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第24話 学生の本分は勉強です その1

今回の更新は全8話になります。

本日はあと1話更新する予定です。寝落ちしなければ……


「ここまでが来週から始まる中間試験の範囲になる。ちゃんと復習しておくように」


 5月の末が見えてきた金曜日の一時間目のラスト。鳴り響くチャイムと共に数学教師が言い放った。

 授業終了の解放感に溢れそうになった教室は、バカでかいバケツで冷水を浴びせられたような皺皺(しわしわ)しい雰囲気に包まれる。

 生徒たちの大半は互いに視線をキョロキョロさせ、溜め息をついたり居心地の悪そうな表情を浮かべたり。無理もない。


『中間試験』


 高校に進学してから初めての定期試験である。

 一学期の中間試験は5月末の一週間。

 部活動は今週の頭からすでに休止されており、学生は勉強に励んでいることになっている。

 ……あくまで建前の上では。

 さらに――


「赤点を3つ以上取った奴は補習があるから、そのつもりで」


 教師が付け足したひと言で教室が凍り付いた。


『補習』


 忌まわしい響きだった。

 通常の授業にプラスして放課後に追加で行われる授業。

 生徒たちにとってこれほど嫌悪感を抱かせる言葉はほかに存在しない。

 佐倉坂高校は県下一の進学校であるがゆえに、勉強に関してはかなり厳しい。

 赤点は60点未満。それぐらいの点は取れて当たり前と見なされており、その最低のラインに到達していない生徒に慈悲はない。もちろん補習の間は部活も禁止。大会があろうと関係ない。

