第2話 天楽社学園
第2話 天楽社学園
「君たちは既に知っていると思いますが、本校は普通の高校ではありません。本校は悪魔の組織と戦うために10年前に設立された“対悪魔戦略本部”の“高度人材養成部門”が運営している訓練所です」
と、提和教務部長は淡々と説明した。
「“対悪魔戦略本部”に所属する戦闘員たちの多くが本校のような訓練所を卒業して、配属されています。特に、本校の卒業生は対悪魔戦で輝かしい成果を出していて、私たちの誇りです」
矢一は「填園崩し流」の本部道場からも、主要な剣士が訓練所に行き、その後、第一線で活躍していることを思い出した。その一方、犠牲者も少なからず出ている。学校の誇りだという提和教務部長に、裏ではそういう犠牲のあったことを口に出したくなったが、止めておいた。
提和教務部長はスライドを指しながら、
「この人物が、悪魔組織の首領、パパリです。我々の前に姿を現したのは、米国の3大ネットワークであるCBS、NBC、ABCの報道スタジオに同時刻の生中継で現れた時と国連本部に厳重な警備の中、突然現れた時の計2回です。パパリは2度とも悪魔が人々を無慈悲に殺戮し、しかもその遺体を食したり、玩具にする映像を小さな子供がいたずらをするかのような顔で人々に見せびらかしました」
提和教務部長は少し硬い表情になった。
奈の葉はスライドから顔を背け、神宮寺はというと腕を組んだままスライドを見つめていた。
「世界的には、人類は存亡の危機に立たされていたといっていいでしょう。ところが不思議なことに我が国だけは悪魔が侵略せず、平和を保っていました。海外からは、残酷なニュースが毎日のように報道されているのにも関わらずです」
「日本政府はその原因分析を急いでいましたが、結論は出ませんでした」
「一方、悪魔は日本を放置していたわけではなく、手先の人間を送り込み、あるものを探していました」
ここで、提和教務部長は矢一に目を向けて言った。
「事態が動いたのは、填園崩し流本部に悪魔があるものを求めて急襲した時です。今から10年前のことです」
その時のことは矢一も覚えている。いや一生忘れようのない惨劇として矢一のこころに焼き付けられている。
それは10年前のある日のこと。矢一が祖父の神楽居英玄に稽古をつけてもらっていた時、道場の方で急に大きな音がし、続けて悲鳴が聞こえた。英玄は矢一に自室に戻り、警察に電話した後、呼ばれるまで決して部屋から出ないよう言いつけけ、とても、60歳の老人の動きとは思えぬ走りで、倉庫室の方に向かった。倉庫室に入った祖父は、しばらくすると古い刀を手にして姿を現した。祖父はそのまま道場に向かって走り去って行った。
矢一はすぐに自室に戻るや否や、警察に電話した。祖父の言いつけ通りに、このまま自室でおとなしくしておくのがよいとも思ったが、胸騒から来る衝動を抑えきれず道場に向かうことに決めた。
部屋を出ると、刀を持って道場に急ぐ祖父の姿が見えた。矢一も急ぎ足で道場に向かい、嫌なことが起きていないことを祈った。
道場に着いた英玄は信じられない光景を見た。道場には床にうずくまり何かを拾い食いしている1匹の悪魔とその傍らに立っている3人の男女がいた。悪魔は英玄を見上げて立ち上がった。英玄は昔、何かの本で見た悪魔の絵を思い出した。それは蝙蝠をデフォルメしたような姿で、その絵自体よりもこんなものを想像した奴に呆れたものだ。英玄は今、自分は現実でなく、夢しかも悪夢の中にいるのだと思った。しかし、道場の床や壁は人の血で真っ赤に染まり、生臭い匂いが道場に立ち込めていた。血は弟子たちのものであり、しかも彼らの体はバラバラの肉塊に化していて、悪魔は弟子たちの体を音を立てて貪っていた。
悪魔は英玄を見て、弟子たちの血で真っ赤になった口を開けて獣の唸り声のような声を上げた。その汚らわしい姿に英玄はさすがにたじろいだ。
悪魔は勝ち誇ったように英玄を指さした。傍らでは、大きな肉切包丁を持った男が、血で染まった道着が付着したままの肩の部分らしい肉片を持って、ニヤニヤしている。
英玄は怒りで頭に血が上っていたが、免許皆伝とはいかないまでも10名の弟子たちを瞬時で殺戮した相手であることを思い出し、息を大きく吸い、そして吐き出し気を静め、腰の業物“護国の刀”、銘は清明を抜き正眼で構えた。
その時、悪魔の手下の女が英玄に自分たちが欲しいのはその刀なので、大人しく渡せば、命は助けると言った。英玄はそれには答えず、悪魔に刀を向けていた。その次の瞬間、悪魔の姿が消えた。英玄は一瞬何が起こったかわからなかったが、清明が英玄の体を勝手に誘導するように正眼から上段の構えに変えさせた。不思議な体感であったが。さらに不思議なのは消えたはずの悪魔が英玄の2mくらいのところで、尻もちをついていた。悪魔も信じられないというような顔つきをしていたが、再び立ち上がるか否か、大きな口をさらに大きくしてこちらをにらみつけた。「ぐるるるるるるっー」という唸り声を上げながら、慎重な構えで英玄に対峙した。英玄は目を瞑り気を集中した。すると、清明が英玄に何かを語り掛けていることに気づいた。清明とのやりとりはごく短いものであったが、その意とするところはすべて理解した。清明は自分にその身を預けてくれと語っていたのだ。
英玄はうなずくと、体の力を抜き気を清明に集中させた。今、英玄は清明と一体になった。
悪魔は英玄の周りを歩き回っていたが、すざましいスピードで背後から襲った。清明が妖しく光だした。声明は背後に迫る悪魔の攻撃を体を少しずらすだけでかわし半身の態勢で刀を薙いだ。
英玄は確かな手ごたえを感じた。悪魔の体は上下で真っ二つになっていた。悪魔の上半身はしばらくもがきながら、「ジュ・エ・デボリーノ・ミショルノン・ジュブエリ・フィーン」という呪文のようなものをつぶやきながら消えていった。しばらくして下半身も消え泡一つ残らなかった。
残された悪魔の手下たちは信じられないという表情でいたが、やがて手にした肉切包丁を振り上げ英玄に襲いかかってきた。英玄は難なく3人をみね打ちで倒した。
英玄は無残に殺戮された弟子たちの名前を呼び慟哭した。
矢一にとっても弟子たちは家族同然であり、皆を兄のように慕っていたので、こみ上げる涙が止まらなかったが祖父の言いつけを思い出し、その場を離れた。その時、パトカーのサイレンが聞こえた。
第3話に続く