四辺形のライブハウス
「ウオオオオオオオオオ!!!!!」
俺は走った。とてつもない体感速度だ。多分陸上部にも負ける気がしない。そして声を上げた方がなんだか早く走れる気がするんだ。
お昼休みのチャイムがなると、母ちゃんの作った日の丸弁当を口いっぱいに掛け込み、さっさと昼飯を済まして、いつも決まって向かうのは、本館2階にある2年2組の教室から出て東側にあたる別館の校舎。そこの4階の理科室の横にある男子トイレの1番奥の個室だ。ホームルームや昼休みを過ごす教室は、3学年とも本館にあり、昼休みにはこの別館に生徒はほとんどいない。その上そのトイレの個室に入れば無敵状態だ。
学校という人混みの雑踏の中で唯一誰にも邪魔されない空間と時間だ。
ふふニヤケ顔が止まらない。まあ誰もに見られるわけでもないから止める必要もないけどな。
目的の場所に辿り着いた俺は個室の扉を勢い良く閉めて少し呼吸を整え、ブレザーのポケットから最近買ったばかりの最新型音楽プレイヤーを取り出してイヤホンを耳にセットした。クリアで鮮明な音質だ。少し高い買い物だったがやっぱり買ってよかった。
俺が音楽にハマったのは小学校低学年の頃。親に嫌々連れていかれた日本のロックバンドのライブだった。初めて聴く大迫力の楽器の生音と生声。熱狂したバンドマン達の飛び散る汗と周りにいる人達の屈託のない笑顔。そのバンドはメジャーデビューもせず解散してしまったが、その時の衝撃がいくつになっても忘れられず、今でも音楽の虜だ。最近ニュースでよくやれ大○だマリ○ファナだのとかいった薬物で捕まる芸能人のニュースで見かけるが、音楽ってそれに似ているんじゃないかと思っている。いつも何をしてる時でも突拍子に頭の中に好きな音楽が流れて来てどうしても聴きたくなるのだ。どうにかして学校という場所でゆっくりと音楽に浸れないかと遂に探し出したのがこの場所だ。
俺は更に曲に集中するために、上着にしまったウォークマンの+ボタンに手をかけ、ボリュームを上げて目を閉じたーーー。
ドン、タ、ドン、ドン、タ、ドン、タ、ドン、タ、ドン
ドン、タ、ドン、ドン、タ、ドン、タ、ドン、タ、ドン
ドン、タ、ドン、ドン、ジャーン、ドン、タ、ドン、ドン、ジャーン
耳から聴こえてくる軽快なドラムの音に合わせて、俺は目を閉じて現れた空気のドラムを叩く。狭い個室の壁に何度も足と手がぶつかったが全く気にならない。見える。見えるぞ。
ここはライブハウス。対してキャパは広くないが俺たちを見に来た客でソールドアウトしたフロア。曲の間奏中。「調子はどうだ」とドラムの手を緩めて叫ぶとイェーイと若干、黄色が多めの声が返ってくる。今日の観客はノリがいいな。俺は満足して演奏に戻った。
美しく少し儚げな旋律を奏でるギターの音。それに寄り添うように支えるベースの低音。このバンドの背骨のような脳のような役目を担っている俺の奏軽快なドラムその全てが合わさって絶妙なアンニュイのポップなサウンドを作り出している。ーーー。
ポップなサウンド。煌びやかな照明。煌びやかな照明よりも輝く観客達の偽りのない笑顔。ああ、ライブハウスというものは。秘密の楽園とでも砂漠のオアシスとでも形容したくなるほどだ。一層ドラムの演奏に力が入る。
ポップなサウンド。煌びやかな照明。煌びやかな照明よりも輝く観客達の偽りのない笑顔。頭の上から降り注ぐ大量の水。。。。。頭の上から降り注ぐ大量の水!?
俺はハッとなって目を開けた。その瞬間ここはライブハウスではなく別館校舎の理科室の隣にあるトイレだということを思い出した。俺の髪の毛や制服がびしょ濡れになっていたが何が起こったか分からなかった。慌ててブレザーのポケットの中を確認するとウォークマンは無事みたいでホッとした。イヤホンは濡れてしまったが音は聞こえているので大丈夫だろう。濡れた箇所を拭くために耳から外すと、個室の外から下品な笑い声が聞こえてきた。その瞬間俺は全てを察した。
「ははは!!!こんな所でトイレに篭って何やってんだお前」
そう言ったのはなぜだか最近事あるごとに突っ掛かってくるようになった、同じクラスでヒエラルキーのトップに位置する三人組のリーダー格の良樹というやつだ。
俺の思った通りだ。
腹が立って個室の扉を勢い良く開けると、やっぱり予想し3人組がいた。3人組の真ん中にいるのジャニーズJr.にいそうな顔をしているのがリーダー格の良樹。良樹の左隣にいるの刈り上げ短髪が確か良樹の幼なじみだとかいう道弘。良樹の右隣にいる掃除用のバケツを持ったミディアムヘアのな中性的なやつが智也。とうとうこの場所にまできやがって。
「どうしたんだ?びしょ濡れじゃねえか。風邪引くぞ」
バケツを持った智也が馬鹿にした口調でそういうと、後の3人が俺の方を指差して大口あけて笑い出す。
それはお前がやったんだろ。
どちらかというと水をかけられたことより「音楽に浸っている時間」を邪魔された事に腹が立った俺は流石に堪忍袋の尾が切れて3人を睨みつけた。