サクラ卒業
ここはモルツ村の教会。
ここでは神に仕える僧侶達が日々の祈りを捧げていた。
教会の長である大神官カミエルには毎日の日課があった。
それは聖水と呼ばれる教会の湧き水の中に呪文を唱え神の啓示を受けるというものだった。
今日もカミエルは聖水の泉に呪文を唱えていた。
『おや?』
呪文を唱えているといつもと違う様子にカミエルは気づいた。
呪文を終えた後、聖水の中にちいさな黒点が現れる。
その後も聖水はどす黒く変化をしていき一面真っ黒になる。
突然真っ黒い水がカミエルに襲いかかって来た。
思わず腕で顔を庇うカミエル。
ソーっと再び湧き水を見ると普通に戻っていた。
しかしカミエルの装束の袖が濡れている。
『なんだ?何か文字が・・・』
袖には黒く『サクラ』と書かれていた。
カミエルは全身の力が抜けた様によろめき両手と膝を地面についた。
カミエル:「ついにこの日が来てしまった・・・」
カミエルは涙を流し呟いた。
サクラはモルツ村の教会の修道女の一人。
父親が大神官ということもあり僧侶の見習いをしているが、いつしか冒険者のパーティーに参加する事を夢見ていた。
教会では歌で神に祈りを捧げる聖歌隊があり、サクラは聖歌隊のアルトパートのリーダーだった。
教会の床掃除の仕事をしながら今日もサクラは歌っている。
鼻歌まじりでクルクルと踊りながらモップをかけるサクラ。
厳格な父はこの振る舞いをはしたないとたしなめていた。
メアリー:「サクラ!サクラ!」
サクラの母の呼ぶ声に驚いてサクラはモップを落としてしまう。
あわててモップを拾い返事をするサクラ。
サクラ:「何?お母さん。」
教会の奥からメアリーが出てきた。
メアリー:「ああ、サクラ掃除をしてたのね?お父さんがお呼びよ。」
父の呼び出しと聞いてサクラは緊張した。
何だろう・・・思い当たる事がないとますます不安になる。
サクラはやや怯えた表情で奥の部屋の扉をノックする。
サクラ:「お父さ・・・大神官様。入ります。」
カミエル:「どうぞ。」
サクラが扉を開けて部屋に入るとカミエルはにこやかな表情で椅子に座っていた。
もう一つの椅子を手で示すとサクラに座る様に促した。
カミエル:「修行の方はどうだい?サクラ。」
サクラ:「はい、毎日大変ですが頑張ってます。」
カミエル:「白魔法を使える様になったと聞いてますが何を使えるのかな?」
サクラ:「回復魔法と人に勇気を与える魔法を覚えました。あと解毒と解呪の魔法も使えます。」
カミエル:「聖歌隊に所属していましたがレクイエムは覚えましたか?」
『レクイエム』と聞いてサクラは一瞬身構えた。
『レクイエム』は一般的には死者の魂を慰める歌だが、この村でいう『レクイエム』は特別な意味を持っていた。
サクラ:「はい。『レクイエム』を歌う事で死者の魂を慰める事もできるようになりました。」
カミエル;「そうですか。では貴方の修行は終了です。一人前の僧侶として認定いたします。」
サクラは思いがけない事に驚いた。
サクラ:「本当に?じゃあ冒険に出てもいいんですか?」
カミエル:「ああ、サクラ。本当に良く頑張ったね。卒業おめでとう。」
サクラは喜びのあまり飛び上がった。
サクラ:「やったー!冒険にでれるのね~!」
カミエルがやや顔をしかめてエヘンと咳払いをする。
途端にサクラは縮こまって謝る。
サクラ:「ごめんなさいお父さ・・・大神官様・・・」
カミエルの表情が柔らかくなり父親のまなざしに変化する。
カミエル:「いいよお父さんで。本当によく頑張ったね。」
サクラ:「お父さん・・・」
カミエル:「実は聖水のお告げがあってな・・・オマエに『レクイエム』の依頼があるんだ・・・」
カミエルはサクラがショックを受けるのではないかと心配した。
しかしサクラは嬉しそうに言った。
サクラ:「そうなの?行きます!」
カミエル:「場所はムーンバルト城で亡くなったのは国王の叔母のマーガレット様です。」
サクラ:「わかりました。ムーンバルト城までは10日程かかるでしょうか?」
カミエル:「そうだね。道中もモンスターが生息する森を行くから危険な旅になるはずだよ。」
サクラ:「だとするとガーディアンをどうしましょう?」
カミエル:「お前の幼馴染のレンはどうだい?彼は今や一人前の剣士で強さは保証できるよ。」
サクラ:「え~あのレンが?」
カミエル:「レン一人で不安ならばまずギャザタウンに行きなさい。そこでガーディアンを雇うといいよ。」
そう言うとカミエルは布の袋を取り出した。
中を開くと金貨がたくさんつまっていた。
カミエル;「金貨は100枚あるよ。一流のガードならば金貨20枚あれば雇える。二人くらい雇ってあとは旅に必要な物を買いなさい。」
サクラ:「お父さんこんなに必要ないよ。」
カミエル:「いいから持っていきなさい。『レクイエム』を歌うということがどんな事かわかっているよね?私が出来る事はこれくらいしかないのだよ。」
サクラ:「ありがとうお父さん・・・」
そう言うとサクラは涙を流してカミエルに抱きついた。
カミエル:「おやおや・・・大丈夫かい?サクラ。」
そう言うとカミエルはサクラを抱きしめて頭をなでて背中をさする。
サクラはカミエルの首にしがみつき涙をカミエルの胸でぬぐう。
サクラ:「怖いよ・・・お父さん・・・」
サクラのつぶやきにカミエルは胸を絞られるような気持ちになった。
カミエル:「大丈夫・・・どこにいても私の心はお前と共にある。」
そう言うとカミエルの目からも涙が流れ落ちた。