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第7話 ある女子高生(?)の日常 その7


「『小日向 春(こひなた はる)』、君が、好きだ!」


 校舎裏に響いた声は想像よりもかなり大きかった。震えてもいる。

 告白と同時に男は頭を下げており、春の側から表情は窺い知れない。

 ただ……ほんの一瞬だけ見えた顔には100%の本気が浮かんでいた。


 口から放たれた男の声の向かう先、それは春の心。春はそっと自分の胸に手を当てた。

 制服を内側から大きく盛り上げる豊かな胸。

 柔らかさと暖かさの奥で心臓が刻み続ける鼓動は――平常。いつもとどこも変わらない。

 その事実は、春を落胆させる。


『小日向 春』は恋を知っている。


 遠目に見ているだけだった。

 想いを告げることはできず、ある日唐突にその恋は終わりを告げた。

 しかし、春が恋を知っていることに変わりはない。

 毎日がドキドキで足元はふわふわ。意中の人に声をかけることすら憚られても、遠くから姿を見ているだけでよかった。

 あの頃は――毎日がバラ色だった。もし、あちらから告白してきてくれたら、なんて何度も妄想した。妄想でも幸せだった。

 

 目を閉じて、胸を押さえつける手のひらに再び意識を集中する。

 高校に入ってまだたったの一か月。その間にこうやって呼び出されて告白された回数は、もはや両手の指でも数えきれないほど。

 最初は下駄箱に入っていた手紙を見て興奮した。まさか自分が告白される側に回るとは思いもしなかったから。

 初めて校舎裏に足を運んだ時は、かなりそわそわしていたことを思い出す。結果は――今と同じだった。

 誰からどんなふうに告白されても、愛を囁かれても、春の胸にときめきはない。

 春が知るあの苦しくも甘い想いが溢れ出すような、舞い上がってしまいそうな感覚がない。

 期待がある分、落胆も大きくなる。同じことを、もう何度となく繰り返した。

 だから――答えはいつも変わらない。


「悪りぃ、付き合えない」


 そのひと言に男の身体がビクリと震えるのが見て取れた。見て取れてしまった。

 春は、この状況を冷静に観察してしまっている。慣れとは恐ろしいものだと自分でも思っている。

 告白と言えば思春期の男女にとっては一大イベントのはずなのに、もはや春にとっては恒例行事あるいはルーチンワークと化している。

 そんな自分を傲慢だと詰る心を自覚しつつも、だからと言って気軽に『付き合おう』などと口にする気にはなれない。


「そ、そうか……ダメか……即答か……」


 ゆっくりと持ち上がった男の顔に浮かんでいるのは、自嘲の笑み。

 怒り出すでも泣き出すでもない、感情を悟られまいとする曖昧な表情。

 どれだけ想いを隠そうとしても、残念なことに春にはその内に秘められた心の葛藤が、手に取るようにわかってしまう。


「小日向はモテるもんな、やっぱ俺程度じゃダメか」


「……オレがモテるかどうかは関係ない」


 それは、残酷な宣言だと思う。

『男はより取り見取りだからお前を選ばないのではない。何があろうともお前じゃダメだ』とハッキリ告げているのだから。

 ただ、これまでの経験上、この手の告白に対して可能性を残すような断り方をすると、後々余計に厄介なことになると散々に思い知らされている。

 だから禍根はしっかり断ち切っておかなければならない。中途半端はどちらのためにもならない。


「じゃあ、もう付き合ってる奴がいるのか?」


 男の問いに首を横に振る。そんな相手はいない。

 そんな相手がいたら、そもそもここに現れたりしない。


「だったら、何で……」


「逆に聞くけど、『別に興味ないけど、とりあえず付き合う』って言われて嬉しいか?」


「俺は……それでも構わない。これからお互いのことをもっとよく知っていけば、気持ちが変わるかも」


「変わらねぇよ」


 男は春の想像以上に器が大きかった。未練がましいだけかもしれない。

 これまでに告白してきた男も、みんな同じようなことを言っていた。実際のところはどうなのだろう?

 春が彼らの立場だったら、とてもじゃないが耐えられない。ただのキープではないか。

 ……そもそも告白すらできなかった春は、彼らと同じステージには立てていないのだが。


「告白してくれたことは嬉しい。わざわざオレのことを気にかけてくれて、ありがたいとは思う」


「だったら……」


「でもダメ。オレはアンタに興味がない」


 手紙を貰うたびに期待する。

 もしかしたら、かつて春が抱いた想いを再び胸に抱くことができるかもしれない。

 本当の恋ならば、真実の愛ならば、春の期待に応えてくれるかも、期待をはるかに超えてくれるかも。

 そんな思いがあった。可能性はゼロではなかった。だから足を運んだ。

 もちろん、告白してきた男を放置することが残酷すぎるという理由もある。

 だけど、ダメだった。結果はいつも同じ。何を言われても心が動かない。

 あとは――


「まあ、その、なんだ。あまり自分を下げないでくれ。別にアンタが悪いわけじゃない」


 これは自分の我儘にすぎない。気にするなとは言えないが、落ち込む様は見ていて気分がいいものではない。

 少なくともこの男は春に出来なかったこと――告白――をやってのけた。その一点だけでも尊敬に値する。

 

