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泉の女神  作者: 紺碧七
3/5

女神にされたタクト

 タクト――もちろん男の――はスミレナの依頼で泉に来ていた。10L入る馬鹿でかい水筒を小脇に抱えて。

「おお~、きれいな泉だな。底が見通せないと言うことはそれだけ深いと言うことか。もし落ちたら……ま、よほどの金づちでもない限りこの湧出量だ、浮かんで来れるよな」と感想を言いながら手のひらで泉の水を掬ってみた。

「こりゃあ冷てぇな。しかもまろやかでのどごしもいい。この泉の水をミネラルウォーターとして容器詰めして売ったらいいんじゃないか? とはいえ運搬が手間か。さて、さっさと水を汲むか」タクトは水筒の蓋に手を掛けた。

<<ミツ……ケタ>>男の声にも女の声にも聞こえる声が響いた。

「うン? 誰かいやがるのか?」タクトが誰何すいかする。

すると泉の表面に大量の気泡が浮き、次の瞬間、透明な触手が数本泉の中から現れタクトの足に絡みついた。

「えっ!?」触手はスゴい力でタクトの足を引っ張り、バランスを崩したタクトはうつぶせに泉の中に落ちた。その際、水筒を泉の水面へと投げ落としてしまった。そしてタクトは泉の奥へ奥へとどんどん引き摺られて行った。

『やべー! 俺、まさかこのまま溺れ死ぬのか!?』急速に訪れる死の予感を感じつつ、タクトの意識は遠のいていった。


はっと我に返ったタクト。「ここは……どこだ?」息は……している。全身服ごと濡れているせいで気持ち悪いが、自分が生きていることは自覚できた。周囲を見渡すとほのかに蒼い空間が広がっていた。上を見上げると遥かかなたに青空が見える。

<<ココハ……イズミノソコジャ>>声が語りかけてきた。

「誰だ?」

<<ワタシハ……イズミノイシ。コノイズミニ……ハルカナイニシエノヨニ……ヤドリシ、シネンジャ>>

「泉の意思だって? 俺を引きずり込ンだのはあンたか?」

<<ソノトオリ。ソナタガテンカイジント……シッタガタメジャ>>

「俺が天界人だと、なぜわかった?」

<<ソナタガイズミニ……テヲサシイレシトキ……ソナタノステータスガミエタノジャ>>

こいつはカリィと同じ特能持ちか、と一瞬考えたものの、人間の範疇に属さないのだから特能とかじゃないンだろうななどと思いつつ

「それで泉の意思とやら。俺に何の用だ?」とタクトは尋ねた。

<<ワタシハ……イズミノシュゴシャヲ……ホッシテイル>>

「泉の守護者だって? まさか俺にそれになれって言いたいのか?」

<<ソノトオリジャ>>

「あいにく俺はそンなものになる気はない。他を当たってくれよ」

<<ソナタデナケレバ……ナラヌ。テンカイジンデアル……ソナタデナケレバ>>

「いったいどういうことだ?」


泉の意思の説明によると、これまで人間やエルフ、果ては天使や魔族まで様々な者たちを泉に引きずり込み守護者の任に就かせようとしたがいずれもうまく行かなかったらしい。

人間やエルフは守護者の力を注ぎ込む途中で精神に変調を来たす者が続出したため早々に諦めた由。そして天使と魔族は守護者の力を完全に受け入れたのだが、守護者に仕立てた直後に力を暴走させて自壊してしまうので、こちらも諦めたとの由。


「しかし、なぜこの泉に守護者が必要なんだ? 麓にあるメイロークの街がこの泉をきちんと保全してるじゃねえか?」

<<ワタシハ……イズミノミズノリヨウヲ……ニンゲンタチニキョカナドシテイナイ。カッテニツカワレルノハ……ガマンナラヌノダ>>

「それで守護者に何をさせるつもりなンだ?」

<<イズミニケイイヲハラワヌニンゲンタチヲ……コラシメサセルノダ>>

「俺だってメイロークの居住者だぞ。そんなことに荷担させるつもりなら、ますます引き受けるつもりはねエよ」

<<ソナタニ……センタクシハ……ナイ>>

「なんだと!?」

<<トリアエズ……シュゴシャニフサワシイスガタニ……ヘンシンサセル>>

「変身だって?」タクトの問いかけに答える代わりにタクトの全身を快感が襲った。まるで全身が性感帯になったようで、その快感によりタクトは悶え狂った。いつの間にか着ていた服は消え去り全裸になっていた。股間のアレが勃起全開していた。精を吐き出したい欲求に駆られるが、手で擦っても全くイケない。『ウウウ……イキタイ……イキタイイキタイ……イキタイノニイケナイ!!』タクトは苦悶した。まるで蛇の生殺しのようであった。その焦燥感が唐突に潰えた。


