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小さき声を大にして 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 ああ、ようやくネットつながったか。どうも、このところ接続が悪いねえ。ぶちぶち切れて仕方ないや。世の中が進歩しても、不調、不具合の問題はいつもつきまとうもんだねえ。

 でもその分、使える時になると、私たちはその状態をスタンダードに置こうとしてしまう。あって当たり前だと思い込んでしまう。

 これ、脳みそがアップグレードしているんだか、ダウングレードしているんだか……本能的に頭の中が余計なことを考えないように、ストッパーをかけているのかもね。そう考えたら、脳みそのストッパーをを外すことができたなら、何を起こすことができるのだろう?

 肉体がついて行かず、壊れてしまうというのは、創作でもよく表現されていることだ。思考、精神はいくらでも強靱になれる。そう信じてきたんだろう、昔から。

 だが、そこまで負担をかけずとも、外的要因でストッパーを外す方法がいくつか伝わっている。その中でも、私が聞いた特殊な例をお伝えしようか。


 ずっと昔。それは年に一度の特殊な行事として、行われている。

 とある領地の山深くにある洞穴。かつて神の一柱が抜け出てきたと伝わるその穴は、かつてはとてつもない深さを持っていた。ただ道が長いだけでなく、道が途中で切れて、断崖絶壁になっている。どのような明かりで照らしても、底が知れないほどの深い穴。そこから先の道を、知る者はいなかった。

 誤って入り込んだ者が危ない目に遭うかもしれない。後々、生まれることになる次の世代以降のことを考えて、人々は洞穴内の一番狭い箇所を選び、ふちを加工した岩をねじ込んだ。簡易的な岩壁を作ったわけだ。

 壁となった岩の表面にはそれにいたる経緯が刻まれ、手前には祭壇が設けられて、定期的に巫女が参るようになった。だが、数十年が経ち、当時の岩をはめ込むことに、携わったものが減ってきたころ。


 きっかけは作物の不作だった。実の付き具合が芳しくないものが多く、引っこ抜いてみれば根っこが真っ黒になっていて、とても水を吸い上げられるようには思えない。

 更に収穫の時期を過ぎると、今度は地盤が緩くなり、土砂崩れが頻発するようになった。本来ならば、土をきっちりとつなぎとめておいてくれている、樹木の根っこたち。それらがすっかり力を失って、土壌を支えきることができなくなっていたんだ。

 重なる災害に対し、村のまじないしたちは天からの声を聞かんと、祈祷に明け暮れる日々を送る。やがて受けた神託が、「清らかな乙女が、ひとりでかの洞穴の岩壁の前に立ち、救済の手を求める嘆願を行え」というもの。

 そういえば落ち着いてから調べてみたところ、あの洞穴の周りだけは地盤どころか、石ひとつも転がってきていなかった。もしや、あの洞穴そのものが問題だからこそ、起きたことなのではないか。

 この話を聞き、この土砂崩れで被害を受けた者の中には、いっそかの洞穴を埋めてしまえという声をあげたらしいが、却下される。

 洞穴そのものを埋めてしまった場合、今に勝る災厄が起こる可能性がある、とのこと。託宣の内容が優先されることになり、村の中から選ばれた年若い少女が、身を清めた上で、洞穴へと向かった。


 かつて文字が刻まれていた岩肌。あちらこちらに緑がかったコケを生やし始めている、その壁の前に、石でできた祭壇が用意されている。毎年、最初に採れたものや、大きさに優れるものは、ここに捧げることになっていた。感謝の念を示すという意味合いからだった。

 しかし、礼を欠かさなかったにもかかわらず、不作や土砂災害を防ぐことはできなかった。それはどこか、自分たちの心に濁りがあったからではないだろうか。

 役目を仰せつかった少女は、懸命に訴えた。自分たちの村が受けた被害のこと。そして、この惨状をどうか収めて欲しいということを。

 昼前から始まった訴えは、日暮れ近くまで続いた。これも託宣を告げられた時に、受けた指示の通りだったという。洞穴内はいささか湿り気を増してきており、懇願する彼女のうなじにもぽとり、ぽとりと水滴が垂れてくる。

 それでも彼女は冷たさに良く耐え、訴えが終わるまで声も身体も震わせることをしなかったという。


 本当にこのようなもので大丈夫だったのか。彼女が洞穴から帰ってきてしばらくの間、不安に思う者は大勢いた。しかし、その疑惑も結果が出さえすれば、簡単に拭い去ることができるもの。

