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第20話 放課後モデル その5


 今を去ること12年前。

小日向 春樹(こひなた はるき)』が『江倉 和久(えくら かずひさ)』と初めて顔を合わせたのは、幼稚園の入園式だった……と記憶している。

 同じ性別で同い年で家もすぐ近く。付き添いだった母親同士の馬も合った。

 幼稚園児としては、特に珍しくもない出会いだった。


 春樹は子どものころから良く言えば活発だった。悪く言えばやんちゃだった。

 幼稚園の中を勝手に探検したり、遊具で暴れまわったり。園児同士で喧嘩したこともあった。

 先生に叱られることも一度や二度ではきかなかったが、両親はそれほど問題視はしていなかった。

 むしろ元気があってよろしいと褒められたことすらある。


 対して和久はと言うと、こっちは幼いころからインドア派で、外でお遊戯するとなると憮然とした表情を浮かべることが多かった。

 春樹にとってもあまり取っつきの良い相手ではなかったが、自分の両親だけでなく和久の両親からも仲良くするよう言い含められていたから、渋る和久を無理やり引っ張って外で遊ぶことが多かった。

 似たり寄ったりの背格好で元気溌剌な春樹と、やや陰気なところのある和久では、後者の方が厄介だと思われていたと風の噂で聞いた。

 ……春樹くらいの子どもは毎年どこにでもいるらしい。幼稚園の先生たちは大変だ。

 

 しかし、そんな和久が水を得た魚のように目をキラキラさせるのがお絵描きの時間だった。

 春樹だけでなく同じ部屋の園児みんなが、いや先生たちも驚くほどに達者な絵を描き上げるのだ。

 白い紙にクレヨンが走ると、そこは空になり、海になり、そして森になった。他にも街になったり、雲になったり……子供の眼から見てもその才能は明らかだった。


――あのころから絵を描くのは上手かったよなあ。


 何度かコツを教えてもらおうとしたのだが……春樹にはあまりセンスがなかった。

 それほど楽しいと思ったこともなかったので無理に食い下がることもなかったし、和久に嫉妬して当たり散らすこともなかった。

 放っておくといつまでも絵ばっかり描き続けそうな和久を、半ば無理やり外に連れ出して遊ぶ日々が続いた。

 最初はかなり嫌がっていた和久も、いい加減根負けして大人しく春樹についてくるようになった。

 思い返してみると、春樹はあまり和久と喧嘩をした記憶がない。大抵の場合は和久の方が折れてくれていた。


 それほど時を置かずして、小日向家と江倉家は家族ぐるみの付き合いになった。

 同い年の子どもが互いに仲良く(?)しているのだから、当然の成り行きと言えた。

 なお、和久には一歳年下の妹がいる。名前を『織枝 (おりえ)』と言う。

 この子がまた兄に似て大人しい少女であり、春樹は彼女ともよく一緒に遊んだ。

 織枝は春樹によく懐き、男ふたりと女ひとりで行動を共にすることが多くなった。

 両家の母親は微笑ましそうな顔で3人を見つめていた。


 小学校に上がっても春樹と和久の関係に大きな変化は訪れなかった。

 春樹は父親にサッカーボールを買ってもらった日を機にサッカーにのめり込んだけれど、学校の休み時間やら家に帰った後は以前と変わらない関係が続いた。

 あえて問題を挙げるとするならば、幼稚園に置き去りになった織枝がしばしば泣き出したりするくらいだった。それもたった一年だけの話。


 中学校に入っても春樹と和久の関係はあまり変わらなかった。

 ただ……春樹はサッカー部に、和久は美術部に入部し、それぞれの時間を過ごすことが多くなった。

 それでも二人の友情に変わりはなく、ずっとそのままの関係が続くのだと思っていた。

 そして――運命のあの日が訪れた。


――変われば変わるもんだな。


 中学3年生の夏に春樹がTSし、(はる)になった。

 それで何が変わったかと言うと……色々変わったような、あまり変わらないような。

 春は女の子になってしまったが、中学3年生の夏ともなれば部活は引退してしまっている。

 残されたイベントと言えば高校受験ぐらいしかなかった。あとはありふれた学校生活ばかり。


 春は男だったころから一貫して学校の成績は良くなかった。対して和久は美術以外も割と何でもできた。

 だから……あのままいけばふたりは別の高校に通うことになるはずだった。しかし、そうはならなかった。

 春は自分の新しい姿(こひなた はる)の中に以前の自分(こひなた はるき)を見出してくれた親友と同じ学校に通うことを決意したのだ。そして地獄の猛特訓を潜り抜け、無事に志望校である佐倉坂に合格。

 TSしていなければ、ふたりの関係は中学校で終わっていたかもしれなかったわけで、女の子になったことは春にとって良いことなのか悪いことなのか、にわかには判断に苦しむ。

 何はともあれふたりは無事に同じ佐倉坂高校に合格し、この春から高校生となった。

 クラスこそ離れてしまったものの、これまでと変わらない生活が続く……予定である。今のところは。


 和久は中学校時代と同じように美術部に入部した。春は……どこの部活にも入らなかった。

 いろんな部活から――それこそ校内のほとんどの部活から勧誘があったものの、すべてスルー。

 あれだけ熱心に頑張っていたサッカー部すら例外ではなかった。

 と言っても、佐倉坂に女子サッカー部はない。あっても入るつもりもなかった。

 TSしたことで春にとってのサッカーという夢は色を失ったのだ。

 