全身を気だるさが覆っていた。頭が妙に重苦しく感じたので、頭に手を当てると髪の毛が妙にボリューミーになっていた。

『ん? なんだ?』後ろ髪がやたら長くなっているように感じた。後ろ髪を眼前に引っ張ると、糸にも布にも見える紐状のなにかでひと括りにされた艶やかな黒髪は、括られた部分からさらに1m近く伸びていた。

次に目に入ったのは自分の眼前、胸に男性にはないハズの巨乳が見えた。人型ミノコほどではないがリーチのものよりは確実に大きい、たわわに実った双丘がそこに見えた。思わず手で触ってみると、しっかり触られている感触がある。自前のものに間違いなかった。

『まさか俺、女に?』慌てて股間に手をやると手に馴染むアレがない! 巨乳に視界を遮られたため、手探りで股間を確かめるとチンコケースが手に触れたものの、そこに手に馴染むアレらしきものはない。根元を探ると突起がありそこに辛うじて引っかかっていた。

『まさか……』さらに下に手をやると、そこには女性のアレがあった。

「俺、女になっちまったのか~!?」声も本来の野太い自分の声ではなく、ハンドベルの響きにも聞こえる甲高いソプラノヴォイスであった。

<<ソナタ……ジブンノスガタガ……キニナルカ? スガタミヲ……ヨウイシタ。ミテミルガヨイ>>泉の意思が声を発すると同時にタクトの目の前に巨大な鏡が現れた。

タクトの姿は一変していた。艶々した黒髪が伸び、後ろ髪は首元で束ねられひとつに纏まったまま腰まで伸びていた。そして手足はほっそりとしているものの男の時と同程度の筋力があるように見えた。身体全体は男だった時同様に引き締まっていたが、それでも全体的にはやや丸みを帯びたものに変わっていた。ウエストはググッと括れ、ヒップは男の時より一回り以上大きくなっていた。たわわに膨らんだ双乳はリーチのそれより大きくヘカトンケイル級はありそうに見えた。なぜか顔だけは男の時のままであった。そして背丈も変わってないため、女性としてはかなりの高身長の部類となるだろう。

「な、なんで、俺を女に!?」

<<イズミノシュゴシャハ……メガミト……ソウバガキマッテオル>>

「女神だって!?」

<<ソノトオリダ。ソロソロソナタヲメガミニ……カエルトシヨウ>>

「ちょっと待て!」タクトの声に答える代わりに今度はとてつもない激痛が与えられた。脳の表面に剣山を突き立てられグリグリと表面を撫でられつつ、さらに五寸釘を頭に打ち込まれ、すぐ引き抜かれたソレを別の部位に穿たれ、それを延々と繰り返されるとでも形容すれば良いのだろうか。

タクトは涙と鼻水と涎を垂れ流しつつ絶叫を上げ続けた。耐えられないほどの激痛なのに気絶を許されず、精神に変調を来たしかけたものの、天界製の脳はその責め苦に耐え切った。


「ハア……ハア……ハア~」ようやく責め苦から解放されたタクトは肩で息をしていた。もう何も考えられない、考えたくないほど精神は疲れきっていた。

<<ソナタ。ソナタハナニモノジャ?>>泉の意思が問いかける。問いかけられたタクトは息を整えてから答えた。

「ああ? 俺か? 俺は……俺は……誰だ??」と困惑気味に答えた。

<<フフフ、ソナタハ、イズミノメガミジャ>>

「泉の女神? 俺が?」

<<ソノトオリジャ……シカシ、ココロモオンナニカエタハズジャガ、ソナタ、ナニユエオトコノコトバノママナノジャ?>>

「そんなこと、俺が知るかよ!」タクトは苛立っていた。自分が何者なのか、なにゆえここにいるのか、何もわからなかったのだ。

「俺はいったいなンなンだ! どうしてここにいる!? 何も思い出せないのはなぜだ!?」

<<イズミノメガミニハ、カコハフヨウジャ。ユエニソナタノキオクハ、フウジサセテモラッタ>>

「俺の記憶を封じただと……!」タクトは天を仰いだ。と言っても遥か彼方に水面が見えるだけだったが。

「……それで俺にいったい何をさせるつもりだ」

<<コノイズミノシュゴシャトナリ、フモトノニンゲンタチニシンバツヲアタエルノダ>>

「泉の守護者はまだいいとして、なぜ麓の人間たちに神罰を与える必要があるンだ?」

<<オトコノココロノママデハ……ヤリニクイ>>突然、タクトの眼前に能面のような仮面が浮かび上がった。その仮面はツーッと滑るように動き、タクトの顔に張り付いた。タクトはその仮面に手を当て外そうとしたが外れない。

