仕事をしていた。
以前の妙にだらけモードで女性ばかりでつるんでいた部署とは違いすぎて驚く。
でもこの新しい部署は変な女性同士の気遣いが不要で仕事に打ち込めば良いので、本当に気が楽だった。
しばらくして残業のあったある日、部署に残っている人達にお茶でも出そうかと他の残業している数名にリクエストを聞いて給湯室に向かっていた時のことだった。
「渡辺さんって子、そっちの部署にいるんでしょ?」
突然耳に飛び込んできたのは、あのお局の声だった。
なんで前の部署とは全くフロアの違うここにいるのだろうか。
私は慌てて、声だけ聞ける場所に身を隠した。
「あの人、私に酷い事して飛ばされたのよ、聞かされてる?
聞かされてないわよね、そっち大丈夫なの?」
呆然とした。
お局が話しかけている相手は同じ部署の女性だった。
新しくこの部署でやっていけるかと思ったのに、こんな事が起きていたなんて。
「大丈夫って何が?」
部署の女性が不思議そうに返している。
私は怖くて仕方なかった。
どうしよう、お局のせいで誤解されてしまうのでは無いだろうか。
自然と身体ががたがたと震えていた。
「なんていうの?あざといじゃない、あの子」
その言葉に、私は手を握りしめ、給湯室の外で固まった。
何もあざといことなんてしたことないのに!
どうして、どうしてあの人は私をそんな風に嫌うの?!
苦しさで俯いた時、目の前に男性の靴が見え、私は驚き顔を上げた。
そこには同じ部署で私より年齢が上の男性が人差し指を口に当て、給湯室の入り口から死角になっているこの場所で給湯室に視線を向けた。
私は怖くなった。
お前の事は知っているぞ、酷いヤツなのだろう、という証拠でも押さえたいのだろうか。
もうこの会社にいる人全てが私の敵、私の事を嫌っているように思える。
だって、私を守って得する人はきっと誰もいないのだから。
「あざとくなんかないわよ、ほんと素直で良い子よ?渡辺さん」
私は顔を上げた。
同じ部署の女性の言葉が私には信じられなくて、聞き間違いかと思った。
「まだ移動してきたばかりだもの、あの子の本質はわからないわよね。
騙されないでって言いたかっただけ、心配だから」
「あら、私、人を見る目はあるのよ?
ところで何の用事でわざわざこのフロアに来たの?」
「え、あぁ、あの子が私の悪口を勝手に言いふらしているじゃないかと気になって。
言ったでしょ?あざとい子だから。
親に捨てられて、家族もいないってお涙頂戴の迫り方してたら困るでしょ?」
「ふぅん、何も聞いてないわよ。
それに彼女のプライバシーを簡単に話すのもどうなのかしら。
で、用が終わったんならもういい?
私飲み物作りに来たんだけど」
「え、えぇ。
とにかく気をつけてね」
呆然としていたらその男性につつかれ、給湯室から出てくるお局に会わないように一歩下がった。
顔は見えなかったが、遠ざかる彼女の足音から非常に不機嫌だということがわかった。
「渡辺さん」
「あっ、はい!」
未だ起きたことが信じられなくて途惑っていると、その男性から声をかけられた。
「ごめんね、僕の分のお茶もお願い出来る?」
そう言って彼は笑った。
「・・・・・・はい」
私は何故か涙が溢れていた。
あのお局に酷い事を言われても泣かなかったのに。
そこに給湯室から先ほどお局と話していた女性が出てきて、私が泣いているの見ると驚き、男性に泣かせたのかと問い詰めだした。
私は慌てて理由を話した。
何もその男性は悪くないと。
そして二人に向き合うと、
「ありがとうございます」
と頭を下げた。
だって嬉しかったのだ。
「お礼言われることなんてしてないわよ?」
そういって軽快に笑う女性を見て、私はまた涙が溢れてきた。
それを見て、その女性が苦笑いして私の背中を撫でてくれた。
その手は服越しなのに温かさが伝わるようで、私は泣きそうになりながらまたお礼を言った。
まさかこんな事が起きるなんて思わなかった。
たった部署が移動したくらいで何かが変わるなんて。
私はようやく何かが動き出した気がした。