13 冬休み
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里:女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣:女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席の生徒。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
ちょっとくたびれたスーツのサラリーマンが、僕らに駆け寄ってくるかのようにみえた。何事かと、3人で足を止める。今度はなんなんだ?!
「ストーカー…」
ボソッと悠里が呟いた。ハッとして視線をその人に合わす。
「ちっ違いますっ!!」
聞こえてしまったらしい。そりゃあ違うと言うだろう。
「いや、ワタシこういう者でして…!」
よく聞くような台詞を吐いて渡された名刺には⚪︎×音楽プロダクションと印刷されている。覗き込んだ風馬がのんびり言う。
「さっき、俺が言ってたやつじゃね?芸能界に興味ありませんかっての」
町中に流れていた韓流アイドルの曲を使っていたのに加え、JKが踊る学祭での完コピダンスということで、TikTokの閲覧数がエゲツないことになっていたらしい。スカウトするなら絵梨衣の方でしょ…と訴えたら、もう打診済みで、すでに無視されているとのこと。普通ならそうやって営業メールで終わるものを、悠里がSNS 系を一切やっていないがために、わざわざ足を運ぶ羽目になったそうだが、だったらそこで諦めてくれれば良いものを。あわよくば、絵梨衣と顔を繋ぐことができるかもという目論みも込みだった。
「最初は学校近くじゃない方が良いかなと、公園の方で張ってたのは事実です…」
その労力は買うが、なんとも紛らわしい…
「最近はネット上で終わってしまうことが多くて、こんな風に出歩くことってないんで新鮮でした!光る原石を見つけるのが仕事なんで、気にしないでください」
いやいや、ストーカーかもと怯えさせられたんですけど!!とは言わず、はぁ、へぇと適当に相槌を打って、最終的には、全く興味ありませんと、丁重にお断りさせていただいた。
「あーやって言ってたけど、どうせ研修生だのなんだので、ダンス教室に通わせて金を巻きあげるに決まってる」
「…ホントに悠里は辛口だね」
そんなスカウトがわざわざ足を運ぶくらい、自分に価値があったのだと得意気にもならず、喜ぶでもなく、金目当てだと一蹴する悠里は一女子学生としては本当に変わってる。忍にとってはストーカー問題が杞憂に済んで本当に良かったと胸を撫で下ろしていた。一緒に帰る必要もないし、あの時の風馬君のハッタリのおかげあってか、学校でのアタリもその後はだいぶ静かになった。たまに通りすがりに嫌味を言われるくらいに落ち着いている。
「でも風馬だよ?!」
と悠里は言うが、実際、当事者である自分たちの他に、事情を知っている人がいるのは心強かったし、精神的にも落ち着けた。やり方はともかくいろいろと助かってはいるのに何故そこまで評価が低いのか…。それが何故かはすぐに判明した。
市立図書館のフリースペースで、ひと休みしていたときのことだった。
冬休み目前の期末考査のため、週末ミーティングのついでに勉強に来たら、風馬君がいた。なんとなく一緒になって、なんとなしに一緒に休憩するかと3人でテーブルを囲んでペットボトルのお茶を飲んでいた。唐突に風馬が言った。
「俺、今の忍となら付き合える気がする」
ゴハッ
飲んでたお茶が変なところに入ってゴホゴホ咳き込む。
「急になに?!」
悠里も同じく、涙目で風馬を睨みながら言う。
「まだまだ俺らガキだっつってたじゃん!!もういーよ、色恋はさぁ。だいたい、それってさ、しのとウチのどっちなん?」
「それな」
目を閉じてうーんと眉間に皺を刻む。絶対ポーズだけだと悠里は思った。
「どっちが好きなんだろう?悠里とこうやって話すのは好きだけど、女の方の外身にはそそられないんだよな」
失礼過ぎて反応するのもアホらしくなる。
「男でも抵抗ないような気がするけど、でも女の方がいろいろ難しいこと考えなくて済むよなぁ」
突っ込みどころが満載過ぎる。
まなさんの言ってた台詞が思い出された。
…五十嵐くんのこと、前に好きって言ったけど、具体的にどうこうって無いの。五十嵐君は男子だけど身構えずに話せるし、話すと楽しい…それだけなの… 恋愛っていうのかなコレ…
なんか、似てるかもしれない。
「俺、この世にいない人間が好きってことなのかもな…。
…なぁ、元に戻らんかったら、ちゃんと俺と付き合わない?」
ざけんな!と、悠里に殴られた鳩尾を抱えて呻いている風馬君に今日は同情することもなかった。悠里の塩対応は当然なのかもしれない。
「やめてよ、そういう不吉なこと言うの」
言うにしてもムードもタイミングも何もかも無視してる。飄々と言うので、真剣度も薄いし、本当に空気読まないのね…。
そうこうしているうちに冬休みに突入してしまった。よもやこの状態を冬まで引っ張るとは思わなかった。なんだかんだでちゃんと勉強している僕たちは補習のために学校へ行くことはない。成績がお互い似たり寄ったりなのは有り難かった。
忍の汚部屋を2人で綺麗にした後、いつものミーティングを始める。お互い、このままだったらどうするのか、真剣にならなければならなかった。3学期の中間テストが終わったら理系か文系かを決めなければならない。すごく先の話では無いのだ。
元に戻った時のことを考えて進路を決めるのか?もし万が一、最悪このままだったら…?!
「忍はメイクの道に進むの?美容学校に行くとか?」
「最終的にそうするとしても大学は行った方が良いかなって思ってる。親も普通に大学行くもんだと思ってるし。悠里は?」
長いため息をついて、口にしたのは進路の話ではかった。
「正直さ、今までの自分ではいられないってことは嫌なんだけど、男であることに今はそこまで抵抗無いんだよね…
やっぱラクだよね…男って」
悠里の意外な言葉に驚く。
「本当?!僕は女の方が楽しいよ。オシャレしたり、ガールズトークしたり…
でも、別の人間になりたいわけじゃ無いの。
今の状態は、正直、前よりラクだけど、今までが間違ってるとは思わないし、凄く辛かったわけじゃ無いって…今なら分かるし…。」
あの文化祭のときの練習みたいに、死にもの狂いにやれるのなら、なんだって出来る様な気がした。いつになくしんみりとした。こんな状態でなければ、こんな話を誰にも話すつもりはなかった。