10 文化祭
入れ替わってる2人
五十嵐 忍:男 少し女の子っぽい。メイクが趣味
東雲 悠里 :女 だいぶガサツな転入生。スポーツが得意
その他登場人物
鈴原 絵梨衣 :女 クラスで影響力の高い女子グループのリーダー。騒がしい。
綾瀬 まな :女 入れ替わり前忍がクラスで唯一話す隣席の生徒。忍を気に入っている
山内 風馬 :男 隣のクラスのムードメーカー。スポーツが得意
西村 蓮 :男 風馬のクラスメイト。悠里のことが好き。
「あっ… んん…!!
はぁ、はぁっ… ん、ぅんー」
「キモぉい!!(怒)」
悠里は押さえていた僕の足を放り出した。
「えぇ?」
ハァハァ息を整えながら僕は仰向けに寝っ転がった。決めポーズのときに足が上がらないので、開脚のストレッチをしていたのだが変な声を出していたようだ…
「しの、授業とかでそんな声出してないだろーなぁ?」
「た、多分?」
「ったく!!自分の喘ぎ声なんかマジ聞きたくないんだけど!!!
んあーっ!!サブイボがたったわ!!!」
「ご、ごめんね…」
公園で行う2人の練習は順調だった。クラスでの通し練習も、もう3回目を過ぎ、他の子に動きの指導ができるくらいにまで上達していた。悠里は悠里であることを少しも隠さずに、キレっキレのダンスを披露し、忍のくせになんであんなダンスうまいんだと影で囁かれていた。運動神経が良いのを隠していたのか?と言われているのも聞いて、元に戻ったこと考えるの忘れてるんじゃ…と、ひっそりと悠里を恨んだ。
風馬のクラスはお化け屋敷の展示をやるらしく、毎日遅くまで残ってクラス皆で作業していた。その日は忍達のクラスも練習で遅くなり、いつもより暗い廊下をたまたま悠里と並んで歩いていると、風馬がお化けのお面をかぶって廊下に突然現れて驚かしてきた。
びっくりしてイヤぁッと叫び、隣の悠里に抱きついてしまった。悠里はむしろ抱きつかれたことに驚いて、冷めた目でジロリと僕を見た。
「こんなことでギャーギャー騒ぐなよ、つくりもんじゃん」
そういう悠里は男より男らしく(いや、僕の姿なんだけど…)思わず顔を赤らめてしまった。「なんか、流石だね…」と心から褒めた。
「ちょっと、驚かしたのに。空気作んないでくれませんかっ?!」
生暖かい笑顔で戯けて言う風馬に悠里は肘鉄を食らわせようとして華麗に避けられていた。普通の、男同士のじゃれあいをしている自分の姿をポーッと見入ってしまう。
ふ、と、廊下に出て来た蓮と目が合った。思わず顔を逸らしてしまう。蓮の顔も心なし赤いようにみえた。
「なーに、イチャついてんの?!」
後ろからやって来た絵梨衣達が背中に抱きついて来る。もう慣れたもので、これぐらいでは動じない。
「絵梨衣!」
「風馬ぁ、五十嵐と仲良いんだね?」
僕の肩に小さな顎を乗せてはしゃぐ。絵梨衣は隣のクラスとはいえイケメンには馴れ馴れしい。こちらも流石である。
「おう」
風馬は短く笑顔で答えただけなのに、何かカッコ良い。
「俺らのお化け屋敷、見に来いよー」
「うーい!!」
「キャハハ!!!」
青春してる…と、心から思った。なんだか胸がふわふわして、笑いながら帰り道を急いだ。
当日の催しは猛特訓の成果あって、もちろん大成功で、誰かがTiktokに上げたらしくジワジワと閲覧数が伸びてるらしい。個別の催しや、展示も断片的に掲載されて生徒たちの目を楽しませていたようだ。僕はなんだか恥ずかしくて見られなかったが、直接、誰それがカッコいいとか、可愛いとかのコメントもあったらしい。
「悠里にもコメントついてたよー」と絵梨衣達が教えてくれたがなんだか見られなかった。
ダンスなんてと思っていたがノリノリの観客や踊れてるという自信がとても心地良かった。動きの指導をしたおかげで、まなさんとも、悠里としてもっと仲良くなれたことも嬉しかった。
「ね、悠里さん、五十嵐くんにダンスの指導してるんでしょ?あんなにキレキレのダンス、五十嵐くんが踊れるなんて…」
実際のところは逆なのだが、別に訂正する必要は無い。まなさんの恋心に少しは配慮しようと
「なんだか前向きに頑張ってたよ。誰かにかっこいいとこ見せたいのかもね」
なんて言ってみた自分が少し虚しかった。
文化祭は2日間開催される。2日目は、一般公開もあって僕の母親を見つけたときには驚いた。後で悠里に聞いたところによると、毎日2人が一緒に練習しているのを知ってどうしても当日の勇姿が見たかったそうだ。以前の忍しか知らないママからしたら目からウロコだったに違いない。悠里の姉である茉里さんも、暇だからと言って見に来てくれて大盛況のうちに文化祭の熱は去っていった。
文化祭が終わっても、2人はいつもの体力作りに身代わり地蔵の公園へは相変わらず通っていたが、忍が悠里を待って準備体操をしたり、1人走っていると何かしらの気配を感じるようになっていた。ダンスの練習のときにも感じた視線である。
休日、ストレッチしている時に打ち明けると
「まさか…ストーカー…?」
「やめてよ、悠里!」
「いやいや、可能性としてはあるって!」
2人して沈黙する…。
「ずっとほぼ毎日この公園来てるし…変質者に目をつけられてもおかしくないかも…。考え過ぎなら良いけどさ。ウチ、しのに可愛くされちゃったしな」
「悠里は元から可愛いよ」
「ハァイ、そゆの要らない!!
