【第1章】―1―
登場人物
三日月在真
主人公、日本に住む小学5年生の少年
学校のチャイムが鳴る。
お昼休みがちょうど終わり、在真は次の授業の準備をしていた。
奇妙な夢を見てから一ヵ月が過ぎた。
あの日以降、同じような夢は見ていない。
大抵夢というものは見てもすぐに忘れてしまうものだが、あのことを在真は鮮明に覚えていた。
奇妙な生き物、魔法使いの女性、襲ってきた黒い雲。
実際に起こるはずのない出来事のはずなのに、実際にその場にいた、という感覚が離れないのである。
「在真、ぼーっとしてどうしたんだ?次の授業理科だから教室移動しないと間に合わないぞ。」
友達に声をかけられる。
そういえばそうだったと友達にお礼を言って机から必要なものを取り出した。
在真の友達は皆、感情がないからと在真を邪険に扱ったりはしなかった。
最初こそ不思議に思う友達も多かったが、特にいじめなどをすることは無かった。
両親は、在真が友達とうまく生活していけるのかずっと心配していた。
だが、心のやさしい子供たちが、在真の周りにいることを知ると安心したようだった。
「在真、今日の授業って何だっけ?」
「今日は天気の話だったはず。」
「サンキュ。また分からないことは在真先生に聞こうっと!」
友達は嬉しそうに在真に言う。
在真は読書が趣味だった。
幼いころによく両親に読み聞かせをしてもらうのが日課だった。
在真はその時間が大好きだった。
ある程度大きくなってから一人で絵本を読むようになり、その影響で小説や伝記、図鑑などいろいろな本を読むようになっていった。
だからといって在真は本ばかり読んでいるわけではなく、漫画を読んだりアニメを見たり、ゲームをしたりもする。
知識の量を活かして友達を助け、アニメや漫画などの話も出来る。
そんな在真の性格は友達から好評で、どんな表情をしていてもみんな受け入れてくれていた。
「授業を始めますよ。皆さん、席についてください。」
理科室に着くと、すぐに先生の声が聞こえてきた。
友達のところへ行っていた生徒たちが慌てて自分の席に着く。
ちょうど落ち着いたタイミングで授業開始のチャイムが鳴った。
*****
「じゃあ在真、また明日な~!」
下校時間。校門で友達と別れる。
友達が笑顔で在真に手を振る。
在真もそれに応えて手を振り返した。
いつも通り、一人での下校。
なんとなく空を見上げた。
空はどこまでも広く、自分がちっぽけだと改めて自覚させられるようだった。
過ぎた夢の話をずっと気にしても仕方がない。
しかも夢の話だ。早く家に帰って宿題やって、お風呂に入って寝よう。
在真は帰る足を速めた。
玄関のドアを開けると、母親の声が聞こえた。
リビングに進むと母親がどこかに電話をかけている。
そっと移動し、手を洗ってから二階に荷物を置きに行く。
荷物を定位置に置いたとたん、下の階で母親が自分を呼ぶ声がした。
その声はいつもより明るい。何かいいことがあったのだろう。
在真は支度を整えて母親の元へ向かった。
母親は、リビングにあるソファに座ってお腹をさすっていた。
なんとなく察しがついた。
母親は在真が来たことに気が付くと、にこっと微笑みかけた。
在真が話を切り出す。
「どうしたの?」
「ふふっ、あのね在真。貴方に兄妹ができるわよ。」
表情を変えない在真。
しかし、母親の言葉にどこか心臓が早くなっていた。
「そういえば小さなころ、ずっと兄妹を欲しがっていたものね。」
母親の言葉で思い出す。
朱音たちの事故のせいですっかり忘れていたが、在真はずっと兄妹を欲しがっていた。
「ねえねえお母さん!僕、妹か弟が欲しい!」
誕生日やクリスマスのプレゼントにもお願いしたほどだ。
当時の自分がこの話を聞いたらきっととても喜んだだろう。
「そうなんだ、おめでとう母さん。」
テンションの変わらない素っ気ない回答。在真の表情は素のまま変わらない。
