10days 10
10days
『ごめんね。ユータ…君。
あたしのせいで逃げるの遅れて。』
朝になった。
あたしは、ほとんどの記憶を思い出しかけているらしい。
今なら、思い出せる。
幼い頃からの両親の暴力と暴言に耐える日々も。
だけど、思い出せない。
5年前のあの日、あたしに何が起こって死に至ったのか。
例え、思い出せなくても本能的に今のユータと同じ狂気に晒されたことはわかる。
『ごめんね。ユータ君。
疲れたよね。』
あたしがこんな傷を負っていなければ、抱えられたのになぁ。
そう呟くと、僕だって逃げられると怒って言う
ユータ。
頼もしい限りだ。
『っ、つぅっ。』
ゆっくり痛みのないように傷口を触ったはずだ。
止血はしてあるから大丈夫だと思うけど。
本当に。
運が良かったとしか言いようがない。
ナイフは細身で刃渡りもそんなになかった。
内蔵だって傷ついてないはず。
傷ついていたら、あたしは動けなくなっていたはずだ。
『ユータ君、いい?よく聞いて。』
これから話すのはもしもの時のこと。
あたしが動けなくなったら、あたしを見捨てて逃げて。
舞花小学校に行けば、荒谷先生がいるから。
本当のこと話して助けてもらいなさい。
あたしはいいから置いて逃げて。
『あっ。』
傷口が開いた。
頑張れ!現し世の身体。
あたしはユータを守りたくて5年間も地縛霊をしていたんだから!
最後の難所は小学校とここを繋ぐ大通りを突っ切らなければいけないこと。
ユータの知る場所は保育園だけ。
きっと、両親はそう考えて張り込んでいる。
お間抜けにも見えてるんだよね…。
『ユータ君、背中に乗って。
走り抜けるから。』
最後に残った力を振り絞ることに決めた。
ユータを背負って駆け抜ける。
ユータの靴が傷に触れて痛いけど。
そんなこと、言えるかっ。
『松宮あっ。どーしたんだ、その傷?』
あたたちしを見つけてくれたのはセンセーだった。
センセー、ユータを頼みます。
ユータ、センセーにはほんとのこと話して助けてもらいなさい。
あたしの生きられなかった分も生きて。
幸せになって。
ユータを抱き締めながらかすれた声で呟く。
ああ、なんだか、眠たいや。
あたし、死ぬんだな。
でも、前に死んだ時より幸せかも。
ユータを守りきれた。
『お、お姉…ちゃん。』
ああ、わかっちゃった。
泣かないでよ。ユータ。
あたしはあんたの笑顔で見送ってもらいたい。
あんたの笑顔があたしの幸せ。
あんたの笑顔を守るためならこの命を投げ出すことも厭わない。
その日、一人の御霊が天に召された。
それによって、一人の人間が嘆き悲しんだ。
悲しみの涙は天に届き、神の心までも揺り動かした――――。