8 夏休み 終わる
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女の子っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里 :女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣 :女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー。騒がしい。
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席のクラスメイト。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
西村 蓮 :男 風馬のクラスメイト。
電車に乗って友達同士で一緒に海に来るなど初めてのことだ。身体が入れ替わっていることもあって、その場に自分がいることが不思議な気がした。風馬のごり押しに折れてこうなってしまったが、忍自身、ドキドキとワクワク半々で挑んでいる。
水着を新調しろと悠里に言われ、家族と一緒に百貨店へ水着を買いに行くのも楽しかった。悠里の母は今までのスポーツウェア一辺倒から乙女らしいデザインを好む娘に「アンタもやっと娘らしくなって…」と終始ホロリとしており、姉の茉里はそんな僕たちを面白がっていた。
借り物の身体だから、若干複雑ではあるものの、こうやって、イベントに慣れて、今まで遠ざかっていたことに積極的になっている自分が、最近、嫌ではなくなっている。
さて、海である。
元々、花火大会のメンツで海に行くことを計画していたところに女子を加えたため、人数合わせにまなの妹、ゆうなも参加した。ゆうなは中学2年生の割にまなとは背丈も同じなら、もの静かに語るところもそっくりで、言われなければ同じ歳でも通用しそうな大人びた少女だった。
まなは肩紐が細く、腰回りにフリルが付いた真っ黒のワンピース型の水着を着ていた。色白の肌に映えてとても似合っている、というか少しエロティックでさえあった。
対して悠里の水着は、少し日に焼けた肌に似合う真っ白なビキニで、小さめの胸を隠すため、胸の部分がフレアスカートみたいにドレープが寄っている。下は流行りのハイウエストで、ミニスカート風になっており、すらりとした脚がより長く見えて母と姉の満場一致で選ばれたものだ。
西村蓮はポーッと悠里を見つめ、好意があるのがあからさまだった。
SIDE:悠里 in砂浜
男であることにだいぶ慣れたとはいえ、上半身が裸であることの心細さは半端なかった。ついつい女の子がやるように腕で肩を抱いてしまい —いや、おかしくはないんだけれど— ハッとして周りを見回すという不審な動きがなくならず、何回目かで風馬にさっきから何をしてるのかと突っ込まれてしまった。
ビーチボールで遊んだり遊泳しているうちはいいが、ふとすると思い出していけない。
まなが忍を好きだと聞いてしまった今は、恋愛関係を複雑にしそうで、まなの側にも悠里の側にも近寄れず、なんとなく肩身が狭い。しかも、隙あらば悠里と接点を持とうとしている蓮がウロチョロしている。
中身は忍だというのに…。あれは…気があるんだな…ったく、どいつもこいつも面倒くせぇーなと、うろんな目で遠くからその様子を見ていると、風馬が後ろからやってきた。
「よう」
なんだかホッとして隣に並んで座り、お互い、手持ちぶたさに、投げ出した足の上に砂を盛って動物の足の形に整えたりしながらポツポツ喋る。
「俺、忍のこと女々しいヤツだって思い込んでた。なんでだろ?全然そんなことなかったのに」
いや、それは正しい…。目を閉じて心の中で肯定する。でも今の状況では否定も肯定もできないのだった
「お前と夏を満喫するとはなぁ、んでも今日もめっちゃ楽しかった!
