黒霧
301号室は他の部屋よりも少し広めに作られてある。何故なら楽器が持ち込み可能なように、数種類の大きなアンプが置かれてあるからだ。俺は楽器なんて持ってないけどライブ会場のフロアからいつも見上げてるようなものが置かれているのを見てるだけでとても楽しくなる。いつもこの部屋を好んで選んでる理由はそれだ。
「お前に話があるんだ」
だが、なんだかいつもと違う。一番大きなギター用のアンプにはコードが刺さっていて、床に乱雑に散らばっている。まさかと思ってそのコードを目で追っていくと…
!!!!!!!!!!!!!!!
かっけえええ。。。俺は思わず息を呑んだ。
スタンドに立てかけられた全身真っ黒の黒々としたギターが太陽の様に鮮烈な光を放っている。
「かっこいいだろう?」
「かっけええ」
「早いな。ところでお前に話があるんだ」
雄介の問いに食い気味に答えた俺に雄介は笑いながらツッコんだ。
「これお前のか?」
「そうだよ。とにかく座れよ、話があるんだ」
ギターのあまりに美しいフォルムに俺は茫然と立ち尽くしていた事に気がついて、とりあえず椅子に座る事にした。
「これ名前なんて言うんだよ」
「名前?メーカーか。これはメイソンの…てか俺の話を…」
「そうじゃねえ。メーカーとか種類とかどうでも良いんだ。お前が持つこのギターの名前を聞いてるんだ」
「愛称みたいな事か?うーん。なんだろうな、特にないが…」
「じゃあ黒霧だ」
その黒々とした輝きに心が奪われて、深い霧の中に入った様に時間も何もかも忘れて見入ってしまうそのギターの名前を俺は直感で決めた。
「別にそれでいいけど俺の話を…いやこっちの方が早いか」
雄介は黒霧を手にとって椅子に座り膝の上に乗せるとピックをポケットから取り出した。
ジャーーーーーン!!!!!
雄介がピックを持った右腕で弦を擦ると大きな301全体に大きな音が響く。
俺は黙って食い入るように黒霧と雄介を見つめる。そんな俺をみて雄介はしてやったりみたいな顔でこっちを見ている。雄介は演奏を始めた。
オリジナルのリフだろうか。聞いたことがない曲だがどこか懐かしく哀愁のある曲だ。日常生活では決して有り得ない速度で動く雄介の指に俺の黒目は止まらない。
黒霧からシールドを伝ってアンプに届き、アンプから空気を切り裂き、俺の鼓膜を突き抜けて脳まで届く音に耳は必死だ。音楽が大好きな俺だがこんなにも近くで誰かがギターを演奏しているのを見るのは初めてだった。そんなはずないけど雄介の演奏は今まで見たどんなバンドのギタリストの演奏より上手いと感じた。
雄介が演奏を終えると俺は立ち上がって拍手をしていた。スタンディングオベーションだ。叩いても叩いても鳴り止まない。雄介が顔を赤くしてよせよと言っているがそれでもやめない。それくらい素晴らしい演奏だと感じた。たまらなくなった雄介が俺の手を押さえつけて無理矢理椅子に座らせて飲みかけのコーラを飲まされた。うえ。関節キッスだ。。思わず唇を拭った。
「やっと落ち着いたか」
雄介は袖で額の汗を拭う。
「お前に話があるんだよ!この部屋に連れてきたのはお前に話があるからなんだ!おっけー?話していいか?」
なんだ!?話があるなら早く言えばいいのに。自慢げにギター演奏して。言いたくなることが
いっぱいあったが俺は黙って頷いた。
「俺はお前の歌声に惚れたんだ。まずはこれを見てくれ」
雄介はスマホを取り出して何やら操作してから俺に渡してきた。
「そして、とりあえず聴いてくれ」
そういうとさっき俺に聴かせた曲をイントロから弾き始めた。
どういうことだ。
疑問に思いながら渡されたスマホに目をやると、開かれたメモ帳にギッシリと文字が詰め込まれていた。
