7 夏休み つづき
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女の子っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里 :女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣 :女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー。騒がしい。
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席のクラスメイト。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
西村 蓮 :男 風馬のクラスメイト
SIDE: 忍 in 悠里の部屋
いきなり部屋のドアが開けられて、びっくりして振り返ると姉の茉里が立っていた。
「ウワ、宿題しとる。真面目か」
自分の部屋 ーとはいえ元々は悠里の部屋なのだがー に無遠慮に入られて忍は少々不快に思いながらも東雲家の流儀に耐えた。そんな忍の気持ちなどお構いなしにフーンと部屋を舐め回すように見てから茉里はおもむろにのたまう。
「なぁお前、五十嵐忍と付き合ってんの?」
「?!」
「変わったもんなー…部屋も掃除してるし、見た目も気ぃ遣ってるし」
「付き合ってないし!!」
「照れるなって、面倒クセェし。いーじゃん別に。母さんがうるさくってさぁ、私にまでいろいろ言ってくるからまじウゼェの」
ねえ、姉妹の会話ってこんな風なの?!といつも思わないではいられない。そんなの知らないよ、と答えようとして遮られる。
「来てるよ」
「えぇ?」
茉里の後ろから気まずそうに忍の姿の悠里が現れた。
「ちっす」
夏休みこそ、入れ替わった姿をなんとか出来るに違いないとミーティングの回数を増やしたが、今日は会う予定では無かったし、場所だって筋トレとランニングも一緒にまとめてやれるよう、いつもの公園と決めていた。まぁ、でも話し合いは別に部屋でやったって良いし、遊びに来た体でも問題は全くない。悠里はキョロキョロと部屋を見回した。姉よりは可愛らしい仕草だった。僕の姿なんだけどね…
「ウチの部屋じゃないみたい」
「僕の部屋も近いうちにチェックしに行くから、ちゃんとしといてよ」
渋そうな顔でそれを聞いた悠里はサッと話を変えた。
「それはいーけどさ、なんで携帯見ないの?!
昨日の花火大会の後なんかギクシャクしてたから理由聞こうと思ってメール送ったのに、既読にもならんから…」
それはいーけどではない…。しかし、心配はさせたようだ。綾瀬まなの個人的な恋情をあからさまにして良いものかどうか迷ったが、知ってても地雷を踏みそうな悠里には伝えた方が良いと判断して、昨晩のやり取りを伝える。
「やっぱなー、なんとなくそーなんじゃないかと思ったんだよぉー、ウチの勘は冴えてるなー!」
ドヤ顔の悠里にそこじゃないと突っ込む。
「まなはマジ良い子だよ。元に戻った後に付き合えるようにウチ頑張ろっか??」
「いや、出来るだけニュートラルでいて欲しいんだけど。そもそも知らないってことにしとかないと」
えぇ、と不満そうな顔をした後、微妙な顔になって真剣な口調で問われる。
「しのは…
忍はさ、恋愛対象って女子なの?男子なの?」
思いもよらないことを聞かれてギョッとする。
「そんなの…!恋愛とかそんなの、考えたことないよ!」
「あぁ?!考えたことないわけないだろーが」
「…じゃあ、悠里も恋愛について考えてるんだね?!」
「…」
悠里は案の定黙り込んだ。
「何よ、どーなの?!」
「っるさいな!」。
逆ギレしてきたよ…
「なに、ケンカぁ?」
ニヤニヤしながら茉里がお茶を持って部屋を覗いてきた。だからいきなり開けないでってば…
SIDE:忍 in 忍の部屋
「またこの状態なの…?!」
分かってはいたが、カオスと化した自分の部屋に、立ち尽くした。想定外に汚すぎた…
「あは…ゴメン」
上目遣いでもじもじしている忍の姿の悠里は、以前には忍がよくしていた仕草だった。久しぶりに見る…。だいぶ慣れてはきたものの,自分を客観的に見ることの恥ずかしさに落ち着かない気持ちになる。大きくため息をついて、指示を出しつつ掃除する。ママは入れ替わってしまった忍をどう思っているのだろう。断固として自分の部屋には入らせなかったが、整理整頓されて掃除の要らない部屋だったからこそ許されていたと思う。綺麗好きなママがこの部屋を看過するのは相当なストレスの筈だが…
「あら、悠里さん、いらっしゃい」
「お邪魔してます」
まだ2度目だが、悠里が訪問すると忍の部屋が掃除されるのでママは寧ろホッとしているようだ。そして、自分が息子の彼女だと思っている節がある。ママのあの笑顔は何か含みのある時だ。
「なんかあれからあった?」悠里が聞いてくる。