『学生の本分はあくまで勉強である』というスタンスを崩さない学校である。


「ど、ど、ど……どうしよう、(はる)!?」


 窓際、春の後ろの席に座っているみちるの声は、今までに聞いたこともないほどに焦りを感じさせるもので。

 振り向くと、彼女は小さな身体を瘧のように震わせており、蒼白になった顔には居眠りしていたことを顕わす跡がべったりと付着していた。

 まったくもってみちるらしくないと言うべきか、実にみちるらしいと言うべきか俄かには判断に苦しむ。


「アタシ、陸上の大会があるのに、このままじゃ補習になっちゃうう……」


 みちるは頭を抱えて突っ伏してしまった。声は涙に濡れている。

 しかし、それを春に言われても困る。

 勉強ができない人間はみちるだけではないのだ。


「すまん、みちる……オレも結構やべー」


 みちるが日々の予習復習などまったくやっていないであろうことは容易に想像がついた。なぜなら……春も全くやっていないから。同類の匂いがするのだ。

 もともとかなり無理をして進学しただけあって、春は佐倉坂のレベルに追いついていない。

 これまでの授業内容を思い出してみると、赤点を取りそうな教科がチラホラと……と言った有様。

 友を助けてやりたいという気持ちはあるが、それ以前に自分が問題だった。自らを救うことのできない人間が他人を救うなどと烏滸(おこ)がましいにもほどがある。

 部活に参加していない春にしてみれば、補習になっても大したダメージはないのだが……授業が終わった後にさらに勉強しろと言われて喜ぶ学生などいない。


太一(たいち)はどうなんだ?」


「春さん……俺もやべーっすわ」


「お前もかよ……」


 力無く項垂れる太一。

 いつものようにみちるを茶化す元気もないらしい。

 太一は部活に入っていないものの、学校が終わったら街のスタジオでギターの練習に励んでいる。

 補修になれば当然そんなことをやっている場合ではなくなるわけで、悲惨と言う点で見ればみちると大差はない。

 春は音楽に詳しくはないが、あの手の練習はほんの数日サボっただけでもかなり影響が出るとか出ないとか。


「他の連中はどうなんだろうな?」


 ふと疑問に思って教室を見回してみると、みちると似たり寄ったりの顔をしているのが半分と言ったところ。お仲間は少なくない。

 ホッとしたような気がする半面、実際のところ何の解決にもなっていない。赤点を取った生徒はもれなく補習送りである。順位の問題ではないのだ。


「これは、土日でマジにやらんと地獄行きか」


「春、大丈夫なの?」


「大丈夫なわけないだろ」


 か細い声で尋ねてくるみちる。答える春の声にも力はない。


「だよねぇ……」


『三人寄れば文殊の知恵』とは言うものの、勉強できない奴が3人集まっても何の意味もなかった。

 まさしく絶体絶命と言わざるを得ない。


「随分深刻そうな顔をしているみたいだけど、どうかしたの?」


 その声は天啓だった。

 柔らかくて穏やかな、それでいてよく透る声。

 振り向けば、そこに立っていたのは春と同じぐらいの背丈で、春と同じく腰まで届くストレートの黒髪を靡かせた――


十束(とつか)?」


「十束さん?」


 1年A組クラス委員長、入学試験トップ。文武両道、容姿端麗。学年一の才女と名高い『十束 十和(とつか とおわ)』がそこにいた。



 ★



「察するに試験に危機感を抱いているようだけど……」


 十和は前置きもなくズバリと切り込んできた。


「はい、その通りです」


 即答した。

 十和とは同じ中学出身。3年生では同じクラスだった。

 春のこれまでの学業成績についてもバレているから、状況を瞬時に把握された。


小日向(こひなた)さん、受験の時はあんなに頑張っていたのに……」


 頭痛を堪えるような仕草を見せる十和。

 それを言われると、高校に合格して以来、浮かれてしまった今の春が全然努力していないように聞こえてしまう。

 ……まったくもって事実だったから、何も言い返せない。


「十束さん!」


 そんな十和の両手をガシッと握りしめたのは――みちるだった。

 みちるの眼は血走っており、十和は大きく仰け反って距離を取ろうとした。そして、失敗した。

 今のみちるからは『絶対逃がさない』という強い意志を感じる。いつもより強引度が増している。


「な、なに? どうしたの、湊さん?」


「助けて、十束さん!」


「え、あら?」


 掴んだ両手をぶんぶんと上下させるみちる。目を白黒させる十和。

 春も太一も今のみちるを止めることはできない。目の前に垂らされた蜘蛛の糸を振り払うバカはいないのだ。


「お願い。あたし、今度の大会絶対出たいの!」


「そ、そうなの?」


「うん。だから十束さん、どうか……どうかお願いします」


 ぷりーずへるぷみー。

 ずいっと頭を下げるみちる。十和も引っ張られる形で腰を軽く曲げている。

 放っておくとそのまま土下座まで行きそうな勢いであった。


「えっと……みちるさんのついでに俺も助けてもらえると助かります、みたいな?」


 おずおずと太一もみちるに追随した。目の前に降って湧いたチャンスにちゃっかり乗っかってやろう的に。

 突然のことに驚きを隠せない十和は、春に向かって目をぱちくり。

 春の知る限り、こういう状況で十和を頼る生徒と言うのはこれまでいなかったと記憶している。

 十和は多くの生徒から支持される優等生だが、基本的には畏怖される存在だ。端的に言うならば近寄りがたい。

 みちるのように露骨に距離を縮めてくる同年代はほとんどいないだけあって、この展開は予想外だったらしい。


「ま、まあ……頑張って勉強しようという意欲があるなら協力ぐらいは……」


 十和も頼られれば悪い気分ではないらしい。

 前はみちるのことを苦手だとか言っていたくせに。基本的には善人気質だ。

 チラリと春の方に目を向けつつ、


「……せっかくだから小日向さんも一緒にどうかしら?」


 などと春も誘ってくれる。聖人か。


「う~ん……」


 腕を組んで天井を見上げ、おとがいに右手の人差し指を這わせる。

 考え事をするときの春の癖みたいなものだ。

 率直に言って十和の申し出はありがたい。

 学年一の優等生に協力してもらえるのであれば、補習の回避は容易だろう。

 しかし……十和ひとりの負担をかけるのは、それはそれでよくない気もする。

 みちると太一にプラスして春まで面倒を見させた結果、力及ばず3人とも補習なんてオチがあるかもしれない。

 ふたりには十和のほかに頼る者がいないかもしれないが、春にはちゃんと心当たりがある。

 だから――


「いや、十束はふたりを助けてやってくれ」


「え?」


「オレにはいつもの切り札がある。心配は無用だ」


『いつもの』

 そのひと言で十和は春の意図を悟ったらしい。

 伊達に同じ中学から進学した仲ではない。


「そ、そう……私は別に小日向さんがひとり増えるくらいは別に構わないのだけれど……」


 なぜか食い下がってくる十和。春は首を横に振った。

 微妙な表情を浮かべる十和を尻目に、スマートフォンをタップしてメッセージアプリを立ち上げる。

 春が困ったときに一番頼りにするのは――もちろん和久(かずひさ)だ。


――――

和久

――――


『助けてくれ』


和久

『断る』


『お前、そんなひどいこと言うなよ!』


『即答とか』


和久

『日頃からちゃんと勉強しろと言っていたはずだが?』


『できないから頼んでいるというのに』


『空気読んで』


『和久?』


和久

『……わかったから。今日のうちに準備するから』


和久

『明日』


『うちに来るか? オレが行くか?』


和久

『別にどっちでも』


『じゃあオレが行く』


和久

『はいよ』


――――


「よし、オレの方は何とかなりそう」


 そう告げると、十和は心なしか肩を落としたように見える。

 勉強を教える相手がひとり減れば負担は軽減されるはずなのだが。

 イマイチ意図が見えないけれど……あまり深く追求することでもなさそう。


「それじゃ、アタシたちはどうしよう?」


「どっかのファミレスでよくね?」


 みちると太一が早速予定を組み始める。

 息の合った連携でどんどんと話を進めていく。

 立ち止まって十和に逃げられてはたまらないと、ふたりの瞳が雄弁に語っている。


「え……そうなの?」


 十和としては図書館あたりを想定していたのかもしれない。

 そもそも彼女がファミレスで勉強している姿は想像ができない。

 と言うか……ファミレスに行ったことがあるのだろうか? 

 興味はあったが、さすがにこんなことは聞けない。ちょっと失礼に過ぎるだろう。


「うん。ドリンクバーも飲み放題だし、おなかすいたらご飯も食べられるし」


「それはお店に迷惑じゃないかしら……」


「そんなことないって。他のみんなもやってるし」


「みんながやってるから、私たちがやってもいいということにはならないと思うのだけれど……」


「十束さんったら、そんな堅いこと言わないで。えっと、どこにしようかなぁ」


 スマホで集合場所を調べ始めたみちる達を余所に、不安そうな眼差しを向けてくる十和。

 孤高のお嬢様だった彼女には、こういった経験はあまりなさそうだ。


「や、大丈夫だと思うぞ、多分」


「そうなの……そうよね」


 あまり説得力のない春の言葉に、何度も自分に言い聞かせようとする十和の言葉が重なった。

 高校初の中間試験まであと3日。

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