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後輩


「えーっと」


 葉隠花恋は僕が魔術師だった頃、よく一緒に仕事をこなしていた後輩だ。

 成績優秀で天才肌な彼女は、実際のところ平凡な僕をあっという間に追い抜いている。

 妖魔の掃討を二人だけで行ったこともあったけれど。

 戦力の要は明らかに花恋のほうで、僕はおまけみたいなものだった。

 ということもあって。

 ある程度、仕事仲間として気の置けない仲になっていたことはたしかだけれど。

 けれど、流石に不法侵入を笑って許すような間柄では、なかったはずなのだ。

 しかし、花恋は取り繕う様子もなく、僕の昼ご飯だったはずの作り置きと食べている。

 昼ご飯、どうしよう。


「……自分がいま何をしているかわかってる? 花恋後輩」

「ご飯食べてますけど」

「そうじゃなくて!」


 そういうことを聞いているんじゃあない。

 どうしよう、頭がくらくらしてきた。


「どうして僕の家に勝手に上がり込んで、なおかつご飯を食べているのかって聞いているんだけど」

「あぁ、そのことなら。えーっと……あっ、あったあった」


 質問に言葉で答えるでもなく、花恋は懐から何かを取り出した。

 そうして差し出されるのは、一枚の手紙だった。


「はい、これ」


 それを無言で受け取って、手紙を開いてみる。

 綴られた文章に目を落とすと、すぐに見慣れた名前を見つけた。


黒井彰くろいあきらって。支部長が手紙を?」

「そうですよー」


 僕がかつて所属していた魔術組合としての支部。

 そこの長であるところの黒井彰。

 目にする機会は、あっても遠い未来だろうと思っていたけれど。

 こんなに早くになるとは、思っていなかったな。


「えーっと……」


 黒井彰の名前に動揺しつつ、内容に目を通した。


「つまり――」


 手紙を読み終え、考えをまとめる。


「いま魔術組合では、僕を生かすか殺すかで揺れているってこと?」

「そういうことになっちゃいますね」


 食器の上が空になり、手を合わせながら花恋はいう。

 ごちそうさまは、心の中で言ったみたいだ。


「転生狐。魔術師を志した者なら、誰もが知ってる伝説の妖魔です。それが人間の人格を保ったまま現代に蘇ったんですから。それを利用するか、排除するかで揉めるのは当然ですよ」

