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地下室


 魔術師として返り咲く。

 その決意をしてから、一夜が明けた。


「……そうだ。泊まったんだっけ」


 見慣れない部屋に一瞬戸惑い、遅れて思考が追いついた。

 この部屋は空き部屋で、僕が眠れるようにベッドを用意してくれた。

 嗅いだことのない匂いに、なかなか落ち着かなかったけれど。

 最後には、きちんと眠れたみたいだ。


「おにーちゃん。おきてるー?」


 起き抜けの冴えない頭でぼーっとしていると、元気な声が聞こえてくる。

 部屋のまえに子供のうちの誰かがいる。

 僕を起こしに来てくれたみたいだ。


「うん、起きてるよ」


 そう返事をすると、がちゃりと扉が開いた。

 中に入ってきたのは、たしか翔太くんだったかな。

 翔太くんはゆっくりと、ベッドの側にまで歩いてくる。


「あのね。もうすぐ朝ごはんができるから、おこしてきてって言われたの」

「そっか。ありがとう、すぐ行くよ」

「うん!」


 元気よく返事をして、翔太くんはぱたぱたと駆け足で去って行く。

 僕はそれを見届けてから、ふと窓の外へと目を向けた。

 太陽の位置をみて、時刻をかるく予想してみる。

 けれど、すぐにそれは取りやめた。


「……今日、祝日だっけ」


 学校に行かなくてもいい日。

 学校に行けない日。

 一人で家にいるのは好きじゃない。

 だから僕は元々、休日と祝日が苦手だったのだけれど。

 いまは不思議と嫌じゃなかった。


「なんだか……夢、みたいだ」


 朝、誰かに起こしてもえらえる幸せ。

 僕はそれを体験できた。

 家族がいるというのは、こんな感じなんだろうか。


「……行かないと」


 足を動かし、扉へと向かう。

 心のそわそわは、すこしだけ小さくなっていた。


「――ごめんね、食器洗うの手伝わせちゃって」

「謝ることないよ。夜も朝もごちそうになったんだから、このくらいのことはしたいんだ」


 朝食のあと、僕は愛海の隣で皿洗いをしていた。

 孤児院には子供がたくさんいるとあって、一度の食事で食器の数が膨大だ。

 基本、一人分の食器しか一度に洗わない僕からすると、経験したことのない量。

 愛海たちは、毎日、こんな大量の食器と格闘していたのか。

 それを想像するだけで、疲れてしまいそうだった。


「昨日は凄かったねー。色んなことが一度に起きちゃってさ」

「そうだね。昨日みたいな日は、僕もあまり経験したことがないや」


 魔術師として経験してきた日々と照らし合わせても遜色ない。

 大忙しの一日だった。


「やっぱり、魔術師って妖魔と戦ったりするの?」

「そうだよ。まぁ、僕は平凡だったから、そんなに強い妖魔とは戦ったことがないんだけどね」


 危険な妖魔の相手をするのは、いつだって一線級の魔術師だった。

 僕は彼らの後ろに立って、討ち漏らした弱い妖魔を叩くのが専門だ。

 それ以上を望めば、早死にするのは目に見えていたから。

 まぁ、僕はそれすらも失敗して、結果的に魔術師をクビになったのだけれど。


「透くんって、一年のときも私と同じクラスだったよね?」

「そう……だったっけ」


 その頃はまだ魔術師で忙しかったからな。

 学校ではいつも冬馬と一緒だったし、ほかのクラスメイトのことはよく憶えていない。

 記憶がどうにもあやふやで、愛海がいたかどうかは正直なところわからなかった。


「そうだよ。あー、透くん憶えてないんだー」

「ご、ごめん」

「なんてね。冗談、冗談。へへー」


 そう、いたずらな笑みを愛海は見せる。

 この笑顔も、愛海が人気者たる由縁なのかも知れない。

 そう思った。


「でも、そっか。一年以上、同じクラスだったのに知らなかったな。透くんが魔術師だったなんて」

「僕も愛海が半妖だったなんて知らなかったよ。どこか学校の外で、会う機会があったかも知れないのにね」


 たとえば、昨日のように。

 魔術師と半妖なんだ。

 もっとはやくに遭遇していても、不思議ではなかった。


「……あのさ、これも何かの縁だよね?」


 愛海の手が止まる。

 視線を合わせ、僕を真っ直ぐにみる。


「一つ、透くんに頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと?」


 改まって、どんなことだろう。


「私に魔術を教えてほしいの」


 魔術を教えてほしい。

 冗談や軽い気持ちで、言っているようには見えない。

 本気で魔術を習得したいと、そう願っている目をしている。

