9 新学期
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女の子っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里 :女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣 :女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー。騒がしい。
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席のクラスメイト。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
西村 蓮 :男 風馬のクラスメイト。悠里のことが好き。
ジュースを買いに名乗りをあげたら
「あ、じゃあ俺も行く!」
と、蓮も砂を払いながら立ち上がった。忍と2人、並んで歩く。
「東雲さんはさ、前の学校で何部だったの?」
「バ、バスケ部…」
「俺はずっとサッカー一択でさぁ…」
忍は、絶賛人見知り発動中だった。赤くなってモジモジする。心の底から放っておいて欲しかったが、悠里に気のあるだろう蓮の気持ちも痛いほど分かる。携帯でやり取りしているときは考える時間があるが、直接会話するとなると相手のペースに合わせなければならない。ハードルが高すぎる。蓮が勝手に一人で喋るタイプなのが救いだった。
「……あのさ、五十嵐と同小だったんだよね」
「…うん、何年かは同じクラスだったの…」
「再会してさ、なんかあんの?!」
「なんかって?」
「あのさ、もし五十嵐とどうこうないんなら…」
え、何そのセリフ…
「俺、言っておきたいことがある」
ちょっと待って
「多分もうわかってるかもしれないんだけど、ケジメっていうか…」
この流れ…まさか… まさか、バッと勢いよく顔を上げると、決意の滲む蓮の潤んだ瞳が突き刺すように自分を見ていた。
「!!!」
同じ早さで下を向く。
「俺、東雲さんと付き合いたい」
今なの?!早すぎませんか??これだから陽キャは…!!
同性だからなのか、感情移入してしまって恥ずかしい。まなのときとは違い、告白相手が自分ではなく悠里だからか、人の告白を覗き見てしまったかのような罪悪感を感じる。
「別に、今すぐどうこうっていうんじゃなくて…!ちょっと考えてみてほしいっていうか…」
僕は悠里だけど悠里じゃない。どうしたら良いか分からず、赤面して立ち止まる。
「返事、いつか聞かせてくれる?」
「はい…」
と、言うしかなかった。大きな課題が終わったようにホッとしてはにかんだ蓮の笑顔をみて切なくなってしまった。
「これが海行った日の顛末です」
「マジか」
目の前には額に手を当てた忍の姿の悠里。
「なんか、弄んでる感が辛すぎて…」
僕はしゅんとなって呟いた。
無言で悠里は忍の携帯を差し出してきた。そこにはまなさんとのメッセージのやり取りが並ぶ。
「最初はメッセージごとにしのにどう返事していいか、いろいろ聞いてたけどさ、もうまとめて聞いた方が早いかなって」
そうしたいと思うくらいやり取りが増えたということだ。2人同時に、ため息をつく。
僕たちは僕たちであって僕たちではない。
忍の体には悠里の精神、悠里の体には忍の精神。定着すれば定着するほど外堀がどんどん埋められていくようで、お互いに、ただただ早く元に戻らなければと焦燥感に駆られていた。調べ物もしてみたが手がかりは全くなく、手をこまねいている内に新学期は始まってしまったのだった。
休み明けの学力テストが終わったら、今度は文化祭の準備が始まった。行事が多くて楽しい学校だと思う反面、なんでこのタイミングでと思わざるを得ない。次から次へと気が抜けないことばかりだ。
「文化祭の演目を決めまぁす」
学級委員が気怠げに始めた。文化祭はクラス単位で出し物を決める。演劇だったり展示だったり、市販品をさばくんであれば喫茶店みたいなのもオッケーだった。
忍は、何に決まったとしてもいつも通り小さくなってやりすごせばいいと、忍のときの考え方でぼんやりと聞いていた。
パンパンと手を叩く音で我にかえる。
「じゃまあ、一番挙手の多かった、全員でダンスを踊るで決定しまぁす」
「後片付けもないし、準備も衣装だけだもんね、練習は大変かもだけど、演劇だって練習いるし、まあ妥当なんじゃない?」
「選曲と衣装は、さっき決めたリーダーでまとめて、また報告していきまぁす!以上!!」
学級委員と副学級委員で上手にホームルームはまとめられた。
忍は再び我に帰る。
ダンス?!
血の気の引く音をきいた。
恐る恐る悠里の方をみると『分かってるよな?』と言わんばかりの目で睨まれていた。うう…
数日後には最近流行の韓流アイドルのダンスに決まり、衣裳は作らずに、統一感を出すため女子は白Tシャツに黒パンツ、男子は黒Tシャツに黒パンツに決まった。
「いいか、しの。ウチが踊るからにはハンパは許さないかんな」
「ハイ…」
2人で秘密のダンスの練習が始まった。また入れ替わり云々が遠去かる。目の前の問題が差し迫っているのだ、致し方ない。授業が終わった後いつもの公園で悠里がつきっきりでダンスを見てくれる。毎日毎回、泣き言を言いたかったが、鈍臭い自分にずっと付き合ってくれている悠里のことを考えるととても言い出せたものではなかった。歯を食いしばって耐えて一つ一つの振りを幾度となく復習し、家でもイメージトレーニングを欠かさない。猛特訓のおかげで仮合わせのダンスでは、何とかみんなが期待しているスポーツ得意な悠里の動きが披露できるようになっていた。
「さすがじゃん悠里」
「覚えるの早ー」
絵梨衣たちからも口々に褒められて忍は心の底からほっとした。これで悠里に顔向けができたと胸を撫で下ろしたが、その帰り道、いつもの公園でいつものミーティングかと思いきや、
「よし!じゃぁ仕上げていくからな!」
「ぅええ?!」
悠里は青筋立てて
「あのダンスで満足してんなよ!!あんなのは仮だから!!これからも毎日やるよ!」
「…」
土曜日、忍は公園で1人肅々と練習をしていた。悠里が休みの日に遅刻するのはデフォルトである。でもこの練習は忍のためのものだから、そこを文句言うのは筋違いと言うものだ。
しかし、今までにこんなに真剣に追い込まれて打ち込んだことなんかあっただろうかと自問する。尻を叩いてくれる人がいるからと言ってしまえばそれまでだが、忍は自分がここまでやれるとは正直思っていなかった。
「死にものぐるいってこういうことなのかな…」
そもそも入れ替わっていなければ、悠里として最前列で踊るなんてことは無く、エスケープするか、最後尾で適当な踊りで済ますはずだった。なんだかそれがつまらないことに思えてくる。
「僕のキャラってなんだろう…」
滝のような汗を拭きながらボソボソ呟く。
「!」
悠里が来たと思って振り向いたが誰も居なかった。さっきからなんか視線を感じていたのだが、こんな朝から1人ダンスを踊ってりゃ、おかしいか…とペットボトルの水を飲んでいると悠里が爽やかに向こうから走って登場した。
「やっとるな!ヨシヨシ」
「なんとかね…」
「でも、マジ、しのがこんなにやれるって思ってなかったからさ、教え甲斐ある!」
「…ありがと」
忍は真っ赤になった。褒められるって嬉しい。努力が認められるってなんだか胸がポカポカする。ここまでやったんだから、絶対成功させると決意を新たにした。
「頑張る!!」