12 キャットファイト
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里:女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣:女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー
綾瀬 まな :女 忍がクラスで唯一話す隣席の生徒。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
西村 蓮 :男 風馬のクラスメイト。悠里に告白した
SIDE:忍
「なぁ!昨日風馬と帰ってなかった?!」
朝一番、絵梨衣に聞かれた。
「五十嵐の次は山内風馬なわけ?」
矢継ぎ早に言われて思考がついて行かず返事が出来ない。
「え?!えーっと…」
「まぁ絵梨衣は別に風馬推しじゃないから良いけどぉ、風馬を好きな奴、結構いるから上手くやりなって話」
「ハァ… てか、えぇっ?!風馬君のことは別にそういうんじゃないし…てか、ゆ…しの、忍のことだって友達だよ?!」
フフーンと、口の端を上げて意味ありげに絵梨衣は笑い、
「そゆことにしとこか。帰り、いつものメイクよろしくな」
そう言って僕のほっぺをぷにゅっとつついた。そんな仕草にも慣れてきている自分が怖い。最近、他校の生徒とデートする日は絵梨衣から放課後メイクをお願いされている。絵梨衣はともするとメイクが濃くなりがちだ。元が正統派美人なのでやり過ぎはケバくなると言って一度任せてもらったところ、合コンでウケが良かったらしい。教えることもしたが僕がやった方がモチも良いそうで、たまにこうして頼まれる。お礼に、と言ってその後何度か誘われた合コンを断るのに苦労した。
あれから、変な視線を感じることはなかったのだが、念のため…と、帰宅は悠里か風馬くんに付き添われている。
風馬君は僕と悠里が付き合ってると思い込んでいるから、西村君に対して異様に鈍感だ。彼の前で飄々と悠里の肩を組みながら、じゃ、一緒に帰ろっかと言ったときの西村君のギョッとした顔は忘れられない。中身は男といえど、女子にこう、気軽にスキンシップできるところが凄い。西村君からはどういうことかとLINEがきたが、最近親切心でいろいろ気にかけてくれているという理由なのかよくわからない返信しかできなかった。その後既読スルーされている…。いよいよ西村くんにも愛想を尽かされてしまったのかもしれない。
絵梨衣たちには揶揄われるだけで済んだが、実際何度かすれ違いざまにビッチだの、調子乗ってんじゃねーぞなどという言葉を聞かされた。派手なメイクを地味にしたのも、風馬仕様にシフトしたからとか勝手なことを言われている。僕は何を言われても良いんだけど、実際言われている悠里の立場を思うと心が痛む。
まなさんは遠回しに何かヒソヒソ言ったりせず、僕に直球で話してきた。
「悠里さんは話題に事欠かないなぁ」
まなさんからそんなことを言われてしまうとは…入学して数ヶ月の自分は何処へ行ってしまったのか。
「私は、西村君が悠里さんのこと好きなんだと思ってたんだけど、山内君だったかぁ」
ギクリとした。
「いや、どっちかというと風馬君からは、ゆ、し、忍のことを聞かれてるというか…」
苦し紛れにそういうと、まなさんはピクッと肩を揺らして僕を真っ直ぐにみた。心なしか目が輝いている。
「え?!どう言うこと?やっぱり山内くんて、そういう…」
「そういう??」
「海行った時、良い雰囲気だったんだよね…五十嵐君と山内君…」
ふうと艶っぽいため息をついている。そうか、2人はそういう雰囲気だったのか…でもまなさんは入れ替わりのことなど知らないはずなのに…最初から僕を受け入れてくれたくらいだから、やっぱり人の本質が分かるとかなんだろうか。
それよりも、ここでちゃんと言っておかなければ。
「とりあえず!ウチは誰かと恋愛してるわけでも、したいわけでもないってことなんだけど」
「そうだね、そんな感じする…
実は私も。五十嵐くんのこと、前に好きって言ったけど、具体的にどうこうって無いの。五十嵐君は男子だけど身構えずに話せるし、話すと楽しい…それだけなの… 恋愛っていうのかなコレ。私、変かな?」
肩透かしを喰らった気がしたが、まなさんらしいと思った。
「変じゃない。僕もそう思ってる」
「僕?」
「うっウチも、ウチもそんな感じってこと!!」
