14 冬休み つづき
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里:女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席の生徒。忍を気に入っている
「忍くん?もう、お部屋片付いた?」
そう言ってママが温かいココアと焼き菓子をトレイに載せて差し入れてくれた。
「ありがとうございます、お構いなく」
僕の礼儀正しさにママはニッコリ笑顔で歓迎してくれる。実の母親に他人行儀に挨拶するのは毎回不思議な感じがする。
「いつも仲良くしてくれてありがとね、悠里さん。ゆっくりしていってちょうだい。あ、そうそう、忍くん、お正月は大阪に行くからね」
「悦子おばさんのとこ?!」
思わず声を上げてしまった僕に、ママはなんで悠里さんがそんなことを知っているのという怪訝な顔で一瞥した。
「へぇー!楽しみ!!いつ出発するの?」
間髪入れず、悠里が機転を利かせて誤魔化してくれる。最近こういう連携プレーには困らない。
「車で行くからまだ決めてないけど、1日の午後か、2日のお昼かなぁ。フフ、忍くん、えつこちゃん大好きだもんね」
悠里のことを意識して、含みのある言い方をしてママは階下に降りていった。とりあえずは不審がられずに済んでほっとする。
「誰?えつこちゃんて」
「ママの、歳の離れた妹。おばさんになるんだけど、三十代には見えないくらい若くって可愛い人でね。」
「それで、大好きだもんね…か」
悠里は鼻でクスッと笑ったが、あっ、ウチもだと言った。悠里の家は悠里の家で毎年、岐阜の祖父母の家に行くのだと。考えてみれば、夏休みと違って、お正月には親戚の家にお年玉詣に行くのが常だ。全くのアウェイ、知らない親戚の中にこのままの状態で揉まれに行くのは危険過ぎる。記憶の共有にも限度があるし、悦子おばさんとの仲良しな関係を悠里には望めそうにない。悠里のところだって、仲良しの従兄弟が5人はやって来て、夜は枕を並べていろんな話をすると聞けば、これはもうお互い、家に残ると強く押し切るしかないが、高校生の分際でどこまで親を説得しきれるのか分からなかった。
参考までにと前置きして、例年のお正月の過ごし方をお互いに話しあった。元に戻りたいと言いながら、無意識のうちに2人とも、それまで入れ替わったままのつもりだった。
冬休み3日目に、僕はまなさんと映画を見に行くことになっていた。夏休みに一緒に花火大会に行ってから、彼女とはつかず離れず、友達ポジションをキープしている。ちょっと前に、ときどき五十嵐君と話している気になるなぁと言われたときは肝が冷えた。
漫画原作のラブストーリーはなかなか胸キュンする可愛らしい話で、まなさんも、推しの2.5次元男優の主演デビューを喜んでいた。地下街のアクセサリーやコスメのお店等を巡って、楽しい女子トークにきゃっきゃっしているとあっという間に時間は過ぎた。
「今日も楽しかった!じゃあまた」
「良いお年をね!」
年末の、明るいイルミネーションに飾られた都心から地元に帰って来ると、すっかり日の暮れた街灯の少ない暗さに、1人というのもあって少し心細くなった。いつもは自転車で通る道を今日の余韻に浸りながら少し浮かれ気分で歩く。
ふと、なんとはなしに後ろに人がいることに気が付いた。あんまり気にするのも気がひけるが、何か嫌な感じがして歩く速度を早めると、後ろの人物も同じように足音が早くなる。
気の所為だと思いたくて、自然な感じを装って顔半分ほど振り向くと、5メートルくらい離れた距離にいる黒づくめの男がこちらを見ているような気がした。慌てて前を向くが、下腹あたりがざわついて心臓がバクついた。気持ち悪さが胸元から押しあがってくる。
女子同士のお出かけだからと、今日はヒールのあるショートブーツで来てしまった。ダッシュで走って転ぶといけないのでせめても早歩きすると、やっぱり後ろから聞こえる足音も早くなる。
僕を尾けてるの…?!なんで?!どこで?!どこから?!
そうと決まった訳じゃないけれど、そうかもしれない…そうやってグルグル考えているうちに、今頃になって気づく。あの変な視線は、TikTokが投稿される前…学祭の準備の時から感じていたのだったと。視線の正体は、公園で僕たちを見ていた風馬くん、あるいはスカウトしに来た⚪︎×音楽プロダクションの社員だけじゃなかった…?
今度こそ杞憂であって欲しい。でももし、自分の背後にいる何者かに狙われているとしたら、この、悠里の身体は絶対に守らなきゃいけない…!後ろからの足音がぐっと近づいた気がした。
とにかく、フェイクファーの鞄に手を突っ込んで文明の利器スマホを探す。誰に連絡を取るべきなのか…警察?姉の茉里?悠里の母?風馬君…悠里…
「あっ」
思うより焦っていた。スマホを取り落とすなんて今までやったことないのに…!!
カシャーンと乾いた音をたててアスファルトの上を滑っていく。追いつかれてしまう…!でも今のヘルプアイテムはスマホしかないし、落としたまま通り過ぎるのは不自然過ぎる。観念して道路を過ぎって素早く拾い、とにかく通話記録の1番上をダブルタップしながら立ち上がった。誰に繋がるかもわからなかったけど、もうそれだけの余裕しかなかった…
だって、もう男が目の前に立ち塞がっていたのだ。
「誰、ですか…?!なにか、用事、ですか?」
声が震える。息を詰まらせながら聞いた。
ジャージのような黒の上下。メガネに無精髭に伸びっぱなしな髪の毛。さらにハァハァと荒い息を吐いている。
ガチじゃん。ヤバい奴じゃんこれ…!!!
思った瞬間に腕を掴まれた。
「ちょっと…!!手、離してください!」
そう言って素直に離すわけもなかった。足がガクガク震える。一瞬力を抜いてから思いっきり手を引き抜いた。この先はいつもの公園の入り口だ。つ、連れ込まれる?!頭からいろいろなことがパンと飛んで、何も考えられずに、とにかく家の方角に走り出した。