「そうか……ダメなんだな」


 男は頭を掻いてそう零した。

 力のない、乾いた笑みと共に。



 ★



 すすけてしまった男の背中を見送って、胸元からスマートフォンを取り出し液晶に目を走らせる。

 ツイッターやらホームページを巡回しながらゆっくりと時間の経過を待つ。

 広場にやってくる道筋がひとつしかない以上、すぐに戻ると告白を断ったばかりの男に追いついてしまうかもしれない。

 いくらなんでも、それはお互いに気まずすぎる。何度かの経験を経た今となっては、こうやって時間を潰すのも慣れてしまった。


――それにしても……


 高校に入って大勢の男子から告白を受けるようになってから思い知らされたことだが、好意を拒絶するというのは想像以上に精神的にダメージがある。

 向けられるのが敵意であれば、立ち向かうなり距離を取るなりすればいい。自分を害する意思が相手なら対抗心が奮起する。

 しかし向けられるのが好意であれば――しかも、それを拒絶するというのであれば話は変わる。

 変に思いを残してしまうと話が拗れるからバッサリと断っているが、後ろめたい気持ちはなくならない。

 春に交際の意思がないことを悟ると、大抵の相手は申し訳なさそうに引き下がっていく。その顔を見ているだけで罪悪感が湧き上がってくる。

 その一方で、何で自分がここまで気を遣わなきゃならないんだという理不尽な思いもある。人の心という奴はなかなか上手くはいかないものだ。


 しっかり10分経過したことを確認してスマートフォンを胸ポケットにしまう。歩きスマホはよくない。

 ローファーが土を蹴る音が耳朶を打つ。ふわふわとした心持ちとは縁のない、地面をしっかり踏みしめる音。

 若干乱雑で、あるいは粗暴に感じられるところが女子らしくないと自分でも思っている。『直せ』とも言われる。


 角を曲がって角を曲がり、グラウンドの脇を進む。

 行き交う生徒が多いエリアに足を踏み入れると、四方八方から視線を感じる。

 ランニング中の陸上部員、柔軟しているサッカー部員。その他いろいろ。ほとんど男子ばっかり。

 狙いは類まれなる美貌を誇る春の顔と、豊かに盛り上がった胸と、そして制服に隠されていない白い手足。

 どいつもこいつも『まるで興味ない』と言った風情を装いつつ、横目でチロチロと春の肢体を見つめてくる。


春樹(はるき)


 男子どもの不躾な視線を無視しつつ(気づいてはいる)、教室に置きっぱなしの荷物を取りに戻ろうとしたところに掛けられた声。


「どうかしたか、和久(かずひさ)?」


 聞き慣れた声に振り返ると、そこに立っていたのは見慣れた幼馴染である和久。

 細身の割にはがっしりした身体と高い背丈。美術部員らしい日に焼けない肌。

 シルバーフレームの眼鏡を賭けたその顔を見ていると、心がやけに落ち着く。


「いや、まあ、ちょっとな……とりあえずお疲れさん」


 春の歩いてきた方向を見つめつつ、そんなことを言う。

 和久は朝の段階で春がラブレターを受け取ったことを知っている。

 その前知識と合わせれば、何があったのか想像することは難しくない。


「もう慣れちまったけど……なんでオレが謝らなきゃならんのだろうな?」


「知らんよ、俺に言われても困る」


 幼馴染の愚痴を軽く流しつつ、和久は春の横に並ぶ。

 和久の身体からふわりと漂う男の匂いが春の鼻をくすぐる。

 胸がざわざわする。なんだか落ち着かない気持ちに心迷わされる。


「ところで……今、ちょっといいか?」


 奥歯にものが挟まったような、和久らしくない口振り。


「別にいいけど、なんだ?」


「ああ、実は……部長がお前にモデルになってほしいと言ってるんだが……」


 その話か。

 この男は美術部で油絵を描いている。以前『画家になりたい』とふたりきりの時に聞いた。

 画業で口に糊するというのはかなり難しいらしく、まだ家族には自分の夢(進路)について相談できていないとのことで、『いつか自分で話すから』と口止めされている。

 春も何度か作品を見せてもらったことがあるが、贔屓目を抜きにしても上手く描けているように思う。

 美術部員は和久を含めてたったの3人。様々な部活動がひしめき合う校内において、広い美術室を少人数で占拠していることは、生徒会でも問題視されているらしい。

『自分たちの領地を護るためには実績が必要だ』と気炎を上げる部長に付き合わされる形で、和久の放課後はほとんど部室でキャンバスに向かって消費されている。

 それが春にとっては少し不満だった。小学校の頃はずっと一緒だったのに、中学校に入ってから互いの時間が徐々に噛み合わなくなっている。高校でも同じ展開になるのだろうかと不安に思う。口にはしないが。


「まあ……別にオレは構わんけど」


「そうか? じゃあ早速で悪いんだが明日はどうだ?」


 了承したのに微妙な和久の声。

 ひょっとして断ってほしかったのだろうか?

 怪訝に思いつつ、スマホを取り出しスケジュール帳を開く。

 白くて細い指で画面を操作してくと……


「悪い。明日はダメだ」


「む?」


「病院」


「……ああ、いつもの検査か」


「そういうこと。月曜日で良いか?」


「わかった。部長にそう伝えておく。もう帰るのか?」


 和久の言葉に頷く。教室から荷物を回収して、さっさと退散する予定だった。

 特に課外活動を行っていない春にとって、放課後の学校にはあまり用事がない。


「だったら一緒に帰るか」


「……いいのか、部活は?」


 春の問いに和久は『ああ』と言葉を返してくる。

 乱雑にカットされた髪をかき回しながら口を開く。


「どうもここ数日は気が乗らなくてな。モデルの件は部長に伝えておくから、昇降口で待ち合わせよう」


 春の荷物は教室。和久の荷物は部室。

 お互いバラバラに行動した方が効率的だ。


「おっけー」


 そう答えて下駄箱で靴を履き替えて別れる。

 春の足音は、いつの間にやら少しだけ軽くなっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それぞれのキャラが分かりやすいので、読んでいて少しずつ引き込まれてしまいました。 [気になる点] 春(春樹)の心模様とこれからどうなるのか、気になってしまいます。 [一言] 続きが楽しみで…
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