策士、雄介
音楽が大好きでいつも頭の中でライブをしているが、実際に行動する事になるなんて思ってもみなかった。そんな俺だが、武道館が駆け出しの日本のロックバンドやアーティストにとってどういう場所か知っている。俺の応援してるバンドが耳にタコが出来るほど口にしているからだ。
実際に行動すると思ってもみなかった俺にとって武道館へどうやっていくかなんて、チケットを買って入り口から入るくらいしか思い浮かばなかった。だが雄介はその方法を知っているらしい。地道で途方もない方法だが。今いるどんな有名なアーティストも似たような道順を辿っているとのこと。何故、雄介がそういったことに詳しいのかというと、音楽好きだった親の影響を受けてギターを初めて持ったのが3歳の頃の話で、武道館という夢を持ったのは小学生の頃で、それからあらゆる方法を模索していたからだ。
雄介の頭の中にある武道館へのプランに俺は身を任せることにした。とりあえず今は雄介の作った「カゲロウ」を放課後、例のカラオケに行って毎日のように練習をした。毎日の様に通う俺たちから事情を聞き出した店長は「頑張ってるな」と褒めてくれて、部屋が空いていればタダで使わせてくれる様になった。ただでさえ古びた商店街で人も少ないだろうに。すこぶるいい店長だ。
初めて出逢った日から2週間ほどたっただろうか。ほとんど即興で合わせた一番最初の頃とは早くも完成度が少し上がっている気がする。
6時間授業が終わった放課後。いつもはカラオケに現地集合だったのに、今日は話したい事があるからと教室に残っておく様に言われた。なんだか不気味だな。俺は特にやる事もないから窓の外の木で話をしている雀の親子だか恋人だかを眺めながら「カゲロウ」を口の中で歌っていた。
早くマイクを通して歌いたいぜ。
「おい和真うるさいぞ。外まで丸聞こえだ」
遅れてごめんと右手を上げながら教室のドアを開けて俺の席まで雄介がやってくる。俺は昔から独り言が人と話してるみたいだと驚かれる事がある。口の中で歌ってるつもりが普通に声に出してたようだ。話ってなんだ?と声を出そうとした時、雄介の後ろにいる長い髪をした女がいた。
「誰だ!?そいつ!!!!」
驚いた俺はまずそっちの疑問を投げかけた。
「誰って失礼ね。柏原です。一年の時、同じクラスで隣の席になった事もあるでしょ?」
「ごめんごめん。こいつ音楽以外には興味ないんだ」
柏原と名乗った女が大層不満気な表情で俺を見ている。言われてみればその長い黒髪には見覚えがあった。雄介がフォローしてくれたがフォローになってないぞ。
「それはまあいいとして…」
本題に入ろうとした雄介に雑に扱われたと感じたのであろう柏原は俺に向けてきていた大層不満気な表情を雄介に向け直した。
表情筋が鍛えられそうな顔だな。
「武道館に行くといっても色んなやり方がある。セオリーなんて存在しない。ましてや今日目指して明日叶うようなものでもない。だが、今の時代武道館への道を有利に進める方法がある。更には今の俺たちの実力がどの程度のものなのか。初めたばかりだがそれが知りたい。その二つを一気に実行出来る方法を思い付いたんだ」
「そんな方法があるの!?」
柏原が食いつく。それとこの柏原という女がなんの関係があるのだろうと俺は思ったが声には出さなかった。
「ああ。絶対に上手くいくという保証はないがなまず武道館への道を有利に進める方法だが…」
雄介は意味も無く間を作る。
「その方法とはズバリSNSだ。リンド・スピンって知ってるか?」
「知ってる!」
柏原は霧が晴れたような顔になった。
リンド・スピンは俺も知っている。20代前半の五人組ロックバンドだ。路上ライブをしてた所をたまたま通りかかった通行人がSNSにその様子を投稿すると、その動画がバズり「プロ並みの腕前」「ボーカルがカッコいい」「歌声が素敵」などネットで絶賛され、朝のニュースで特集されてるのを見たことがある。若者達の間で流行りに流行っている。俺はたいして好きじゃないが。
「じゃあこれは知ってるか?リンド・スピンはあの動画の投稿がバズったおかげでニュースに出ただけじゃなくレーベルの所属も決まったんだ。今武道館に1番近いバンドって言われてる。俺らも同じようにSNSを使う」