「蓮くんからもメッセくるようになったよ…」
入れ替わった後なので、蓮には忍が直接返事を返している。なんだかどうも自分に気のある素振りだ。花火大会の夜、あのメンバーでグループラインに入らされた後、個別で連絡がくるようになった。面倒くさいので悠里に詳細は言わないでおく。
それにしても。忍の携帯がたびたび震えるのが気になる。入れ替わる前はほぼ動画&音楽再生マシーンだったのに。
「誰からなの?なんか頻繁じゃない?」
「最近はほぼ風馬だな」
「風馬って、山内風馬くん?花火大会の時も一緒だった…」
「そう、ちょっとウザい」
ウザいと言える悠里は凄い。
「元に戻っても、ぼく、山内君とは仲良くなれそうにないんだけど…」
「しのに言われたくないんだけど!ウチも絵梨衣達なんかと上手くやれそーにないんだが」
ゴミを分別している悠里に振り返りざまジロリと睨まれた。
絵梨衣達は華やかでいつも小うるさいから誤解されている気がする。彼女達なりにコンプレックスもあるし、悩み事だって大なり小なりある。たまにノリについていけないことはあるし、会話のテンポが早すぎて辛い時もあるが、無闇やたらと敬遠する人達ではないと今はわかっている。まぁでも確かにタイプは違うか…
「あのね悠里、今日はこの後市立図書館に行かない? 僕たち、現代の小説とか漫画の話ばっかりしてたけど、あの「身がわり地蔵の森」とかお地蔵様を祀ったお社のこと、もっと知るべきじゃないかと思って」
そんなこと思いもよらなかったという顔で再び振り向かれた。
「市立図書館じゃなきゃ、民俗学に詳しい先生とかに聞くとかして、根拠になった実話とかが分かれば、僕たちももっと具体的に行動を起こせそうじゃない?」
「しの…!!」
尊敬の眼差しでウンウンと聞いてる自分の顔をなんだか可愛いと思ってしまった。そしてちゃんと僕はこのことをまなに報告する。『今日はしのと出掛ける羽目になったけど、そういう気はないから安心して…』と。
ただ、そこにとんだ伏兵がいるとは思わなかった…。
SIDE:忍 in 市立図書館
『〇〇市史』『〇〇市沿革』『〇〇市昔がたり』…意外といろいろあるもので、数冊見て終わりかと思いきや、それは甘い考えで結構時間が掛かりそうだ。市立図書館なんて初めて来たが、意外に広く蔵書も多い。此処にきて司書のお姉さんが、そういう話が知りたければ市立の民俗史料館にも行くと良いとアドバイスをくれた。とりあえず今日はこの図書館でそれっぽいのを片っ端から勉強スペースに持ち込んで身代わり地蔵に関わりのありそうな記述を探す。なんとなく、お互い夏休みに出された課題も持参して合間に少しやったりもして、気づけばもうすぐ閉館の時間だった。
「忍じゃん」
悠里と共に顔を上げる。噂の、山内風馬が立っていた。
「ちぃーす」
気怠く悠里が返事をする。今日話していたばかりの人物がふいに現れて僕は緊張したのか、何も言えずに真っ赤になってしまった。僕を見て山内くんはニヤっと笑い悠里を小突いて何やらを呟いた、その瞬間、悠里が彼の鳩尾に一発食らわせる。
グハァと、イケメンの顔が歪んで腹を押さえて屈み込む。
「くだんないこと言ってんじゃねーよ」
と悠里はブツつくが、僕は真っ赤から真っ青になって固まる。ぼ、僕の身体で何すんの!!!
「いってぇなぁ…忍、お前…そんな怒んなよ、ゴメンゴメン」
予想に反して山内くんは笑い、なおかつ謝っていた!
「そんな誠意ないゴメンは要らん」
悠里の塩対応に、僕はますます青ざめるが、山内くんは一向に気にした風もなく、悠里の肩を抱いて
「いやぁ、だぁーから俺の誘いを断ってたのかと思って」とのたまう。
「違うから!」
思わず僕が叫ぶ。
「たまたま!偶然!会っただけだから!」
何、その生暖かい笑顔…。絶対に誤解している…。どうやって切り抜けようかと内心で冷や汗をかいていると、閉館の音楽が流れ始めた。
「なあ、この後用事なきゃ、一緒に飯でも食わね?」
悠里と目が合い、てめえで決めろと目配せされた。イヤイヤ、悠里が決めてよとかぶりを振ると、空気を読まない山内くんが余計な一言を言う。
「アレ?俺お邪魔???」
止める間もなく悠里は2発目をまた鳩尾にお見舞いしていた。山内くん、マゾっ気あるのかしら…。
「おっまえ、いい加減にしろよ」
ドスのある声で文句を言っているのは、見た目は忍の悠里だった…。
不思議な人間関係が出来つつあることを意識しないわけにはいかなかった。入れ替わった身体の所為で、自分自身が演じている超リアルな映像を見ているかのようだ。だからなんだか現実的に思えなくて、荒唐無稽な現実に酔いそうだ。あんまりいろいろ考えると頭が痛くなる。まずは目の前のことだけ考えよう。
その結果、山内くんの誘いに乗ることにした。3人一緒にご飯を食べていれば悠里と2人きりでいる事実が薄まるし、山内くんのこと、悠里と山内くんの距離感を直接知ることの出来る絶好の機会だと思い直したのだ。
そしたら、なぜかみんなで海に遊びに行くことになってしまったのだけど…。