 翌年の収穫は打って変わった、豊作だったらしい。去年の仕打ちを知っているだけに、この喜びは大きかった。「土砂の被害で土が入れ替わったから、たまたま上手く育っただけだ」と反論する者もいたが、次の年も、その次の年もと、実際にできばえが良かったことで、次第に声は失せることに。

 この陳情の件は、村全体でも重大な出来事として記憶された。それから毎年、一回はかの洞穴を乙女が訪れて、感謝の言葉と、土地の状態を伝える決まりができたらしい。


「あの洞穴は、神々の身体の一部。その大きさに対して、我々の声はいと小さい。それが届くためには、懐に入るよりない。

 あの穴の中へ入ることにより、声はより大きくなり、神の元へ響くことになろう」


 かつて神託を受けたまじないしは、皆に、そう説いたという。


 しかし、更に時間が経ち、その苦労を実際に知る者がほとんど居なくなってしまった頃。かつて命がかかっていた訴えは、もはや形骸化した行事と化した。

 巫女役の女性が、年若い者から選ばれるのは変わらないものの、訴える時間は当初の半分以下に縮められてしまう。村から洞穴までは、かつて巫女役を仰せつかった者が単身で臨んでいたのだが、周囲に獣がうろつくからと、複数人で洞穴へ向かうのが通例となった。

 しかし、実際のところは、洞穴の周りにある主立った木々はほとんど伐採されてしまい、残っているのは桜の木が数本程度。獣が住みつけるような場所ではなく、巫女役が道中の退屈を紛らわすために、護衛と称して人を選ぶことが主な目的となっていたそうな


 その年も、桜がほぼ散る頃になって、巫女役の少女は村はずれで待っていた、護衛役を務める少年と共に、洞穴へと向かう。特に恋人同士というわけではなく、幼なじみに過ぎない。

 彼らは神聖であるべき道中でも、おしゃべりを絶やさない。主にこの洞穴へ向かうことのかったるさに対して、延々と愚痴を話しているんだ。辛酸をなめたことがない身に、この行事は自分の時間を大幅に奪われる、億劫なものに過ぎない。


 そして洞穴近くまで来た時、延々と文句を垂れていた少女が、「あっ」と声をあげて、口を押さえる。彼が「大丈夫か?」と声を掛けると、問題ないとのこと。

 葉桜が口に入ってきて、びっくりしてそのまま飲み込んでしまった、と彼女は告げる。普通に食べることのできるものでもあったし、彼自身もそこまで問題だとは思わなかったそうだ。

 やがて洞穴まで来る。ここから先はさすがに巫女役ひとりで進まなくてはいけなくて、彼は彼女を見送ったのち、入り口近くの土壁に背中を預けつつ、彼女の帰りを待つことに。

 普段から飽きっぽい彼女のことだ。半刻(約1時間)持てばいい方か、と彼がひとりごちていると、穴の奥から彼女の声が響いてくる。


「我、これより大いなる神々に、請願いたしまする」


 想像以上の大声。しかも声色を変えているのか、だいぶ野太い男のものだった。

 演技にしては堂に入り過ぎていると、彼は不審げに穴の中をのぞくと、更に声が続く。


「いまや人間たちは、その住処を広げるのみならず、我らの暮らしを壊し、命を奪い続けておりまする。かくなる上は、我らにご慈悲を。きゃつめらに天罰を下してくださいませ」


 ――何をいっていやがる!


 彼は洞穴の中へ飛び込んだ。ところどころがぬめっていて、滑りそうになるのを持ちこたえながら、奥へ奥へ。

 やがて祭壇前に倒れ伏している、彼女の姿を認める。声をかけても反応はなかったが、息はしている。その身体を負ぶった時、彼女の口から一枚の葉桜がひらひらと舞い落ちた。その色は、元の色よりもずっと黒ずんでいたという。


 それから一年の間に洞穴周りでは、かつてのような不作と土砂崩れが相次ぎ、多くの犠牲者を出して、人々の暮らしは一変してしまった。

 彼女はあの時の、自分がしたであろう陳情を覚えていなかったそうだ。祭壇にたどり着いた途端、意識が遠のいてしまい、次に覚えているのが彼に負ぶわれている時のことだという。




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