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4 ターン忍

 幸いにも?元々忍にはあまり友人がいなかったので、悠里はいろいろ取り繕わずに済んだ。

 だが悠里の姿をした忍の方はそうはいかない。転校初日に明朗快活な性格を披露してしまったのだ。得意と言っていたスポーツだって全く好きじゃない。

 授業中はともかく、放課になるたびにトイレに行ったり、職員室に行く振りをしたり、人との接触をできる限り排除しようと頑張ってみたが限界はある。

 昼放課には阻まれてしまった。

「お昼一緒しよ!」

 クラスのカースト上位である、鈴原絵梨衣すずはらえりいが、目の前に立ち塞がった。すかさず

 LINEが鳴る。

『微笑め』

 悠里からだ。さっきの休みにも

『不自然に避けるな』

『雰囲気微妙になってる』

『たまにはつるめ』

『顔がかたすぎる』

 散々連投されていた。その度に憂鬱になっていたのだが、交友関係については半ば覚悟していたことだ。やけっぱちで思い切り笑顔をつくる。と、嬉しそうに、絵梨衣の取り巻き3人も席を繋げて、弁当の準備を始めた。

 昨日あらかた自己紹介をしているので、今日はもっと突っ込んだ会話である。絵梨衣がいきなりぶっ込んできた。

「ねえ、悠里は化粧しないの?」

 それは実は忍も気になっていた。年頃だというのに昨日部屋を片付けても片付けても、そういったたぐいのものが見つからなかったのだ。

「新しい学校だからちょっと様子見てみたというか…」

「ウケる、悠里、逆じゃん!」

「ヤバ、最初はフルメイクっしょ!」

「前の学校ではやってたってこと??」

 噛み付くような会話のシャワーに目がパシパシする。

「そうね…」

「悠理、オモロイね」

 違和感なく会話ができることに忍は驚いていた。忍の姿で気をつけずに喋ると、言葉遣いもあって妙な間合いができるのに、悠里として話すと違和感なく会話が繋げられる。しかも、今まで誰にも言ったことはなかったが、忍の隠れた趣味はYouTubeで開眼したメイクなのだ。普通の女の子が漫画やアニメのキャラクターになるものから男性が女性になるものまで、動画を隈なく見て、こっそりメイクしたことも一度や二度ではない。ネットで厳選した少数精鋭のメイクを買うために、どれだけ研究していることか…。1人学校でネットに夢中になって時間を潰したこともある…。つまり、結果、異様に盛り上がったのである。

「…そうそう、CANDI のチークはマストよねー!ウフフー」

 楽しそうなランチ風景を、忍の姿の悠理は一人ポツンと微笑ましく見ていたが、聞こえてくる会話には複雑な気持ちだった。


「昨日言ってたとおり、取りに行くから。他にもいろいろちょっと。」

「あぁ、お風呂セット?」

 昨日とは違い、積極的に忍は悠理といっしょに帰った。忍の母は買い物にでも行っているようで不在だった。この隙に用事を済ませたい。

 自分の部屋に入って忍はまたもや絶句した。

 整然としていたはずの自分の部屋はもはや別物になっていた。机周りは本が雪崩れており、服は脱ぎっ放しで散らかっており、もちろんベッドも朝起き抜けたままの状態だった。

「朝、寝坊したんだもんね…。」ジロリと悠里を睨む。テヘっと笑う自分の顔は全く可愛く無かった…。この連続の結果があの汚部屋になったのだと理解して、諦めのため息をついた。

 忍は手早く必要なものを大きなペーパーバックに詰め、次は風呂場に向かった。悠里にはよくわからなかった“入浴セット”とは、洗面台の鏡面の内側に置いてあるオシャレなパッケージに彩られたシャンプーやらボディソープやらのことだった。ファッション雑誌に載っているような高級感に溢れた製品をみて、忍の元々の女子力の高さに慄く。

「しの、これ自分で買うわけ?」

「当たり前でしょ。悠里こそ何なの、あの女子力のないお風呂場と部屋は」

「ウチはコミュニケーションにお金使う派だから」

「部屋は関係ないよね」

「…ぐ…」

 忍は話しながら、入れ替わったばかりのときに感じた違和感がなくなっていくのを感じた。良いのか?マズイのか?

