表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/8

不意打ち


 大真面目にハーレムなんて言葉を口にする人に出会ったのは、これが初めてだ。

 恐らく、今後の人生において彼以外とは遭遇しないだろう。

 それくらいの衝撃が、僕を揺らしていた。


「ボクはこの国の法律というものに嫌気が差している」


 衝撃が抜けきらないまま、彼は話を続けていく。


「なぜ! 人は一人しか愛してはならないのか! 人の愛に限りなどなく、尽きることなどない! だからこそ、ボクは思うんだ。ボクという巨大な愛は、幾人もの女性に行き渡るべきなのだと!」


 なにを言っているんだ、この人。

 言っていることの半分も理解できない。


「キミもそのうちの一人さ。愛海」

「気安く話かけないで」

「うーん。キミはいつも恥ずかしがり屋さんだね」


 あぁ、この人。

 人の話をまったく聞かないタイプの人だ。

 相手をしていて、もっとも疲れる人種だ。


「あのさぁ、もういい加減にしてくれないかな? 私、そのハーレムって奴に微塵も興味ないんだけど」

「最初は誰もがそうさ。自身の常識、倫理観や道徳心によって、見慣れないものを嫌悪する。だが、だからこそ、一歩足を進めてほしい! 恐れることなく! そうすればわかる! ハーレムの素晴らしさが!」


 熱弁を重ねる彼だったが、彼を見る目はひどく冷たいものだ。

 ハーレムという言葉で隠してはいるけれど。

 結局は、己の肉欲を存分に満たしたいという願望な訳で。

 一夫多妻、多夫一妻が認めてられている国ならまだしも。

 この国で、その理論は通用しない。


「あの人はいったい……」

「姉貴に付きまとってる厄介な半妖だよ。何回フっても、ああやってしつこく言い寄ってくるんだ。ま、ポジティブなストーカーだな」

「それはまた……」


 陰湿なのも厄介だけれど。

 ポジティブなストーカーというのも、それはそれで困りものだ。

 しかも彼は人の話を聞かない。

 始末が悪いにもほどがある。


「どうしてかなぁ。どうすれば、キミは素直になってくれるんだい? このボクが、こんなにも尽くしていると言うのに」

「お前のはただの押しつけだろうが」

「うるさいぞ、義弟風情がっ!」


 対象が牙城さんから外れると、途端に彼は牙を剥いた。

 豹変して暴言を吐いた。

 そういうところが、牙城さんに好かれない理由なんじゃないのかな。


「おっと、失礼」


 しかし、それも一瞬のこと。

 すぐに彼は平静を取り戻して、口調を整える。


「ボクとしたことが、うっかり我を失ってしまっていた。すまないね、義弟おとうとくん。ところで……」


 彼の視線が、今度は僕へと向かう。


「狐のキミ。キミは初めてみる顔だね。察するに、この孤児院に新たに加わった家族、と言ったところかな」

「あぁ、いや、僕は」

「んん? 違うのかい? なら、キミはどうしてここに?」

「えーっと」


 どうするべきか。

 ここに来た経緯くらいなら、話しても問題なさそうだけれど。

 この人、変な人だしな。

 出来るだけ、自分の情報を彼に与えたくない。


「――冴島くん、ごめんね」


 小声で、牙城さんは僕に謝った。

 その意味がわからずにいたけれど、直ぐに理解する。


「このさえ――透くんは私の彼氏だから」


 牙城さんは僕の腕に抱きつき、そう宣言する。

 突然のことで、僕の頭の中は真っ白になっていた。

 いま、なんて言った? 彼氏? 僕が?


