賢者様とご対面
冒険者ギルドを出るとサクラ一行は賢者クラスの冒険者の別荘へ向かった。
彼の名前はマーベスト。
魔法使いとしては最高クラスの冒険者で、彼に憧れて魔法使いとなる者も多かった。
最高クラスの魔法使いというだけあって冒険者ギルドでさばききれない程の依頼が舞い込む為、ガードの依頼も直接するしかなかった。
超多忙の彼が何故か昨日からギャザタウンの別荘に戻り、次々と依頼されるミッションを悉く断りつつ滞在しているのだという。
ケン:「ミッピーの話だと何か他に大きな依頼があってその依頼主を待っているんだってよ。」
サクラ:「そうなの?じゃあ私達が行っても無駄なんじゃない?」
ケン:「いやいやサクラちゃん。そこは俺の顔でなんとかなるよ。」
サクラ:「顔で?いや確かにケンちゃんイケメンだけどさ・・・」
レン:「そういう意味じゃねぇよタコ娘!ボケてんじゃねぇ!」
サクラ:「ボケてないもん!」
そう言うとサクラはふくれっ面をした。
三人はマーベストの別荘に着くと玄関の呼び鈴を鳴らす。
ケン:「こんばんわ~」
サクラ:「こんばんわ~」
ケンとサクラが大声で叫ぶ。
そうすると中から屈強そうなガードマンが現れる。
ガードマン:「うるさい・・・静かにしろ・・・」
強面でゴツイ体格のガードマンを見てケンは大人しくなった。
だがサクラはなおも大きな声でガードマンと交渉をはじめる。
サクラ:「あの!マーベストさんにガードをお願いしたいんです。今ご在宅ですか?」
ガードマン:「小娘・・・聞こえなかったのか?静かにしろ・・・」
サクラはなおも大きな声で話し続ける。
サクラ:「お願いします!マーベストさんとお話させてください!」
ガードマン:「聞いてないようだな・・・わかった・・・静かにさせてやろう・・・」
ガードマンはそう言うと拳を上にあげてサクラに振り下ろした。
ガードマンの拳が目の前に迫りサクラは目をつぶった。
ドガッ!
鈍い音がした後サクラがソーっと目を開けるとレンがガードマンの拳を片手で受け止めていた。
レン:「女に手をあげるんじゃねぇよ。オッサン。」
レンはガードマンを睨みつけ拳を握りしめる。
ギシギシという音がしてガードマンが苦悶の表情をしている。
そこへ優雅に法衣をまとった男が現れた。
マーベスト:「うちのガードマンが失礼した。離してやってくれないか?」
マーベストが優しく促すとレンはガードマンの拳を離した。
ガードマンは脂汗を流して手を押さえていた。
ガードマン:「このガキ・・・」
マーベスト:「おやめなさい。さあお入りなさいお客人。」
そういうとマーベストは別荘の中へサクラ達を案内した。
玄関を通って別荘の居間へ着くと、豪華なテーブルとソファーが置いてあり天井にはシャンデリアがつるされていた。
マーベスト:「さあそちらにおかけなさい。」
マーベストはソファに腰かけると向かいの三人掛けのソファを指さした。
サクラはペコリとおじぎをしてソファの真ん中に座る。
レンとケンは座らずにサクラの後ろに立った。
サクラはそんな二人の行動が不思議で声をかける。
サクラ:「二人とも何突っ立ってんの?座ればいいのに?」
キョトンとしているサクラをよそにレンとケンは緊張していた。
マーベストの冒険者としての戦闘能力は並外れていて、普通のたたずまいの中でも研ぎ澄まされたオーラが漂っていた。
マーベストは自分に紅茶を注いだ後、サクラにも紅茶を注ぎ差し出した。
マーベスト:「紅茶ですどうぞ。」
サクラ:「ありがとうございます。」
マーベスト:「そちらの二人もソファにおかけなさい。お茶を入れましょう。」
レンとケンはマーベストに促されても座らなかった・・・というか動けなかった。
レン:「俺はこのままでいいです・・・」
ケン:「俺も・・・」
サクラはなぜ二人の緊張した状態が続いているのかがわからなかった。
マーベスト:「先ほどはうちのガードマンが失礼をしたお嬢さん。」
そう言うとマーベストはサクラに頭を下げた。
サクラ:「ホントビックリしちゃった。いきなり殴ろうとするんだもん!」
レン:「バカ・・・オマエがでかい声だすからじゃねぇか・・・」
レンがマーベストから視線をそらさずにサクラをたしなめる。
マーベスト:「それでも女性に手を上げるのはいい事ではないよ。」
サクラ:「その通り!後であの人しっかり注意してね。」
サクラの怖い者知らずの発言にレンとケンはハラハラしている。
サクラは感じる事はできないがマーベストは三人に向けて威圧的なオーラを発している。
何かを試すようなオーラにレンとケンは必至で耐えていた。
それとは裏腹にサクラはあっけらかんと話を続ける。
サクラ:「あの・・・実はマーベストさんにお願いがあるんです。」
マーベスト:「ほう・・・仕事の依頼かな?」
サクラ:「はい、ムーンバルトへ行くのでガードをして下さい。」
マーベスト:「ムーンバルト?目的は?」
サクラ:「『レクイエム』を歌いに行くんです。」
『レクイエム』と聞いてマーベストの表情が変わった。