 そしてなんとなく小学校の頃はこんな風に気安く話す友達に溢れていたことを思い出した。中学に上がり、男女が学ランとセーラー服で区別されて、明確にされた違いから自分は弾かれた、そんな風に思った…。

 だから今。悠里には悪いが、忍はワクワクしていた。

 YouTubeで市民権を得てきているとはいえ、男がメイクするのは普通ではない。そう思ってこっそりトライしてきた経験がこんな形で堂々と世に出せるのだ。むしろ絵梨衣達からも是非見たいとお墨付きを貰っている。

 悠里の顔は眉の形から変えられる原石だった。忍の顔では痕跡を残せなくて眉などいじれなかったが、そんな心配はもはや不要なのだ!

「マズイかな?でも可愛くなれるなら悠里も許してくれるよね?」

 今日はすでにお気に入りの入浴剤も使って1日の禊は済んでいる。自分(忍)の部屋から持ち帰って来たメイク道具一式を前に、明日のための準備をいそいそと行った。

 そして翌朝。

 メイクのために異様に早起きをしてフル装備した忍は大満足でダイニングへ向かった。    

「おはよう」

 多分生涯初めてであろうメイク済みの、悠里の姿をした忍を見て茉里と母親は固まった。

「あんた、どうしちゃったの?!そりゃもう少し洒落っ気出したらって思ってたけど」

「彼氏か」

「ほんとに悠里よね?!」

「彼氏だろ」

「え?ぼ、私、おかしい?」

「可愛い!!」

 2人揃って叫ぶのを聞いて、忍は無意識にシナ(・・)を作って喜んだ。「やったー。嬉しい〜」と言いながら、透明感のある赤いグロスでぷるりとした口元の口角をキュッとあげて少し頬を染め、指でテーブルをキュッキュする。

 実際別人なのだが、見た目は悠里本人だ。

「雪が…雪が降る…!!」

 茉里の失礼なセリフは置いといて、忍はなんだかいろいろ吹っ切れた感じがした。



「ちょちょちょちょ、ちょっとーー!!!何それ何それ!!マジ寒い!!怖!!ヤバいだろ!!」

 待ち合わせに来た忍を見て、貧相な語彙力を披露しながら悠里は驚いた。

「茉里さんとおばさんは可愛いって言ってくれたけど」

 上目遣いでプクっと口を膨らますあざとさに、悠里は身悶えた。

「うっウチの身体を玩びやがってぇ!!!お前、隠キャのくせになんでリアと友達になってんの??」

「え、だって本当は悠里なんだから…。そうしなきゃいけないんじゃないの?昨日だってそうメッセージくれてたじゃない」

 本来の悠里の方向性と真逆の方向でそうされても困る。悠里はこんなメイク好きじゃないし、そもそもできない。昨日みたいな会話だって、ついていけない…!

「元に戻ったときのこと、考えてんの?!」

 一瞬忍は言葉に詰まったが、

「でもさ、悠里、今時の女子高生はこれくらい出来なきゃダメだよ」

 とシレッと答える。

「…!!」

 これには流石に悠里もムッとし、もぉいい!!と先に自転車を走らせた。


 前髪で隠れていたボサボサ眉毛は綺麗に整えられてセットされた前髪からのぞいている。小さくはない元々の奥二重はアイラインと目尻だけのナチュラルつけまつげで1.5倍になり、カラコンで目ヂカラは申し分ない。シャドウイングで小顔効果もバッチリである。本人はどうか知らないが、忍がチャームポイントと思った、ややふっくらした唇はグロスを塗るだけで色気を出していたし、無造作風まとめ髪がとにかくイメージを変えていた。やり過ぎメイクといえばそうだが、元々の顔を知らなければカラコンとリップ以外は校則の範囲内におさまる。

「なんだよ、ギャップ萌えかよ」

「まじウケる、悠里!!好き〜!キャハハ!!」

 絵梨衣達はそんな悠里を歓迎し、テクニックを教えてくれと無邪気に受け入れた。始めから美少女枠で紹介したらこんなふうな打ち解けられ方ではなかったろう…。そして男子生徒の不躾な視線…。

 ああ、女子はこんな風に見られているのか、と、ある意味改めて自分の性を理解した。


 悠里の姿をした忍がクラスメイトと仲良く打ち解けることに異論はないが、思惑とは全く斜め上のアプローチに、忍の姿の悠里は戸惑い過ぎて混乱し、新しい学校生活をこんな風に始めなければならなくなったことに焦りを感じ始めていた。


そういえば…iPhoneとかYoutuberとかLINEとかってこのまま使っちゃて良かったのか?

今さら気になっている…

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