表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/17

5 ターン悠里

ウチの身体を玩ぶのなら、こっちだって遠慮する必要はない…!男にしては筋肉のない薄っぺらなこの身体、ウチの良いように変えたるわ!!!と、悠里はこっそり肉体改造を始めていた。若干不貞腐れていたといえよう。

自己紹介で話したとおり、悠里はスポーツ全般得意だった。体育の授業は独断場…とは言わないまでも自分が注目を浴びる絶好の時間だったから、せめて楽しみたい。

松影しょうえい高校の体育は常に2クラス合同で、知らない生徒に悠里はまごついたが、忍は体育の時間も目立たぬよう、人と喋らずおとなしく振る舞っていたので、多少挙動不審でも誰も気に留めなかった。今日は出席番号順でチーム分けされたサッカーのミニ試合で、隣のクラスのムードメイカーである山内風馬やまうちふうまが仕切っていた。

自分の思うように、身体能力がついて来ないとはいえ、ボールの道筋は追える。何より、他の皆が忍を戦力外と思い込んでいるので、ノーマークでベストポジションに入り込むことが容易だった。

「ナイスアシスト!」

そう言った風馬は、ドリブルカットしたのが忍なことに、気づいて驚いた。

「え?あれ?今の五十嵐?!」

試合は淡々と終わったが、忍のささやかな幾つかのアシストは、いつもに比べたら人が変わったかのような積極さだったのだ。風馬は興味を持った。授業が終わった後、ぽつんと1人いた忍に声を掛けてみる気になった。

「五十嵐ぃ、お前どしたの?さっきの試合大活躍だったじゃねぇか」

「え、アレで?」

また驚く。忍はもっと女々しい…というか、穏やかな話し方と仕草だった筈だが。運動場の水場で汗を洗い流す仕草も自分達とそう変わらなかった。

「体育祭の時のクラス対抗、お前、チーム入れよ」

忍は顔を上げた。このイケメンは誰だったかとマジマジ見て、ニヤリと笑いながらイイぜと答えた。 

風馬はさらに面食らった。こんな笑い方をする男ではなかった筈だ。ウフフと笑うのが似合うというか、デフォルトというか…。思わず風馬もニヤリと笑い返し

「楽しみにしてるからな」

と悠里の背中をバンと叩いた。

なんだか悠里の心は少し弾んだ。元々陽気なキャラなのだ。ひとり静かにじっとしているのは、やはり性に合わない。

教室に戻って次の授業に使う教科書を探していると、隣の席の綾瀬まなと目が合った。黒髪のボブスタイル、顔の雰囲気は忍に似ていて色白、おっとりした雰囲気の子だ。

「ねぇ、最近ちょっと様子が違うね」

「そお?どんなふうに?」

「ちょっと男っぽいというか…えーと、自信がある風に見える…。」

そう言ってニコっと笑う。えー、可愛いじゃないか…なんだよしの!こんな風に喋る女子と仲良しだったんじゃん!

「ありがと」

こちらもニコリと返す。まなは少し頬を染めた。それをみて悠里も照れてしまう。クラスの中で唯一普通に会話をする子だと聞いていたが、それって恋心からじゃないのかと邪推じゃすいしてしまうようなやり取りである。今まで、まなからはあまり話しかけられていなかったが、人格が入れ替わって様子が違った自分に遠慮していたのではないだろうか。これからはもっと話せるかもと少し前向きになる。そんな自分達の対角線上で忍達は笑いあっていた。流石に忍が大声を上げることはないが、絵梨衣達のあのテンションに頑張ってついていってるのは偉いもんだ。

本来の自分を外に出さぬよう、悠里は必要以上に会話をしないようにしていたが、やっと、だんだん気の抜き方というか、新生活の楽しみ方を見つけ始められた気がした。



今日も悠里はリビングで、ソファに背中を全面預けて大股を広げ踵をソファの縁に掛けてポテチ食べ食べテレビを見ていた。他人ひとの家でここまでくつろげるのは悠里の才能だろう。