夏休み終わっても、また遊び行こ」
「おう」
『元に戻っても、ぼく、山内君とは仲良くなれそうにないんだけど…』
という忍のセリフが頭をよぎったが、ここでアレコレいうほど野暮じゃない。
「なんか俺ばっかりLINEしてるみたいで、ちょっと迷惑だったかもって思っててさ、空気読まないとこあるし」
テヘヘと、風馬の照れた人懐こい笑顔があまりに近くて、流石の悠里もドキッとして顔を赤らめた。いつも余計なことばっかりしやがって…!と、ムカついてることの方が多いのに。
「いや、風馬の雰囲気には助けられてるとこもあるし、そんな気にすんなよ」
と思わず口にしてしまった。
「き、今日も誘ってくれて、気晴らしになったし。自分じゃ来なかったと思う」
「ハハッ、サンキュ!!」
風馬は悠里の顔を片腕でぎゅーっと抱き寄せて髪をわしゃわしゃして来た。いくら外見は男でも、上半身裸でそんな風に密着されれば、いくら悠里とてカーッと顔が火照る。実際、忍と同じくらい色恋沙汰には疎いのだ、こういう接触には慣れていない。意識した瞬間、なんか股間がムズムズして…
「あっ」
悠里が唯一文句を言いたい男子特有の現象が起きそうだった。ムスコが完璧に立ってしまうと取り繕えないので、ウゼェんだよ!!と叫んで慌てて海にザブンと入りに行く。
「ツンデレめ」
風馬は気にした風もなくフフンと笑い、走っていく忍を愛おしそうに見ていた。
この、男の象徴だけは悠里にとって鬼門だった。朝、たまに夜も、自分の意思とは関係なく勃ち上がるし、ところ構わずにどうかすると反応する。自分が性的に、凄くいやらしくなったのではないかと本気で滅入っている。
Google先生はそれを正常というが本当にそうなのか?!僕のときはそんなじゃなかった、なんて言われるかもと思うと、恥ずかしくて忍にも聞けない…
生理みたいに定期的に起こるのなら対処も出来ようものを、スイッチがどこで入るかよくわからないのだ。世の男たちはいったい皆どうしているのかと、この生理現象を恨んだ。
風馬に反応しちゃうなんて!恥ずかし過ぎて死ねる!!
ちなみに、イケメンと子犬のような男子2人が水着姿でくっついてわちゃわちゃしてるといって、綾瀬姉妹が「目の保養…」とニヤついて見ていたのを悠里は知らない。
SIDE:悠里 in忍の家
「友達と海に行ったんだって?」
夕飯の時間、忍の父が機嫌よく問いかけてきた。
「最近越して来た東雲さんとこと仲良いのよねェ?」
忍の母も参戦する。
海ではしゃいだからか、いつも以上の食欲でご飯を口に運んでいた悠里は目線を上げた。
「ん、まぁ」
「へェ!忍にもついにガールフレンドが出来たのか」
「違うし」
父親の上がったテンションにぶっきらぼうに答えると、今日こそはしっかり聞いてやろうと思ったのか母の方からも合いの手が入った。
「え?だって悠里さん、家にも何回か遊びに来てるのに、違うの?」
「え?!家に来てるの?」
父親が驚いて声を上げる。
「家に来たからって彼女じゃないし」
「え…今はそういうものなのか…?」
グループLINEに今日の写真が届いてでもいるんだろう。ひっきりなしにブルブル震える忍の携帯を横目で気にしながら父が言う。
「一緒に課題やってるだけだって」
「あの部屋で…?!」
母親は痛いところをついてくる。
「そう、あの部屋で!っちそーさま!!」
慌てて夕飯の残りをかき込んで自室に逃げる。
思うところはあったが、なかなかに今日の海は楽しかった。遊戯に無中になっている間は入れ替わっていることも忘れてはしゃいでしまった。
この間片付けに来てくれたのに、今やまたすっかり汚くなってしまった部屋のベッドの上で悠里はため息をついた。
「とはいってもなぁ…」
実は引越し前の友人と遊びに行く予定もあったが、都合が悪いといって断っていた。しのぶに頼んで遊んでもらったところで変なことになりかねない。交友関係の広い悠里は人間関係が捻くれていくことを忍よりも強く憂慮している。
早く元に戻らなければ…
数日後、民俗史料館にも行ってみたが、図書館で調べたこと以上の情報はなかった。
『昔、黒い影に追いかけられた信心深い娘が、助けを求めて地蔵堂へ飛び込んだ。お地蔵さんはその娘の姿に変化して森の中へ駆け込んだので、影はそれを娘と思って追いかけ、その隙に娘は逃げて助かった』黒い影がバケモノだったり、盗賊だったりするが、話の本筋は変わらず、それ以上詳しい記述もなかった。
念のため、もう一度似たような状況をつくってお互いぶつかってみたが、それも不発に終わった。
こんなおかしなことが一生続く訳ないんだから、地道に頑張ってみようと励まし合うも、このまま新学期を迎えるのかと思うと憂鬱でしかなかった。