 僕は流していた水を止めて、愛海に向かい合う。


「……理由を話してくれるかな?」


 とにもかくにも、それを聞かないことには始まらない。

 承諾するにしても、拒否するにしても、知らなくてはならないことだ。

 元魔術師として。


「あのね。半妖が妖魔に狙われやすいってことは知ってるでしょ?」

「うん。知ってる」


 だから、半妖は保護対象とされている。

 一部、保護の必要がない者たちもいるけれど。

 どころか、魔術師に反旗を翻す者もいるけれど。


「うちのチビたちも、これまで結構危ない目にあってたりするんだよね。今はなんとかなってるけど、いつ手が回らなくなるとも限らないからさ。いまのうちに、備えて起きたいんだよ。あの子たちを、護れるだけの力を」


 僕が愛海に使って見せた魔術は二つ。

 回式一号、白。

 護式二号、虎狼双門。

 どちらも護るための魔術だ。

 だからこその願い。

 まだ幼い子供たちを護るに相応しいものだと判断した。


「……魔術は、そう簡単に人に教えていいものじゃあない。魔術界でも許可がないと教えることはできないんだ」

「……そっか。あはは、ごめんね。無理なこと言っちゃったね。このことは――」

「でも」


 愛海の言葉を遮るように、言葉をかぶせる。


「でも、僕はもう魔術師じゃない。魔術界とは関わりのない、ただの一般人だ。だから」


 本当はいけないことだ。

 禁を破ることになる。

 けれど、彼女なら悪用はしないはずだ。

 邪悪から弱きを護る。

 その思いは、魔術師の理念として十分すぎる。


「いいよ。僕が使える魔術でいいのなら」


 そう言うと、暗い顔をしていた愛海が、一気に明るくなる。


「ありがとうっ! 私、絶対、ぜーったい、魔術を使えるようになるからね!」


 そんなに喜んでくれると、こちらも教える甲斐がありそうだ。


「じゃあ、いつから始めようか」

「えっと、これが終わってからじゃ……ダメ、かな?」


 食器を片付けてからか。

 すぐになってしまうけれど、間をおく理由もないか。

 幸い、魔術習得の初期段階に、大した準備は必要ないし。


「わかった。じゃあ、さっさと片付けよう」

「うん! よーし、やるぞー!」


 張り切って、僕たちは皿洗いに挑みかかった。

 あっと言う間に、頑張りの甲斐あって食器洗いは完了する。

 綺麗になって積み上がったそれを見て、満足げに僕たちは頷いた。


「じゃあ、始めようと思うんだけど」


 場所がここじゃあ、始められない。


「どこか人目につかない広い場所ってないかな?」

「人目に付かない広い場所……グラウンドは?」

「うーん」


 この孤児院は、建築物の密集地にある。

 ほぼ中心地で、グラウンドは周囲の建築物で区切られている。

 酷く見通しが悪い代わりに、人目を避けられて目立たないという利点がある。

 そういう意味では、グラウンドも悪くはないけれど。


「できれば、子供たちにも見せたくはないかな。あと、危ないし」


 それに子供たちの憩いの場を、僕たちの都合で占領するのは気が引ける。


「そうだなぁ……じゃあ――」

「地下ってのはどうだ? ついでに俺も一枚噛ませてくれよ」


 不意に第三者からの案がでる。

 そちらへと目を向けると、凜くんが立っていた。


「凜、いつからいたの?」

「姉貴が魔術を教えてくれってあたり」

「聞いてたんなら手伝ってよ! もう!」

「今日、俺の当番じゃねーもん」


 そういうところは、子供っぽいな。

 凜くん。


「それで、地下って言うのは?」

「あぁ、ここね。広い地下室があるんだ。ちょっとやそっと暴れても問題ないくらい頑丈なの。まぁ、地下シェルターみたいなものかな」

「……なんでそんなものが?」

「さぁ? ここの前の持ち主が造ってたものだって聞いたけど」


 およそ、孤児院には不釣り合いな代物だ。

 ひどく物騒な場所だけれど、そこなら場所としては最適だ。


「でも、お母さんがなんて言うか」

「お母さん?」

「うん。ここを買い取って孤児院にした人。私たちみんなのお母さんだよ」

「そっか。お母さんか」


 僕はもう、顔も思い出せないや。


「いいじゃん、別に。今日中に帰るって言ってたけど、何時になるかわかんねーし」

「んむむ……まぁ、そうだね。どうせ、そこしか場所ないし」

「じゃあ、決まりだね」


 愛海に加えて凜くんも参加することになり、僕たちは地下室へと移動した。

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