「なんですか、この仮面は? 外れない……外せません。えっ? わたくし、なんで女言葉でしゃべっているのかしら? いったいなぜ……?」


<<ソノカメンハ、ソナタノココロヲハンテンサセルキノウヲモタセテアル。スナワチ、オトコノココロハオンナノココロヘト、ハンテンスルノジャ>>

「そのためにわたくしは女の心になってしまったのですか? でもなぜ仮面を外すことができぬのですか?」

<<ソノカメンヲハズスコトガデキルノハ……キヨラカナルオトメダケジャ。ソナタハ、イデンシレベルデハ……オトコユエハズスコトハデキヌ>>

「わたくしは遺伝子レベルでは男なのですか。身体は……どう見ても完全に女ですが」

<<ウム。セイリモクルシ、ニンシンモカノウジャガナ。ソノヨウニチョウセイシタノジャ>>

「わたくしの身体は……なぜこのような姿にしたのですか?」

<<フフ。ソナタノカラダヤココロハ……トアル、イクサメガミノ……データヲリュウヨウシテ……ツクリアゲタノジャ>>

「戦女神ですか? どなたのことですか?」

記憶は封じられていたものの消去されたわけではないため、男の時の知識はそのままあった。さらに泉の意思が持つ膨大なデータに常にアクセスできるように、脳に手を加えられていた。さしずめ国会図書館並みのデータ容量を誇る外付けハードディスクを脳に増設されている状態とでも言えようか。

<<テンカイヨリツカワレシ……イクサオトメノイッチュウ……ゲルヒルデジャ>>

「わたくしはゲルヒルデ……なのですか?」

<<ソノモノトハ……イエヌガ……スガタヤゲンドウハ……カノメガミソノモノニナルヨウ……チョウセイシテアル>>もちろん顔と背丈は男のタクトのものである(筆者注)

「そうなのですね。では、わたくしはゲルヒルデと名乗ればいいのですね。しかし、なぜゲルヒルデのデータを持っておられたのですか?」

<<ウム。ハルカイニシエノジダイ……カノメガミガ……ゲコウシタサイ、コノイズミデ……モクヨクサレタノジャ。シマイシンデアル……ブリュンヒルデトトモニナ。ソノサイ、ニチュウノデータヲ……シュトクシタノジャ>>

「そういうことでしたか……ではわたくしはブリュンヒルデになっていた可能性もあるのですね?」

<<ブリュンヒルデハ……ゲルヒルデヨリ……イクサニタケテイタ。ソノブン……セイカクガ……ヤヤオトコマサリデアッタ。ユエニイズミノメガミニ……フサワシクナイト……ワタシハソウカンガエタノジャ>>

「なるほど、良くわかりました。わたくしにゲルヒルデの姿と心を与えていただきありがとうございます」

<<ソレダケデハナイ。ソナタハワタシガモツ……ボウダイナエネルギーヲ……ジユウニツカエルヨウニシテアル。ユエニゲルヒルデト……ドウトウノチカラヲ……コウシスルコトガデキヨウ>>

「素晴らしいですわ。わたくしは泉の女神として主様のご期待に応えるよう尽くさせていただきます」タクトは泉の意思による精神支配により、泉の意思を自分の仕えるあるじと認識させられてしまっていた。そのため泉の意思を主様ぬしさまと呼ぶことに何の疑問も抱かなくなっていた。

<<タノモシイゾ、ワガムスメヨ。サテ、ソナタニメガミニフサワシキ……ヨソオイヲアタエル。ウケトルガヨイ>>


突如、薄絹のように見える布が現れタクトの裸体に纏わりつくと次第に一体化して全身を纏う衣となった。

「この布、とても軽く感じます」

<<ソレハ、ミズノハゴロモジャ。カルイウエニ……キゴコチモバツグンノハズ>>

「はい。身体へのフィット感が抜群です」

<<ソレダケデハナイ。ドノヨウナ、ヤイバデアレ……ソノコロモニキズヲツケル……コトハデキヌ。サラニ、マホウコウゲキヲ……ウケタトシテモマリョクヲ……キュウシュウシテシマウノダ>>

「素晴らしいですわ、主様。水の羽衣、ありがとうございます!」

<<サテ、フモトノニンゲンタチニ……シンバツヲアタエネバナラヌ>>

「わかっています、ぬし様。わたくしは主様に与えられたこの女神の力で、麓の町の人間共を恐怖に慄かせて見せましょう」タクトはまるで隣の家に回覧板を届けるかのような気安さでそう言った。

<<タノモシイゾ、ワガムスメヨ。ソノトキガクルマデ……シバシカラダヲヤスメルガ……ヨイ>>

泉の意思の言葉により女神となったタクトは身体を弛緩させ一瞬で眠りについた。

<<サスガハ……テンカイジンデアル。ニンゲンナラバ、メガミニカエルトチュウデ……ゼンインハッキョウシタ……カラナ>>泉の意思からほくそ笑むような気配が発せられる。

<<イズミノメガミ……ワタシニチュウジツナ……ニンギョウ。ツギニメザメシトキ……ニンゲンドモハ……キョウフスルデアロウ。フハハ……フハハハハ!>>泉の底から聞こえる笑い声を聞くものは皆無であった、……今のところは。

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