第3話 悪魔を倒す伝説の刀
第3話 悪魔を倒せ伝説の刀
提和教務部長はスライドの映像を切り替えながら、悪魔が「填園崩し流」の本部道場を急襲したいきさつなどについて説明した。
矢一は再び、あの時の後のことを思い出した。
英玄が悪魔を倒した後、矢一は自室に戻っていたが、しばらくすると、英玄が矢一を呼ぶ声がした。
英玄は道場に近づかないこと、師範代と一緒に叔父に移り住むよう指示した。矢一は「はい」と一言返事した。
母はその夜、矢一のところへ駆けつけた。母の顔を見て、矢一は心の中に抑え込んでいた感情が一挙に湧き出て、こらえきれずに泣き出した。
1か月後、本部道場の様子を見に行った矢一は今まで会ったことのない人々、それも海外の人たちが多いことに気づいた。英玄や師範代も不在で、この1か月ほとんど不在にしていた。
その後、矢一は本部道場に戻った。祖父はほどなく道場を閉鎖し、叔父の道場に本部を移した。
祖父も自分も積極的にあの時のことを口にしたことはない。
「悪魔に同行した男女3人は神楽居英玄にみね打ちにされ、気絶していたところを駆け付けた警官に逮捕されました。逮捕の直後、3人とも毒を仰ぎ男性2人は死亡し女性のみ生き残りました。警視庁公安課とFBIは共同でこの女性を厳しく尋問し、その結果、驚愕の事実が分かってきました」
「この事件をとおして、彼らがなぜ我が国では大殺戮を行わなかったか、また何を探し回っていたにかということが分かったのです」
矢一は、提和教務部長の物言いが引っかった。
「殺戮はなかったって!
それじゃ、あの時、10人に人たちが悪魔に殺されたのは、殺戮じゃないのか」
提和教務部長は、そんな矢一の思いを知ってか知らずか、些か興奮した様子で、
「彼らを倒せる唯一の武器が英玄氏が手にしていた“護国の刀”です。これは、室町時代に大国寺という真言宗の寺院の僧正である照見が刀鍛冶の露木に作らせたものです。露木の名は一般には知られていませんが、日本の刀剣史上、最高の刀鍛冶の一人と言われています」
「露木は息子たちや弟子だけでなく、一族を総動員して多数の刀を作りました。作られた刀は松竹梅の位付けがされ、松15本、竹30本、梅は数えきれない程だということです」
「“護国の刀”の制作に携わった人たちは疲労が祟ったのか、その直後にほとんどが亡くなったそうです。照見僧正は納められた“護国の刀”に護摩祈祷を施し、寺院の寺宝殿に納めていましたが、何者かが持ち出し、南朝の後村天皇に渡しました。そのため、南北朝の戦いは有力武士がついた北朝の方が優位だったのにも関わらず、勝負がつかずに長引いたとも言われています。その後、照見僧正は刀を回収しますが、松ランクの3本のみは行方知れずとなったそうです」
それまで腕を組みながら黙って話を聞いていた神宮寺は、“護国の刀”の話を聞いた時に身を乗り出し、「我が一族の宝刀」とつぶやいた。
奈の葉は先から何か言いたそうに、そわそわしていた。
「おそらく、パパリも“護国の刀”の存在を知っていて、彼らの部下と悪魔に魂を売った人間に探索を命じたと思います。しかし、下級悪魔を潜入させ、それがたまたま「填園崩し流」の道場を襲たっことが、彼らにとって不運だったのかもしれません。一方、“護国の刀”は遣い手を選ぶそうで、この時は最高師範の神楽居英玄氏が神楽居家に伝わる清明という刀で悪魔を倒しています。」
「内閣調査室は神楽居英玄氏と接触を図り、“護国の刀”を国の管理下に置くこと、刀の遣い手、すなわち剣士を派遣することを要請しました。また、対悪魔の組織として「対悪魔戦略本部」を設立することになったので、その支援も要請しました」
「英玄氏は先祖代々、受け継いできた“護国の刀”を手放すことには抵抗はあったと思います。また、弟子たちを死地に赴くさせることにも逡巡されたようですが、人類存亡の危機を救うために少しでも役立てるならということで、快諾してくれました」
「英玄氏は自身の流派のみならず、他の流派にも打診し、剣士隊を結成しました。最初は国内、その後は世界各地に巣くう悪魔たちを退治し、この7年間で、我々人類が勢いを盛り返しました」
ここで、提和教務部長はもとの調子に戻り、話を続けた。
「対悪戦の情報機関が得た情報では、パパリはターゲットを日本に絞ることにし、そのためにも“護国の刀”や剣士の無力化・殲滅を図ることにしたそうです」