と同時に三人に向けられたオーラが突然引いて行った。
レンとケンは途端に緊張から解放されソファの背もたれによりかかった。
サクラはそんな二人を見てまたキョトンとした。
マーベスト:「もしかして君はサクラかい?」
サクラ:「あ、名前言ってなかったですね。そうです私サクラっていいます。どうしてわかったの?」
マーベスト:「君を待ってたからだよサクラ。久しぶりだね。」
そう言うとマーベストはサクラに向かってニッコリとほほ笑んだ。
サクラ:「久しぶりって私の事を知ってるの?」
マーベスト:「ああ、君がまだ三歳ぐらいの頃だから覚えてないか。」
サクラ:「あ!もしかしてマーおにいさま?」
マーベスト:「そうだよマーにいちゃんだよ。覚えていてくれたかい?」
レン:「マーにいちゃん?マジかよ?俺レンです!俺の事も覚えてる?」
マーベスト:「おーレンか!覚えてるよ!二人とも大きくなったなぁ。」
そう言うとマーベストは感慨深い表情になった。
サクラ:「マーおにいさまって冒険者だったのね?知らなかったわ。」
マーベスト:「モルツ村では冒険者ってことは隠していたからね。」
ケン:「あの?マーベストさん俺の事は知ってます?リュウさんの弟子のケンです。」
マーベスト:「ああリュウの・・・知ってるよ。ヤンチャだが将来有望な弟子だってね。」
マーベストにほめられてケンはデヘヘと照れている。
サクラ:「マーおにいさま。私のガード引き受けてくれる?」
サクラはお願いモード全開でマーベストを見つめる。
マーベストはときめく事もなく普通に対応する。
マーベスト:「サクラ・・・実はお前より先約の依頼があるのだよ。」
サクラ:「知ってるわ。でも私困ってるの。助けてマーおにいさま。」
マーベスト:「まあ聞きなさいサクラ。先約の依頼人はカミエル大神官。お前のお父さんだよ。」
それを聞くとサクラは驚いた。
サクラ:「お父様が?お父様が何を依頼したの?」
マーベスト:「お前のガードだよサクラ。」
サクラ:「え?え?どういう事?」
マーベスト:「先日私が仕事をしている時に伝書鳩が来てね。」
そう言うとマーベストはカミエルの手紙をサクラに手渡した。
マーベスト:「サクラが『レクイエム』を歌う事になったから助けてほしいという手紙を持ってきたんだ。」
サクラ:「お父様が・・・」
カミエルの手紙を読んでサクラは涙ぐんだ。
マーベスト:「オマエがギャザタウンでガーディアンを探すのは予想していたが、あいにく成長したオマエの顔がわからなくてね。それでこの別荘で待つ事にしたんだ。」
サクラ:「私がここに来ない可能性もあったのよ。その時はどうするつもりだったの?」
マーベスト:「冒険者ギルドにはサクラという名前でガーディアンを探す人間が現れたら私の所へよこすように手続きしていたんだが?」
レン:「あ・・・そういえば俺とかケンの名前でガーディアン探してた・・・」
マーベストはフーとため息をついてソファにもたれかかり天井を見上げた。
マーベスト:「危なかった・・・神よ感謝します。」
サクラ:「マーおにいさまもレンも迂闊ね。」
レン:「元はといえばオマエが自分で探さねぇからだろが!」
サクラ:「いいじゃない。結果こうして無事出会えたんだから。じゃあマーおにいさま。報酬は金貨何枚?50枚かしら?」
袋から金貨を取り出そうとしているサクラをマーベストは苦笑しながら手を前に出して遮った。
マーベスト:「いや、お金はいらないよサクラ。大神官の頼みだし、何よりオマエを助けるのにお金は必要ない。」
サクラ:「流石マーおにいさま!じゃあこの腕輪つけてね。最後の一つよ。」
そういうとサクラは腕輪を差し出した。
マーベストはまた手を前に出して遮った。
マーベスト:「『誓約の腕輪』だろ?それは私には必要ないよ。」
サクラ:「そう言われればそうね。マーおにいさまには必要ないか。」
マーベスト:「そうだね。ところで旅の支度は済んでいるのかい?」
サクラ:「ええ、荷物は宿に預けてあるからそこで一泊して明日の朝またここに来るわ。」
そう言うとサクラは立ち上がった。
マーベスト:「もしよかったら宿は解約してここに泊まりなさい。ギャザタウンの宿がいいならそっちで構わないが・・・」
サクラ:「ホント?じゃあレンとケンも泊っていいかしら?そうすれば明日旅立つのに都合がいいわ。」
マーベスト:「二人がそれでいいなら部屋を用意させるよ。どうだい?」
レン:「俺はそれでいいっす。」
ケン:「お、俺も・・・」
マーベスト:「じゃあ三人共荷物を持ってここに戻っておいで。それまでに部屋を整えておくよ。」
サクラ:「ありがとう!マーおにいさま!じゃあいってきます!」
そう言うとサクラは立ち上がり外に走って行った。
レンとケンもマーベストにおじぎをしてからサクラに続いて部屋を出て行った。
マーベスト:「あの子が『レクイエム』を・・・これも宿命なのか・・・」
そう呟きながらマーベストは窓からサクラが走る姿を見送っていた。