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ウェブ小説作家の俺が挿絵を頼んだ絵師が、10年前に絶交した幼馴染の女の子だった件

作者: 矢五八 寝倉

 俺には昔、幼馴染がいた。

 いた、と過去形な以上、この話には決まり切ったオチが存在するのだが。


 家は隣同士、親同士の仲も良好。

 そんな家庭で生まれ育った俺たち子供が、友達にならないはずがなかった。

 毎日のように公園に行って遊んだり、どっちかの家に転がり込んでゲームしたり。そんな日々を、何年も続けていた。


 物心ついたころから、俺は物語が好きだった。

 買って貰った絵本を読みながら、いつか自分もこんな話が書きたいと思うようになっていた。


 物心ついたころから、あいつは絵が好きだった。

 買って貰った図鑑とにらめっこしながら、色んなものを描いていた。いつか自分の絵で本を作りたい、なんて言っていたのを覚えている。


 色んな遊びをした。

 俺がある日偶然見た夢がなんだか面白くて、文に起こしてあいつに見せたことがあった。

 あいつはそれを読んで、面白がってくれた。「こんな感じ?」なんて言いながら、その夢での景色を描いてみてくれた。

 画用紙を両手の平くらいの大きさに切って、折りたたんで、自分たちで絵本を作ってみたこともあった。


「またいつか、今度はもっとちゃんとしたものを作ろう」、と。


 そんな約束を交わしたことを、朧気に覚えている。


 ――けど。生憎だけど、この話には決まり切ったオチがある。



 あいつが、親の仕事の都合で遠くへ引っ越すことになった。


 まだ身体的にも精神的にも幼かった俺は、その事実を受け止めることが出来なかった。

 だから……押さえられなかった怒りを、あいつにぶつけてしまった。

 そんなことをしても、引っ越しがなくなることなんてないのに。


「――やくそく、したじゃないか……!!」


そう叫んでしまった時の、あいつの泣きそうな顔は、今も脳裏に焼き付いて離れない。


 ……結局。

 俺とあいつは、それっきりで絶交した。

 引っ越しの日まで、顔を合わせることすらもないまま。

 一ヶ月後、隣の家が空になったことを、俺は母さんから聞いて初めて知ったのだった。


 もう、10年も前のことになる。



 ――ずっと、後悔をしている。


 もしもあの日、もっと違う言葉をかけていたら。

 あいつと、もっと違う関係でいられたのだろうか。

 あいつと、もっと一緒にいられたのだろうか。


 そんなことを考えたところで、もうあの日々は戻ってこない。

 もう、あいつと会うことだって、きっと、二度とない。

 だから、俺は。


 そんな後悔を胸に抱きながら、ずっと生きていくしかないのだ。



 その、はずだった。



                  ◇



 再開発の進む、高崎駅前。

 東口の一角に悠々とそびえ立つ、巨大な家電量販店のビル。

 その五階にある、安さが有名なイタリアンファミリーレストラン。

 長年この町で暮らしている俺にとって、すっかり慣れた空間。

 ……なのだが、俺は今その窓際のテーブルで、これまでの人生史上最も強い居心地の悪さを感じていた。


 その要因は、俺の向かいに座っていた。


 目を伏せがちに、机に置かれたノートパソコンを見ている女の人。

美容にとことん無頓着な俺のような素人目から見ても、その顔立ちは端正。艶やかな黒髪はうなじのあたりで水色のシュシュに一まとめにされ、右の肩口から体の前へと流されている。サイドポニーテールとか言ったはずだ。

あまり事細かに語るとまるで俺がこいつを舐め回すように眺めている変態だと思われそうだが、とにかく世間一般で言う美少女が、俺の向かいに座っていた。


「…………う~ん」


 暫くして、彼女はノートパソコンから目を離さずに唸り始めた。

 俺はそれを見て、おずおずと口を開いた。


「……何かこう、アドバイスとか」

「…………いや、うん。……その」

「……ん…………」


 短く言葉を交わしたっきり、彼女はまた腕を組んで、「うん……」と何かを考え始めた。


 どこか、遠慮しているような雰囲気を感じた。多分、向こうも俺のことをそう感じているだろうな、と思う。

 お互いにどこか壁を作っているような、何を言うべきか迷い続けているような。

 なんとも言えない空白の時間が、ただただ俺たち二人の間に流れ続けている。

 何故か?