とりあえず、しのはしばらく地味に見られるメイクにしなよ。出来るよな?絵梨衣達にも話してとにかく目立たないように!」
「…」
「返事ィ!!」
「はい…」
皮肉なものだ。悠里と出会う前は、目立たないように気をつけて学校生活を送っていたというのに…。でも今は悠里の姿なのだ。悠里が自分で気をつけたくても、気をつけなきゃいけないのは忍の方。僕の身体じゃないんだから、大袈裟かもしれなくても責任もって守らなきゃ…。
2人で話しあい、近況が落ち着くまでは公園には行かないことにした。
文化祭で人一倍目立っていたから、学校内の誰かかもしれないと心配して、校内でも何かと悠里は声をかけてくれたが、それがヒソヒソというかコソコソというか、大っぴらにしないので妙な誤解を産んだらしい。悠里と忍が付き合っているのではなどという噂をチラリホラリきくようになってしまった。
「五十嵐は東雲のこと、どう思ってんだ?」
放課後の昇降口で、悠里は蓮に呼び止められた。
「どうって?ただの友達だよ。それ以上でもそれ以下でもないけど」
「その割には…」
蓮は下を向いて
「なんか噂も聞いたし…」
歯切れ悪く呟く。
自分は、蓮の気持ちを知っている。でも、忍にもそんな気は無いし、自分がもし悠里に戻ったとしても、蓮が喜ぶような返事ができるとは思わなかった。なんだか切ないが、正直なことを言うしかない。
「蓮が、し…悠里のこと気になってんのは知ってるけど、ウチには、マジそんな気ないし。ちょっと今心配ごとがあって気にしてるだけだから」
「心配ごとって…なんだよ」
はっきりしたことが何一つなく、言っていいか迷う。変に拗れるのが怖くて濁してしまう。
「す、少しデリケートな話だから…ウチ…いや、僕からは言いにくい…というか…」
モゴモゴとこちらも歯切れ悪くなってしまった。
「そうかよ」
これ以上話しても良いことはないと悟ったのか、蓮は不満気な顔で踵を返した。
「話せるようになったら、ちゃんと話すから!!」
蓮の背中にそう声を掛けたが、彼は振り向きもせずにサッカーコートの方へ行ってしまった。
ふうっと大きなため息をついて、帰ろうと出入口に向かうと、そこにはまなが立っていた。
「!!」
ギョッとして立ち止まる。
「綾瀬さん… 今帰り?」
なんとなく気まずくて、いつもしない声掛けをしてしまう。
「うん…」
どこまで先程の話を聞いていたのか、心なし元気がないようだ。と、いうか、例の噂を聞く頃からずっと微妙に元気はないのだ。まなのことも気を遣いたかったが、そうは言っても自分のことの方が心配で、ついつい忍を構ってしまう。
「僕も帰り。また明日!」
にかっと笑って去ろうすると何かを言いかけた。立ち止まって見つめ合う。これは男ならぐっとくるシーンなのではないだろうか。
「五十嵐くん…、大丈夫…?」
「え?」
「入学したばっかの時と比べてなんかずいぶん変わっちゃったから、何かあったのかもって思って。今の五十嵐くんも頑張ってて好きだけど、でも…私は、そんな無理しなくていいと思う。五十嵐くんは五十嵐くんだから…。
ごめん…。なんか変なこと言ってるかも。でもほんと無理しないでね!!
それだけ!!じゃあまた明日!」
立ち去っていくまなを見送りながら、固まった。顔が真っ赤になるのが分かった。
しの…。
まなにしときなよ。めっちゃ良いコだよ。女でも惚れるわ。
こんな素敵なことを言ってもらえているのに、言われた自分が忍でなくて、まなにも、忍にも申し訳ないと思った。蓮にだって失礼だ。文化祭にかまけていた自分達が情けなくなる。でも今は、この入れ替わりの問題に加えて悠里へのストーカー疑惑まである。
自分は気丈なはずなのに…。悠里は泣きたい気持ちになっていた。
手を負傷して打ちにくいよう