「利用……排除……」


 たしかに、そうだ。

 転生狐という大妖魔がもつ力は大きい。

 うまく利用できれば、魔術界の莫大な利益になる。

 だが、同時に御しきれなければ大きな災いを招いてしまう。

 ハイリスクハイリターンの諸刃の剣だ。


「じゃあ、僕がなんの制約も受けずに自由にしていられるのは」

「まぁ、言ってしまえばご機嫌取りですかね」


 ご機嫌取り。


「利用するにしろ、排除するにしろ、決定するまでは大人しくしていてもらいたいですから。あえて自由を与えて、不満を持たせないようにしているんです」


 魔術師資格の剥奪は、危険な仕事に就かせないため。

 構築式の凍結も、監視もないのは、不満を抱かせないため。

 魔術界の決定がなるまでのご機嫌とり。

 自由を与えていれば、僕は暴れないと魔術界は思っている。


「そんな……確証がどこにあるんだ」


 転生狐として転生しながら、僕は人間の人格を保っている。

 それは奇跡的なことで、それがいつまで続くかわからない。

 ひょっとしたら明日、この人格が無くなっているかも知れない。

 本当は、地下の奥深くにでも監禁しておくほうがいいに決まっている。

 自分でもそう思う。

 なのに。


「もし一般人に被害が出たら……どうするつもりなんだ」

「それでも魔術界が標的になって大打撃を受けるよりマシだ。支部長はそう言っていました」

「それはっ……そうだけど」


 わかっているんだ。

 そんなことは。

 魔術界の存在は、人類を妖魔という脅威から守るために必要不可欠だ。

 それが機能しなくなるほどの打撃を受けたら、この国は遠くないうちに壊滅する。

 だから、多少の犠牲は覚悟してでも判断を下さざるを得ない。

 転生狐という妖魔は、それほどまでに危険な存在だ。

 あぁ、どうしてこんなにも、僕は楽観視していたんだろう。

 魔術師として返り咲きたいだなんて、どうして願ってしまったのだろう。

 僕は薄氷の上に立っている。

 いつ割れて、仄暗い闇の底に落ちるかもわからない。

 落ちたが最後、僕はもう人間の人格を保てないだろう。

 僕は危険な存在だ。

 やはり僕は、自由になるべきではなかった。

 生き返るべきではなかった。


「支部長は言っていました。先輩が先輩である限り、人に仇なすことはあり得ない。だから、決して妖魔に呑まれるなって」

「支部長……が」


 そんなことを。


「――っ」


 僕みたいな平凡を絵に描いたような魔術師を、支部長はよく見ていてくれた。

 ヘマをした時は叱ってくれたし、成功した時は褒めてくれた。

 よく気に掛けてくれたし、悩みの相談にも嫌な顔一つせず乗ってくれた。

 こんな、なんの取り柄もない僕なのに、支部長は僕のことを信じてくれている。

 僕はそれに応えたい。


「……花恋後輩。僕は、これからどうすればいい?」

「先輩はいま魔術組合本部預かりということになっています。だから、基本的には先輩は安全なはずなんですけど。それでも意思に反して、先輩を襲おうとする魔術師はいると思います」


 魔術師にも穏健派と過激派がある。

 過激派の動きは直情的で、後先を考えないことも多い。

 転生狐に不満を持たせるな。

 その決定を無視して襲うくらいのことは、するかも知れない。

 殺してしまえば何もかもが片付くから、なんて理由で。

 そう考えると、容易にその光景が目に浮かぶ。


「私たちでどうにか先輩の生存権を確立します。ですから、それまで――」


 その次ぎに紡がれた言葉は、僕が鉄格子の中でもっとも望んでいた言葉だった。


「生きてください」


 嘘でも、慰めでも構わない。

 僕は誰かに、生きていていいと、言ってほしかった。

 それがついに、叶った。


「……わかった」


 僕のすべきことは二つ。

 決して僕としての人格を失わないこと。

 そして、魔術界の決定が下るまで生き残ること。

 どちらも成し遂げてみせる。

 それが例え打算の上に成り立つものであっても。

 こんな僕を信じてくれた人たちのために。


「……ところで、話は戻るけど」

「はい?」

「どうしてここでご飯を?」


 それも不法侵入までして。


「勝手に食べちゃったことは謝ります。でも先輩、一晩中帰って来なかったじゃないですか。私、ずっと寝ないで待ってたんですよ? だから、どうしてもお腹が空いちゃって」


 だから、冷蔵庫に手が伸びたと。


「……近くにコンビニがあったはずだけど」

「緊急だったからお財布忘れちゃって」

「じゃあ取りに帰ればよかったんじゃ」

「支部長がなにがあるかわからないから、手紙を渡すまで現場を離れるなって」

「むーん……」


 なら、しようがない、のか?

 ご飯を食べていたことは、まぁしようがないとして。

 不法侵入の件については、どうなんだろう。

 大事な用件を伝えるために花恋は来たのだから、ここを離れられないのはわかる。

 玄関のまえでずっと待っていろ、というのも酷な話だ。

 だから、魔術で鍵を開けて不法侵入することもやむなしと言える、かも知れない。

 まぁ、いいか。

 花恋のことだから、邪なことはしていないだろう。


「けれど、物騒な話になってきたな」


 まぁ、僕が転生狐だと発覚したことより物騒なことはないだろうけれど。


「先輩が自由の身になってから一週間が過ぎました。そろそろ過激派の魔術師も行動を起こすかも――」


 瞬間、耳を覆いたくなるような轟音が、花恋の声を掻き消した。

 一瞬遅れて、身を攫うような爆風が室内になだれ込む。

 それには壁の一部だった瓦礫の破片が混じっていた。

 つまり。


「言ってる側から、来ちゃいましたね。先輩」

「うん、そうみたいだ。花恋後輩」


 それまで外の世界から室内を隔離していた壁が、見事に破壊されている。

 瓦礫が散乱し、酷く散らかったこの居間に、そして二人の男が舞い降りた。

 まず間違いなくそれは魔術師で、過激派の人たちだった。


「出来れば、玄関から来てほしかったけどね」


 その登場の仕方は、型破りにもほどがある。

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