 理由は単純だ。


 ――今俺の前にいる彼女こそが、俺の幼馴染、近衛(このえ) 四季(しき)の成長した姿だからである。



 こうなった経緯を話そうとすると、やや長くなる。


 俺、峰岸(みねぎし) (ゆう)は、小説を書いている。

 こういう書き方をすると誤解を生むかも知れないので先に言っておくが、職業小説家ではない。

 自分の書きたい話を書いて、それを投稿サイトに投稿しているだけ。いわゆるweb作家とか言う奴だ。

中学生に上がったくらいには「自分で長編小説を書いてみたい」と思うようになり、それ以来ちまちまと話を書き溜め続け数年。大体半年くらい前から、サイトへの投稿を続けている。


 内容としては、ややラブコメ風な要素の入った青春群像劇、といったところ。高校に上がったばかりの頃にオリエンテーションで偶然一緒になった男女6人が、様々な問題や出来事を経ながら、徐々にその親睦を深めていく……みたいな。具体例で言うと、伊坂幸太郎(いさかこうたろう)の「砂漠」を高校生に置き換えたような作品だ。もちろん中身は全く違うけど。そのつもりだけど。


 折角丹精込めて書いた作品だ。多くの人に読んで貰いたいと思うのは自然なことだろう。

 色んなサイトを参考にしながら、ランキングで上の方に行きやすい投稿の仕方とか、タイトルの付け方とかを調べて、それに則った形で投稿を始めてみた。


 ……結論から言うと、引くほど伸びた。


 初日に4話まとめて投稿するや否や、アクセス数はみるみる伸びて行き、3日目にはジャンル別日刊ランキングトップ3,一週間もしないうちに首位をもぎ取るに至ってしまった。

 気付けば、ツイッターのフォロワーは5桁目前、累計アクセス数も1000万を超えようとしている。

 誰がどうみても、「成功した」部類に入ったと言って良いだろう。普通にめちゃくちゃ嬉しかったし、人気になっている自覚もようやく生まれてきた。


 ……さて、するとその先に待っている展開が何か。俺も知らないわけじゃない。

 書籍化である。


 のだが、俺は今まできた書籍化の打診を全て蹴り続けている。

 理由はいくつかあるが、俺自身がまだ高校生であることが一番大きい。

 金銭面のマネジメントなんて俺一人で出来るほど詳しくないし、かといってそんなことまで親に頼むのも気が引ける。何より、学業との両立が厳しすぎる。

 というわけで、大学生になるまでは書籍化の打診を受けないこととしていたのだ。


 その一方で、書籍化を求める俺の作品のファンが少なくないことも事実。

 サイト内の感想欄やツイッターのリプ欄でも、そういった要望が後を絶たなかった。

 ファンの人々が何故書籍化を求めるかと言えば、イラストレーターによるキャラクターデザインとか、挿絵を見たいからという人が多いだろう。俺の所も、挿絵を求める声が特に多かった。


 そこで俺は、書籍化まで行かずとも、なんとかそんなファンでいてくれている人に向けて出来ることはないかと考えた。

 結果思いついたのが、同人誌としての発行だ。

 これまでの人生で大金を使う機会が無かったこともあり、貯金はかなりの余裕があった。

 ならば、イラストレーターさんに依頼して、挿絵を描いて貰って、それを同人誌として即売会で販売するのはどうだろう、と考えたのだ。

 サイト内にも挿絵の機能はある。けれど、多分それでは意味が無い。きっとこの人たちは、本として手元に欲しいのだろうから。


 と、まぁ色々考えて、直近に締め切りがあったコミケに興味本位で応募した。

 ……で、何故か受かってしまった。


 こうなればもう後戻りは出来ない。

 数少ないクラスの友人の手も借りながら、数日掛けてようやく納得のいくイラストレーターの方を見つけ、依頼を申し込んだ。


 Season、という名前の絵師だった。

 ツイッターのアカウントの開設時期は今年の4月。一ヶ月ちょっとしか経っていなかった。

 上がっている作品もラフがほとんど。色まで付いた完成作品は、俺が見つけた段階で一作品しかなかった。もっとも、俺はその一枚に惹かれて依頼を申し込んだわけだが。


 ツイートはさほど多くなく、どのような人なのか見当も付かなかったが、いざ打ち合わせを重ねてみるとやけにウマの合ういい人だった。

 作業通話を繋いでみたら、女性だということを知った。ボイチェンかも知れないと一応疑ったけど。

 そして、あろうことかどうやら近くに住んでいるらしいということを知った。


 ……そんなことある?


 会話を重ねる内に、俺が小説の今後の展開に悩んでいて、外に取材に出たいことを伝えると、彼女は「もしよければ」と、その案内役を申し出た。


 ……そんなことある??


 一抹の不安を抱きつつ、「良い作品を作る人間に悪い人はいない」という信条のもと、待ち合わせ場所をできる限り人の目の多いところに設定して、じゃあ試しに会ってみよう、ということになった。


 ――で、今に至る。



「……」

「……」

「…………」

「…………何だよ」


 パソコンを見つめていた四季の睫毛が少しだけ上向いて、その視線が俺とまっすぐにぶつかった。


「……いや、何というか、その」


 言い淀んで目を不自然にうろつかせるその人に、俺は無言で続きを促す。

 すると彼女は、何度か口を僅かに開いては閉じ、開いては閉じを繰り返す。その度に、彼女の頬は赤みを増していた。多分、俺も似たようなもんだっただろう。むず痒さを感じる無言の応酬が続く。