なるほど。それは知らなかった。そういう手を使うのか。大変納得だ。
「そうと決まればやろう!俺らも路上ライブをするんだろ??場所はどこでやるんだ?」
俺は流行る気持ちを疑問に変えて雄介に投げかけた。
「ちょっと待って!自意識過剰過ぎない!?SNSからのポッと出とはいえ、リンド・スピンは本物よ?実力がないとネットで投稿したところでバズらないよ」
柏原が、盛り上がって来た所に、ニュース番組のゲスト席にいるチンケな評論家みたいに水を刺してきた。余計なこと言わなくていいんだよ。
「俺らはもうリンド・スピンくらいなら超えてるよ」
雄介はそういって柏原にやりと不適な笑みを浮かべた。いい事言うなと思った俺は雄介と同じ顔を作って柏原を見た。柏原は呆れたような表情を浮かべた。
「そして和真。俺らは路上ライブをやるわけじゃない。ここからは二つ目の実力を知るって話とも関係がある」
俺は黙って話を待った。
「俺たちが通っている、ここ、青春呂久には地域の人達も盛大に巻き込んで盛り上がる文化祭があるだろ?校舎の中庭には大きなステージを組んで各クラスや個人の参加者が出し物をしたり、芸人やバンドを呼んでライブとかをしてる。今年はまだ明かされてないけどロックバンドがくるらしいぞ。そして毎年、クラスや個人の出し物の中の中から順位を決めて優勝者は何か貰えるらしい。まあそれはなんでもいいんだけど。とにかく、俺とお前でそのステージに出て、会場を盛り上げまくって、なんなら呼んでるバンドよりも盛り上げて、圧倒的に優勝する。それが俺たちの実力を確かめる方法だ。で、その動画をSNSにアップしてバズらせるってわけだ」
なるほど!上手く考えたもんだな。文化祭が俺の人生初めてのライブって訳か。
楽しみ過ぎて踊る胸につられて身体まで躍り出しそうだった。
ん?まてよ??
「でも、なんでこいつを連れてきたんだ?」
柏原を指差して言った俺に対して、柏原がこいつって言うなと怒り気味に上げた声を無視して雄介が答えた。
「生徒会役員で文化祭の準備委員をしてるらしいんだ。個人で何か出し物をするには準備委員に連絡が必要。だから和真に話すついでに連絡もするために連れてきた。ちなみに動画撮るのもお願いする」
雄介が顔の前で手を合わせると、まあ動画くらいいいけどとさっきまで怒って見えた表情が柔らかくなった。
「でも、この学校の文化祭はお祭りくらいの規模だし。県外から来る人もいるくらいだよ?当然、各クラスのダンスだとか、劇だとか出し物も色々あってレベルも高い。そう簡単に優勝なんて出来ないと思うよ?」
なんだ。いちいち水を差すのが得意な女だ。チンケな評論家女だ。俺は少しだけイライラしてきた。
「だからこそやる意味があるってもんよ」
雄介は楽しそうに笑っている。
「ちなみに去年優勝したのはどんな出し物だったんだ?」
雄介が続けて聞いた。
「去年はね。確か貴方達と同じようにバンドを組んで出演してた人達だったわ。ちょっと待って」
柏原はスマホを取り出して何やら操作を初めた。あった。と言ってスマホの画面を俺と雄介に見せてきた。SNSの画面で#青春呂久高校文化祭と書かれ、2分ほどの動画が上がっている。なんだか見た事ある気がする。
「思い出した。去年人気絶頂だった、スリーピースロックバンド、MANIMAのコピーバンド。この人達が優勝したんだ。しかも創立からずっと開催してる文化祭の歴史の中で一年生達の出し物が優勝したのは初めてだって話題になってた」
一年生って事は俺らと同じ学年か。どうりで見たことある気がしたのか。
「てかこの人達、和真君と同じクラスの人達じゃん」
!?
俺は柏原のスマホを取って近づいてみてみるとハッキリ分かった。
動画に写る3人は俺にちょっかいをかけてきてたあの3人組だった。
アオハル・ロックンロール読んで頂いてありがとうございます。連載途中ですが、新たに短編を書きました。URLです↓
https://ncode.syosetu.com/n8785fx/
コチラも読んで頂けたら嬉しく思います。
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