出逢
学校から歩いて10分ほどの所に昔ながらの小さな商店街がある。その中のでも古株の八百屋と眼鏡屋の間に小さなカラオケ店がある。
俺が心を浄化する方法とはズバリこれだ!
「おう!今日は珍しく学校サボらずに来たんだな」
三芳カラオケと書かれた看板の隣の狭い階段を駆け上がって二回の受付まで来るとレジの中から店長がいつもの決まり文句をかけてくる。余計なお世話だよと俺もいつもの言葉を返す。
俺は高校1年生の5月くらいにこの三芳カラオケを見つけて、それから最低でも週3はここに通っている。だから店長とは1年くらいの付き合いだ。
推定年齢40歳の店長は、学生時代相当ヤンチャしてたらしく、自分を俺に投影しているのか、たまに俺が学校をサボってここに来ても今みたいに一言嫌みは言うが、学校に連絡したりするわけでもないし、説教垂れるわけでもない。武勇伝も聞かせてくれるし、話が分かって面白い店長だ。
「いつもの部屋使うね」
俺がいつも使っている301号室がある3階へ上がろうとすると
「あ!まて!今日はいつも場所使われてるから隣にいくといい」
「えー!なんであけてないんだよ」
「仕方ないだろ。今日はお前が来る直前まで老人会の集まりでどの部屋も満席だったんだから。そういえば301号室に入ったやつ、お前と同じ制服着てたぞ」
同じ制服。誰だろう。まあ知らないやつだろ。
ドリンクバーでコーラを入れて301号室の隣の302号室へ向かった。302号室に入る前、301号室を扉の外からチラリと覗いてみたが誰もいなかった。トイレにでも行ってるのかな。まあいいかと思って、302号室へ入った。
オレンジのレザーの椅子に学生鞄を置いてデンモクを取り、早々と10曲ほど選んだ。最近お気に入りのいくつかのバンドの曲で組んだ俺のカラオケでのオリジナルセットリストだ。
「盛り上がっていこうぜ」
とマイク越しに叫んで一曲目を歌い始める。カラオケの音源には入っていないバンドのボーカルの独特なアレンジや歌い方を真似したり、俺のオリジナルのアレンジも加えてみたり。もちろん曲間のMCまで入れている。今日はボーカル。俺は302号室を頭の中でライブはうすにして気持ちよく歌う。
5曲目は特に曲の原型がなくなるくらいに俺オリジナルのアレンジで歌った。この曲はすごく好きなんだけど、俺オリジナルの方がより良い気がするんだよな。扉の向こうに何やら気配を感じたが俺はライブに夢中で全く気にならなかった。
「今日は来てくれてありがとう」
9曲目が終わり10曲目が始まる曲間、バンドマンなら一度は言ったことがあるであろうセリフを俺も言って最後の曲を歌い始めた。
最後の曲を歌い終わり、椅子に腰を下ろす。机の上に置いていたコーラにやっと口をつけて一気に飲み干した。氷を入れすぎたから薄まって炭酸っぽさがなくなっていた。
今日もすこぶる声の伸びが良くて大変満足だ。
一息ついてから、時間もあるしもう少し歌おうかと再びデンモクを取るために腰を上げ、なんとなく扉の方を見ると、扉の真ん中に額をつけてこちらを覗き込んでるやつがいた。
!?!!!?!?!?!?!?!?
びっくりした俺はうわあと声を上げてひっくり返って尻餅を着いた。
誰だこいつ!?何してんだ!?
「おーい!今頃気がついたのかよ」
大きな声で笑いながらガチャリと扉を開けて中に入ってくる。
なんで入ってくるんだ!?
「5曲目辺りからずっと見てたんだぞ」
こちらの気も知らずに笑っている。その男に俺は狂気じみた物を感じて尻餅をついたままおののく。知り合いかとも思ったが、その男は俺と同じ制服を着ているが知らない。身長は俺と同じくらいで今流行のマッシュヘアに丸メガネといった容姿だ。
「お前誰だよ!なんで入ってきてるんだよ」
「誰って…酷いな。分からないのか!?お前の隣のクラスの雄介だよ。高1の時委員会で一緒になった事もあったし、たまに廊下でもすれ違ったりもしてるだろ?本当に人に興味が無いんだな。興味があるのは音楽だけか…」
呆れ気味な雄介の顔を元に、過去の記憶を呼び起こすと確かにうっすら見覚えがあって少し申し訳ない気持ちになった。
いや、でもなんで覗いてるんだよ!?
「まあいいやとりあえず来てくれ」
尻餅を着いた俺に向かって雄介が差し出した手を反射的に掴んでしまった俺の体を雄介は引っ張り上げてそのまま301号室へ連れていった。
俺は何がなんだか分からなかった。