 やがて、彼女は意を決したように、キュッと、テーブルに乗せていた右腕の袖口を、左手で掴んだ。


「…………デカくなったなと」

「そっちかよ」


 多分、さっきまで言おうとしていたこととは違う言葉なのだろうな、なんて心の中で思いつつ。俺たちは短く言葉を交わして、お互いに苦笑を漏らす。


「……はぁ、いつ頃こっちに帰ってきたんだよ」

「んと……2年くらい前だったかな」

「マジか……全然知らんかったわ。親も何も……」

「まぁ……もう10年経っちゃったしね」


 「大人の世界の時間の流れなんて、所詮そんなもんだよ」と寂しそうに言って、四季は肩をすくめた。

 その笑顔に、俺は昔の彼女の面影を重ねてしまう。

 確かに、お互い10年も経って背丈も印象もかなり変わった。

 あんなに無邪気だった笑顔もすっかり鳴りを潜めて、今はこうして憂い混じりに微笑みを浮かべている。昔を彷彿とさせながらも、「やっぱり変わったな」と思うのには十分だった。


 それもきっと、お互い様なのだろう。

 俺たちは、時間を空けすぎた。

 こうして面と向かってもなお、あの日のことを切り出すことが出来ないくらいに。


 あれだけ謝りたかったはずなのに。

 あれだけやり直したかったはずなのに。

 いざとなると、結局言葉は出てこない。

 自分がどれだけ軽薄な人間かを思い知らされるようで、なんとなく沈んだ気持ちになる。


「……にしても」

「ん?」


 溜め息交じりに頭を抱えていると、四季はふと呟いた。


「……書いてたんだね、ずっと」

「……お前こそ」


 俺がふっと小さく笑うと、四季もようやく陰りのない笑みを見せる。

 確かに、これはきっと、俺が書き続けていなければ、四季が描き続けていなければありえなかった再会だと思うから。

 今だけは、今日まで書き続けてきた自分のことを、自分で褒めたいような。そんな気分だった。


「……すごいよな、あの絵。なんかこう、俺は上手くないから詳しくは言えないけど……透明感があるって言うか、奥行きがあるって言うか。……綺麗だなって思った」

「そっ、か。じゃあ、なんて言うか……良かったな」


 えへへ、と、少し恥ずかしそうに人差し指で頬を掻く四季。そのまま流れるように、さらりと揺れる黒髪をかき上げる。チラリと見えた耳は、心なしか赤らんでいるような気がした。


「……悠もね。読ませて貰ったのは依頼を受けてからだったけど……すごく、景色とか、キャラクターの思いとかが文字越しに伝わってくるような気がして……『このシーンを描きたい』って、自然と思えた」

「……おう、そりゃまぁ、何より」


 「あ、あととりあえずこれ。ラフ」と言いながら、四季は持ってきていた液タブをテーブルの上に置く。面と向かって文章を褒められるのが久しぶりだったこともあってか、俺は思わず頬杖をついて目を背けてしまった。手のひらに感じる頬の温度は、明らかにいつもより高い。


 ……もう数分もした頃には、不自然さはかなり抜けていた。

 まるで10年前みたいに、好きな作品のことを話したり、これから作りたいモノについて話したり。気付けば、しゃべり始めてから30分も経っていた。


 以前のように、こうして話せる日が来るとは。当然ながら、全く思いもしていなかった。

 別に仲直りをしたわけでもない。俺があの日のことを謝ったわけでもない。

 きっと、時間が水に流してくれただけ。

 俺たちの間にあったはずの亀裂が、自然と埋まっていっただけ。

 ……そう思うと、なんだかさみしさもあるような気がして。


「…………あのさ」

「ん? どうかした?」


 あの日々が、ただの過去になってしまうような気がして。

 俺は、口を開きかけた。


「……いや」


 でも、多分それは違う。

 そんな理由で「それ」を口にするのは、絶対に違う。


「すまん、やっぱなんでもない」


 だから俺はそう言って、強引の話を打ち切るように席を立った。


「さてと、流石にそろそろ出るか」

「あ、そうだったそうだった。ロケハンだったよね、今日」

「ロケハン……ロケハンで合ってんのかな、これ」

「ま、細かいことはいいでしょ。んじゃ行こうか」


 俺の後に続くようにして、四季も席を立つ。

 ふと窓の外に目をやると、空は雲一つない青空。

 自転車で遠出するには、絶交の天気だ。


「で、どこ行くんだ?」

「芝桜公園。自転車だとざっくり1時間弱とかかな」

「そんな掛かるのか、あそこ……」

「ほら行くよ。良い作品作るためなんでしょ」

「……あぁ」


 会計を済ませて、エレベーターで一階に降り、俺たちは外に出る。

 強い空っ風が吹きすさぶ中、駐輪場から自転車を引っ張り出した。


「……行くか」

「うん」


 短く言葉を交わして、俺たちはどちらからともなくペダルを漕ぎ出した。

 いつもは鬱陶しいはずの頬にぶつかる風が、今日は不思議と嫌じゃない。


 ――きっと、四季となら、良い本が出せる。


そんな気がした。

ここまでお読み頂きありがとうございました!


連載版の投稿も予定しております。

高評価等付けて頂けますと、今後の活動の励みになります。よろしくお願い致します。


それでは、また。

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