「我々の方は剣士に犠牲が出ていて、要員補充、特に若手剣士の育成が緊急の課題となりました。そこで、「対悪魔戦略本部」は高度人材養成部門を設立し、剣士としての素質の高い若者をスカウトしています」
「君たちは、選ばれし戦士として、高度人材養成部門の訓練場である天樂社学園の“幻妖刀選抜コース”に集まってもらいました」
「特に“幻妖刀選抜コース”は“鬼古銃スナイパーコース”と並んで本校における人材育成の中核をなします。どうか、修練を積んで立派な剣士になってください」
「しかし、訓練場の存在は国家機密ですので、校外では普通の高校生としてふるまってください。口外も無用です。なお、皆さんには高校生としての一般授業も受けてもらいます」
「私の説明は以上ですが、何か質問はありますか」
神宮寺は黙っていた、矢一も大体は知っていることだったので黙っていた。提和教務部長は「それではと誓約書に署名を」と言いかけた瞬間、奈の葉が声を上げた。
「あのー、私は情報部門を希望なんですが、“幻妖刀選抜コース”への転入でよろしいのでしょうか」
「星宮さんの希望は知っていますが、君のスカウト担当の話によると、剣士としての才能が高いとのことです、情報部門はエージェントという職種がありますが、そこに配置された場合は、かなりの危険がともないます。ですので、まずは“幻妖刀選抜コース”で剣術を磨いて欲しいのです」
奈の葉は一言「わかりました」と答えた。
提和教務部長は誓約書を回収すると、
「では、さっそく“幻妖刀選抜コース”の訓練場に案内しますので、ついてきてください」
と言った。
提和教務部長について3人が応接室を出た。廊下の奥には音楽室があり、提和教務部長について全員が部屋の中に入った。ピアノの前に立つと提和教務部長は「ハ短調練習曲13番」の1小節をひいた。その後、提和教務部長はピアノの背後にあるカーテンの裏に行き、壁を押した。すると、驚いたことに壁のその部分は回転ドアになっていて、その中に見えたのは下り階段であった。
提和教務部長は、階段を降りて行った。神宮寺も続き、奈の葉も行こうとしたが、矢一が立ち止まったままであったので、「神楽居君、行こうよ」と声を掛けた。
我に返った矢一は奈の葉にうなずき、階段を降りて行った。思ったより、地下5階分を降りたところで、ドアがあった。提和教務部長が扉の横にある電子ロックにカードのようなものを指し、13XXXXと暗号を入力し、最後にカメラを覗き込んだところで、ドアが開いた。ドアを開けると、そこは倉庫になっていて、武具のようなものが数多く置かれていた。矢一は倉庫の匂いに道場を思い出し、懐かしく思ったが、それ以上に旧校舎の玄関で五十嵐教官の振る舞いから続く、これまでのセキュリティの仕掛けに驚いていた。
提和教務部長が倉庫の扉を開けたところで、矢一はさらに驚いた。そこには、東京ドームがすっぽり入る空間が広がっていた。そこには、100人くらいの訓練生が剣術、格闘技だけでなく、器械体操、ボルダリングの修練に励んでいた。
提和教務部長は、少し誇らしげな口調で、
「皆さん、ここが我が国が誇る、対悪魔戦の戦士育成場です。そして、皆さんの指導に当たる教官を紹介いたします」
と言った。
提和教務部長は道場の方に向かって、
「鬼立教官、こちらに来てください。例の訓練生を連れてまいりました」
「はいっ」と野太い声が聞こえた。鬼のような面体の2mくらいはあるかという、大男がこちらにやってきた。
提和教務部長は教官に矢一たちを紹介した。
鬼立教官は、矢一たちに向かい言った。
「鬼立です。“幻妖刀選抜コース”の副主任を務めています。今日から君たちを第一線の剣士に育成すべく頑張りますので、しっかりついてくるように」
奈の葉が「はい」と返答したが、神宮寺と矢一は黙ったままだった。鬼立教官は奈の葉に、
「星宮には基礎体力を向上させたいので、ジムのトレーニングに参加しなさい」
そして、2人を睨むように目を向けると、
「神宮寺と神楽居、教官に指示されたときは返事をしっかりすること」
2人は「はい」と答えた。
そして、鬼立教官は、
「君たちにどのくらいの力があるのか見たいので、練習試合をしよう」
と言った。
提和教務部長は少し驚きの表情を見せたが、「それでは、わたしはこれで失礼します」と、訓練場を後にした。
鬼立教官は、二人に
「練習試合はあちらの剣術ホールでやろう。では、私は先に行って待っている」
と言って、剣術ホールに向かっていった。
<第4話に続く>