 念のため雅に相談してみたこともあるのだが、TSを契機にそれまでの価値観が大きく変わってしまうことはあるらしく、春がサッカーに興味を失った件もおそらくその例のひとつなのではないかと言うこと。

 サッカーが嫌いになったわけではない。今でもテレビで試合を見ることはよくある。ただ……以前のようにボールを追いかけたいという気持ちがない。燃え滾る情熱がどこかに行ってしまった。

 和久は、手持ち無沙汰気味な春を見かねて『何でもいいから部活に入ってみたらどうか』と言ってきたが、どんな部活であれ気が乗らないことには変わりはない。

 幸い佐倉坂は部活動を強制される学校ではなかった。実際のところ、春が早めに家に帰っても時間を持て余し気味であることは確かなのだが。

 美術部のモデルをの話を引き受けたのも、和久が世話になっている美術部に顔を出してみようと思っただけではなく、暇だったということも大きい。


――だいたい、キャーキャー騒がれても困るんだよなあ……


 運動部だけでなく文化部まで含めた様々な部活動の勧誘。下駄箱に放り込まれる告白の手紙や日々向けられる視線や噂。

『小日向 春』の征くところ、熱い声援やスキャンダラスな眼差しがそこかしこから飛んでくる。

 さすがにそれに気づかないほど春は鈍感ではない。何と言っても元は男の子だったのだから。春に告白してくる男子の多くは、意外とその事実を軽く見ている節がある。

 生まれた時から女一筋のほかの女子よりも、TSした春の方が男に対する理解がある。良くも悪くも、だが。


――どいつもこいつも見た目ばっかで判断しやがって。


『小日向 春樹』は特にこれといった特徴のない男子だった。

 背はそこそこ高く、運動神経はそれなりに良かったが、別にサッカーの日本代表に選ばれるほどの天才ではなかったし、容姿だって平凡だった。

 どこにでもいる男子のひとりに過ぎず、人目に留まるような存在ではなかった。

 それでも――努力だけは誰にも負けないと思っていた。人一倍頑張っていたという自信がある。でも、『小日向 春樹』はそこまでの人間だった。

 それが今はどうだ。『小日向 春』は誰もが認める美少女だ。

 腰まで届く艶やかなストレートの黒髪、長いまつ毛に大粒の瞳、すーっと通った鼻梁に桜色の唇。

 スタイルだって抜群だ。胸は大きく(サイズは秘密)ウエストはきゅっと括れてお尻の位置はかなり高い。

 短いスカートから伸びる程よく肉がついた長くて白い脚も魅力的。

 歩いているだけで兎にも角にも目を惹く。それが『小日向 春』と言う少女。

 身づくろいにはそれなりに手間はかけているものの、たったそれだけ。中身は何も変わっていない。

 女になったというだけで誰もが春を褒め称え、気を引くために様々な言葉を浴びせかける。それこそ心の底から。


 辛かった。


 何もしていない『小日向 春』は多くの人間に求められる。

 あれだけ努力していた『小日向 春樹』は、誰にも求められなかった。

 TSして以来、両親をはじめ周囲の誰もが『小日向 春』を褒め称える。

 そのたびに、この残酷な現実を突きつけられている。相手になまじ悪意がないから始末が悪い。

 彼らは彼らなりに春のことを考えている。それは疑いようのない事実。

 一度TSした人間は、二度と元に戻ることはない。これは学校の保健体育で学ぶ基礎教養。

 だから性転換した春に、第二の人生を健やかに過ごしてほしいと誰もが願う。新しい『小日向 春』を受け入れようとしてくれている。

 TSしたという現実を誰にも受け入れられず、顧みられることのなかった可能性に想像が及んでしまうと……こんな悩みを口にすることも憚られた。


 だから、辛かった。


 こんなことは誰にも言えない。

 両親だって、友人だって、誰だって善意で春を褒めているのだ。

 雅に相談しようと思ったこともある。しかし『贅沢だ』と言われてしまうかと思うと怖くなった。

 おそらく雅はそんなことは言わない。苦笑しながら善後策を一緒に考えてくれる。でも、スマートフォンを握る手が震えるのだ。

 液晶に表示された『遠野 雅』の連絡先をタップする指が動かなくなるのだ。これはもはや理屈ではない。頭で考えて解決する問題ではなかった。


 ひとりで悶々と抱え込むには重かった。苦しかった。

 死ぬほど苦しい目にあおうとも、春はまだ15歳。

 一般的に考えればまだまだ子どもに過ぎないわけで、人生の悩みと上手く付き合っていくほどには精神が成熟していない。

 所詮はどこにでもいる思春期の若者に過ぎないのだ。悩みを共有できる相手がいない上に、参考にできる事例も見当たらない。

 だから――


『『小日向 春樹』はいらない奴だったんじゃないかって、そう思うんだ』


 親友である和久にだけ、胸の内に蟠る闇を打ち明けた。

 苦しみを共に分かち合ってくれるのは、きっとコイツしかいない。

 春が最も頼りにする男。『小日向 春』の中に『小日向 春樹』を見つけてくれた、最高の親友に。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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