「は?」


 ばさりと、薔薇の花束が地面に落ちる。

 わなわなと身体を震わせ、目は信じられないものでも見るようだった。


「な、なにを言っているのかな? 愛海……ボ、ボクというものがありながら……」

「私が誰と付き合うかは私が決めることなのっ、これでわかったでしょ? もうここには来ないで!」


 あまりのことに面食らってしまったけれど。

 ようやく状況が飲めてきた。

 つまり、僕を彼氏ということにして、この場を乗り切ろうとしているんだ。

 すでに恋人がいるのなら、諦めてくれるだろうと。

 そのための謝罪の言葉だった。


「き、狐のキミ……それは、本当なのかい? 冗談なんだろう? そうさ、そうに決まっているっ!」

「えーっと」


 ちらりと、牙城さんのほうを見る。

 牙城さんは、小さく頷いた。


「そう……ですよ。僕は、がじょ――愛海の恋人です」


 ここは話を合わせるのが無難だと思う。

 こう言うことで彼が大人しく帰ってくれるなら、面倒がなくていい。

 半妖同士、助け合うなら、これくらいのことには協力しないと。


「そんな……」


 ひどく動揺した様子で、その場から何度か後ずさった。

 よほど打ちのめされたのか。

 彼の視線は足下を向き、真っ直ぐな姿勢は折れ曲がり、力なく両手がだらりと下がる。


「……のか?」


 そんな中で、彼がなにかを呟く。


「なに? 聞こえな――」


 そして、それは大声となって響き渡った。


「――もう身体を重ねたのかと聞いているんだァ!」

「なっ――ななっ!?」


 なんだ、あの人。

 いったいなにを口走っているんだ。

 いくら動揺しているからと言って、言っていいことと悪いことがあるぞ。


「――ふー、その初心な反応からして、どうやらまだのようだね」

「……さいってい」


 きっと話の内容がわからない子供たちと、彼自身を除いて。

 この場にいる誰もが同じことを思っただろう。

 この人は本当に、手の施しようがないほどに、他人に対する気遣いがない。


「なんとでも言いたまえ。肉体関係がないのであればそれでいい」


 先ほどから態度を二転三転とさせながら、彼は落ち着きを見せる。


「キミはまだ汚れを知らない綺麗な花だ。しかし、綺麗な花ほど寄りつく虫は増えてしまう」


 彼の視線が僕を射抜く。

 それには明確な怒りと憎悪が含まれていた。


「虫は、駆除しなければならない」


 そう言って、彼の右手が僕へと向かう。


「こんな風に」


 彼は指先で虚空を弾く。

 瞬間、身体は反射的に防御の体勢を取った。

 直感とも、悪寒とも言える、なにかを感じとったからだ。


「――」


 狐尾を積み上げ、身を覆うように盾となす。

 そうすることで障害物を配置し、彼の射線を切った。

 その直後、狐尾に衝撃と鋭い痛みが走る。

 刃物のような何かで、斬りつけられた感覚がする。

 表面がすこし斬れた。

 黒の狐尾から赤い雫が滴り落ちている。


「ほう、なかなかやるものだ。首を落とすつもりだったのだがね」

「――三陰みかげ! あんたっ!」

「愛海は黙っていてくれたまえ。これは男と男の勝負だ」


 狐尾を治癒させながら、ゆっくりと盾を解く。

 尾の隙間から見えた彼は、不適な笑みを浮かべていた。

 一歩間違えば、子供たちに当たっていたかも知れないのに。


「――牙城さん。狙いは僕だけだ。今のうちに子供たちを中に」


 このままだと子供たちを巻き込みかねない。


「……わかった、でも冴島くんは」

「僕はここで彼を引き付けておくよ。幸い、彼は僕に用があるみたいだしね」

「……ごめんね、こんなことになるなんて」

「いいよ。質の悪い半妖の相手をするのも、僕の役目だったから」


 僕はもう魔術師ではないけれど。

 その理念まで、捨てたつもりはない。

 魔術師とは、邪悪から人々を護る存在だ。

 僕のまえに立つこの人は、邪悪以外のなにものでもない。


「それに――」


 ゆっくりと歩いて、三陰と呼ばれた彼のまえに立つ。


「僕はすこし怒っている」


 僕を取り巻くしがらみは、一先ず隅へと追いやろう。

 うだうだと、小難しいことを考えるのはあとだ。

 いまは彼を、一発殴らないことには気が済まない。


「いい度胸だ。這い蹲らせたくなる」


 妖力を高め、頭の中に構築式を描く。


「這い蹲るのはあなたのほうです」


 完成した式に、妖力を流し込む。


「こう見えて、元魔術師なので」


 妖術は、形となって顕現する。


護式二号ごしきにごう虎狼双門ころうそうもん


 前門と後門。

 二つからなる結界が、僕たちを外界から隔離する。


「ほう、これは?」

「結界ですよ。周りに被害を出したくありませんから」


 これで周囲を気にすることなく、暴れられる。


「それはそれは素晴らしい。棺桶を自ら用意するとはね」

「あなたのために用意しました。遠慮はいりませんよ」

「はっはー――いらないお節介だ」


 彼は――三陰さんは地面を蹴る。

 開戦の狼煙は、静かに立ち昇った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