思わず本音で言ってしまい慌てて否定する。
「私たち、奥手だね」
「ほんと、それ」
2人でクスクスと笑い合った。
SIDE:悠里
東雲悠里が五十嵐忍から山内風馬に乗り換えたと誰かが話しているのが聞こえてくる。忍は気丈に振る舞っているようにみえたが、誰が誰と付き合って何が悪いのか。そもそも付き合ってもないし。本当にくだらない…しかも、風馬と比べたら忍はやっぱり負けるよなと言われてるのがまたムカつく。忍は、分かりにくいかもしれないが凄く良いやつなのに…。綾瀬まなはそのあたりちゃんと分かっている。マジ良い子だ。ウチはずっと腹の虫が治まらない状態だった。
その日は、絵梨衣に頼まれて放課後メイクしてから帰ると忍がいうので、時間潰しに購買コーナーでジュースを飲んで、のんびり教室に戻ってきたところだった。
「…メイクでもってるくせに」
不穏な声が聞こえてきた。嫌な雰囲気を察して、後方のドアからそっと覗くと、忍が3人の女子と対峙している。
「別に、風馬くんとは付き合ったりしてないし、付き合うつもりもないから」
「じゃあなんであんなに一緒にいるのよ?!同じクラスでもないのに」
「五十嵐と一緒にいりゃあいーじゃん」
風馬を好きなのか、ファンなのか知らないが、ヤツのグルーピー達に忍が詰め寄られている…?!ええぇーっ?!こんな漫画みたいなことってあんの???漫画みたいに入れ替わっている自分のことを棚上げして、マジにダサいと思った。
「なぁ!」
ドン、と1人が忍…というか、悠里の肩を小突いた。忍も気の毒だとは思うが、それにしてもウチの身体に手を掛けるとは…。しかも人気のない放課後の教室で。卑劣さに腹が煮え繰り返った。
バン!!
勢いよく扉を開けた。
忍含め、その場にいた全員がビクッとしてウチの方を振り向く。忍は目を見開いて、すぐにマズイという顔をした。
「なんか、マジダサいんだけど」
「ちょっと、五十嵐なんかに言われたくないんだけど」
「ほら!庇ってくれる五十嵐と仲良くやってりゃいーんだよ」
口々に言いたいことを言う名前も知らない女生徒らに「うっさいんだよ!」と言えば、彼女達も気色ばんだ。「だいたい…」と言いかけたところで猫のように後ろから襟を引っ張られた。
「何やってんの?」
「風馬!!邪魔すんなよ、お前のせいで…!!」
「まぁまぁ、そんな青筋たてないで仲良くしよ?」
にまーっと表現するのが1番ふさわしい笑顔で、風馬は顔を近づけきて、あろうことかウチの、というか忍の頬に軽く、だが確実にチューをしてヒラヒラと手を振った。
!!!!!!!!!!
??????????!
みんな唖然としたが、ウチ以上の動揺はない筈だ!情けないけど固まってしまった…。忍が何かを言いたげにアワアワとこちらを見ている。そんな空気を1人シレッと切り裂いていく風馬は本当にスゴいとしか言いようがない。空気を読まないどころか叩っ斬ってる…ウチの肩を組みながら
「最近俺ら、家が近所って分かって仲良くなったんだよねー、悠里も近所でさ、たまに話したり一緒に帰ったりするようになったんだけど。
ねっ?」
圧のある念押しに「あ…ハイ」と忍は間抜け顔で返事をした。
「みんなすぐ色恋にしちゃって困るよなぁ、まだまだ俺らガキなんだから。
ねぇ!?」
お前が言うな!!!と多分忍も心の中で叫んだろう。突っ込みたかったが、ウチは顔を真っ赤にしたまま運も寸も言えなかった。
「君たちさ、学祭の時に上がってたTikTokのコメント見た?」
気まずそうに去っていったグルーピー達を見送った夕暮れの教室で、何ごともなかったかのように風馬が尋ねてきたが、ウチのライフポイントはゼロで、何もかもがどうでもよかった。
「あぁ?!」
「悠里宛ての、芸能界興味ないかってコメント知ってる?」
「恥ずくて見てないし。興味あるわけないでしょ?冗談にしても痛いよ…」
忍が代わりに答えてくれて助かる。
「ま、そぉだよねー」
風馬はウーンと背中を伸ばして、「このまま一緒に帰る?」
「せっかく風馬君が身を挺して庇ってくれたんだから、言葉どおり一緒に帰ろっか」
渇き気味に笑いながら忍はサっと帰り支度をする。実際、風馬の学校区はウチらの隣だが、家が近所と言うには遠い。苦し紛れには見えなかったが、良くまぁあんなシレッと嘘がつけるものだ。ただ途中までは同じ方向ではある。自転車置き場へ一緒に向かい、自転車を引きながら校門を出てしばらく歩いたところでソイツは現れた。