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(雄介のスマホの画面↓)
タイトル カゲロウ
詞
立ち並んだビルの隙間 日が焼け落ちて
眠って朝になれば また昇ってる
だけど見上げてごらん
同じ空は もう 2度とはないだろう
濡れたまんまで走り出せ
僕の時間は 君のその気持ちは
風に吹かれて飛んでゆく
そんな儚く美しいものさ
果てしなく続く海の向こう 日が立ち昇って
うだうだ言ってる間に また沈んでく
だから見上げてごらん
あの星空は ほら 違う形をしている
濡れたまんまで走り出せ
僕の時間は 君のその気持ちは
風に吹かれて飛んでゆく
そんな儚く美しいものさ
永遠なんてない 散る命の
刹那に消えゆく 奮励を
答えを探し辿り着くには ほら
暗闇照らした光に向かって
高く高く舞い上がれ
濡れたまんまで走り出せ
僕の時間は 君のその気持ちは
風に吹かれて飛んでゆく
そんな儚く美しいものさ
濡れたまんまで走り出せ
濡れたまんまで走り出せ
濡れたまんまで走り出せ
(雄介のスマホの画面終わり)
スマホの画面に詰め込まれた文字は、雄介が自作した歌詞の様だった。イントロの演奏を終えると雄介は詞の冒頭部分から歌い始める。。。なんだろう。この感覚。全く別物だった二つの積み木が重なり合って一つの形となり美しい輝きを放っているような。俺が初めて味わう感覚だった。
雄介はスマホのメモ帳に書かれた歌詞の半分。1番のまでを終えると弾き語りを止めてしまった。
なんで辞めるんだ!?もっと聴かせてくれよ。
「どうだった…?」
俺がもどかしい想いを言葉にする前に雄介がこちらを覗き込む様に見てくる。少し頬を赤らめている気がする。
「いや、、、良い歌だよ。演奏も歌詞も。めちゃくちゃ良い歌だと思う。これお前が作ったんだよな…?すげえよ!てかなんで止めるんだよ!続けてくれよ」
「予想以上に絶賛だな。…でも何か感じる事はなかったか?」
思い当たる節が一つあった。あるにはあるがそれを言って良いものなのかどうなのか。俺は悩んで黙っていた。
「…ズバリ歌が下手だろ?」
「それは少し思った」
思わず反射的に正直に答えてしまった。
「いや、でもそれを有り余るほどの演奏技術と心に突き刺さる歌詞だと思ったよ」
俺は慌ててフォローしようとしたがこれじゃあ…
「フォローになってないぞ。てかお前も人に気を使うってことが出来るんだな」
やっぱフォローになってないよな。笑顔を全く崩さない雄介の本音を見兼ねて俺は少し反省した。
「良いんだよ。誰より自分自身が一番自覚してるからな。音楽には色んな要素が必要だ。演奏技術であったり歌詞であったりビジュアルやカリスマ性なんかもな。自分で言うのもなんだが俺には今あげた全てを兼ね備えているという自負がある」
なんてドヤ顔だ。
俺に向けた雄介のドヤ顔はドヤ顔の中のドヤ顔というか、、、ドヤ顔と言えばこの顔!と写真を撮って辞書に載せたくなるくらいのドヤ顔だ。
「だがな。俺には一番必要な物が足りないんだ。それは歌声だ。形のない、目にも見えない音楽の顔といっても良い要素が歌声。俺にはそれだけがなかったんだ」
音楽にとっての顔は歌声…。良い例えだと俺は思った。黙って雄介の話の続きを待つ。
「だから俺はずっと探してた。長年持ち続けてきた目標のために。俺の顔に、俺の声になってくれるやつを。そして今日、見つけたんだ。いま目の前にいる男を」
え!?それは…つまり…
雄介の熱弁に少し気圧され気味だったが、たぶん、雄介が言いたいことは分かった。
「おい。和真。俺の声になってくれ!俺とデュエットを組んで武道館へ行くんだ」