それでも母親は嬉しそうな表情で在真にお礼を言った。
「ありがとう在真。これからは在真、お兄ちゃんになるわね。優しくしてあげてね。」
「……女の子?男の子?」
「女の子よ、妹が出来るの。そういえば在真、学校で勉強の分からないお友達に教えてあげてるんでしょう?先生が褒めてたわよ。」
「うん。」
「妹が成長してからも、同じように教えてあげてね。」
「分かった。」
「あ、そうそう。お父さんにはまだ言ってないから、帰ってきてからのサプライズね。在真も母さんに協力して頂戴。」
「うん。」
母親は幸せそうに妹がいるお腹をさすっていた。
在真はその様子をじっと見つめていた。
まだ心臓が早くなっている。この感覚はいったい何だろう。
「さぁ、そろそろ夕飯の支度をしないとね。在真も宿題があるでしょ?呼び出してごめんね。」
母親が椅子から立ち上がって在真の頭にそっと手を置いた。
そのまま優しく在真を撫でる。
母親の優しく温かい感覚が、在真の心臓を落ち着かせたのだった。
*****
今日の夕食はカレーライス。
在真がいる二階にその匂いが届く。
そろそろ夕食が出来る頃合いだ。
ちょうど宿題も終わったので、母親に呼ばれる前に下に降りた。
母親は忙しそうにキッチンで料理を作っていた。
「あら、もう宿題は終わったの?」
「うん。母さん大変だろうし手伝うよ。これ、向こうにもっていけばいいの?」
在真は大皿に盛られたサラダを手に取る。
そうね、お願いしようかしら、と母親に言われて在真は頷いた。
リビングにサラダを持っていく。
ふと、テレビを見るとニュースをやっていた。
交通事故で亡くなった人がいるらしい。朱音としずくのことを思い出す。
そのままテレビの前でぼーっと立っていた。
「また事故があったのね。最近よくニュースに取り上げられて……在真も気をつけなさいね。」
返事のない在真。
ぼーっとテレビの前に立っている様子を見て、母親は在真が何を考えているのか察した。
運んでいたカレーをそれぞれの椅子の前に置いて、在真のところへ向かい、そっと抱きしめた。
「あのときのことを忘れろだなんて難しいことね。思い出させるようなものを見せてごめんね、在真。」
母親の声は少し震えていた。
その日のニュースを報道することは当たり前のことだ。
その中で事故のニュースが取り上げられることはそう珍しいことではない。
確かに事故のニュースを見て、朱音としずくのことは思い出したが、だからと言って何か特別に考えたわけではない。
どうして母さんは謝ったのか、悲しそうにしているのか、在真には理解ができなかった。
「せっかく在真に妹が出来たのに、母さんがこんなに悲しい顔をしては駄目ね。さぁ、ご飯が出来たし一緒に食べましょうか。」
*****
在真がお風呂から出てリビングに戻ると、いつの間にか父親が帰ってきていた。
夕食を食べ終えて一休みをしていたところだった。
「おかえり、父さん。」
「ただいま、在真。風呂入ってさっぱりして羨ましいな。父さんも早くお風呂入ってさっぱりしないとな。」
在真は父親の話に頷いた。優しく在真に微笑みかける。
「そういえば父さん、母さんから何か話聞いたの?」
「話?何のことだ?」
在真の切り出しに、母親は嬉しそうに話を始めた。
「あなた実はね、在真に妹が出来ることになったの。今5ヵ月で……。」
「……! 本当か!?」
父親は嬉しそうに母親を優しく抱きしめた。
よくやった、と笑顔で母親に話しかける。
そのまま在真の元に来た。父親は余程嬉しかったのか、髪の毛が濡れているにも関わらず、わしゃわしゃと頭を撫でた。
「父さん、僕まだ髪の毛乾かしてない。水滴が飛んじゃうよ。」
「おお、ごめんな。つい父さん嬉しくなっちゃって。在真の念願の兄妹だからな。」
母親と同じようなセリフを言う。
どうして自分のことじゃないのに僕のことで嬉しそうにするんだろう。
嬉しそうな父親と母親を見て、在真の心はどこかモヤモヤしていた。