「ウワー また凡ミス!!」

気に入りのチームの失点を叫んでも、ランニング一枚でも、「またそんな格好で!」と怒られることもなくダラダラしていられることに居心地の良さを感じていた。

専業主婦で家に長くいる忍の母は、急激に態度が変化した忍に戸惑い、不安気ふあんげな態度だが、父親の方は最近の男っぽさに安心しているようで、なんだか良く話しかけてくる。スポーツ番組に対する会話など、今までと違いすぎるくらいスムーズなのを少しも不審に思わないのかと、悠里の方が不安になってしまうくらいだ。帰宅後の筋トレとランニングのせいか、ご飯の量もみるみる増えている。それも父にとっては満足らしい。悠里としては、筋肉が思うようについていく男の身体は面白かった。


小学校時代、忍は、ほんとうは女の子になりたいのかな?と、悠里はときどきそう思うことがあった。対して、自分は男になりたかったのだろうか?と少し考えて慌てて打ち消した。それまでの十何年かの自分の人生を間違っていたと思ったことは一度もない。

『悠里は可愛いのに、もっとオシャレしたら?』

『喋らなきゃモテるのに』

『そのガサツなとこ無くしたら?』

『男が出来たら変わるかな』

散々言われてきた友人たちの言葉を思い出す。こんな風に実際に男になって、かえってしっくり馴染んでいる自分…それってどうなんだ??



お互い現状にしっくりしながらも、忍と悠里は元に戻ることを諦めてはいなかった。毎週末、下校後に公園でミーティングをしている。お互いの一週間を報告し、今後どうするかを決め、元に戻る可能性を話し合う貴重な時間である。


「ねぇ悠里、僕の身体、なんかたくましくなってない??」

上目遣いで悠理の身体を見上げながら忍が怪しんで聞いてくる。

「気のせいじゃね?」

実は3キロは増えている。いい感じに筋肉がついてきて自分としてはちょっと自慢なのだが、突っ込まれると面倒なので話をそらした。本当は「今どきのDKはこれくらい筋肉ついてないと」くらい言いたいところだが、忍は悠里とは違う。

「それよりしの(・・)さ、メイクの腕、上げてない?」

「そう思う??」

嫌味で言ったのに、嬉しそうに頬を染めてきた。なんだかイラッとするのはなんなんだ。

「もう、僕ね。悠理の顔ならどんなふうにでもメイク出来る自信がある! マスターした!」

返事をするのが面倒くさくなってスルーした。

「しの、体育祭どうするつもり?」

校内の一部ではすでに、来月開催される体育祭の準備が始まっていた。

嬉しそうな顔から一転、忍はハッとして気まずい顔で黙った。

「…」

「最近楽しそうだもんね?」

「…」

「自己紹介でスポーツ得意って言っちゃったんだけどな…」

「…ゴメン」

「本当は毎日走ったり筋トレとかして欲しいんだよね…」メイクなんかしてるより…というのは呑み込んだ。

「や… やるよ!一緒になら、頑張ってみる…!!!」

語尾は小さな声になったが、予想外の台詞に悠里はおや、と目を見張った。忍の変わっていないところを少し見つけて嬉しくなった。気分良く、用意していた言い訳を提案する。

「よし、頑張ろ?とりあえず、体育祭の日程あたりでウチ、生理になる筈だから、今回は重い生理痛ってことにして休んじゃえば良いよ」

サラリと名案を言ったつもりだったのだが忍は固まっていた。


「……せいり?」

「え?あれ??えーと、女の子はさ、月に一回…」

「それは知ってるよ!!やっ…あ、そうか…えっでも…!!…うう」

忍があまりにも真っ赤になって動揺しているのでこっちまで恥ずかしくなってきた。そして気にもとめていなかったことが心配になって尋ねる。

「ナプキンの使い方とかさぁ、わかる?」

「…!!!」

涙目になった、メイクで華やかな情けない顔はウチの顔じゃなかった…



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