『獣の子』
この村には、ある掟がある。
“満月の夜は、子供から目を離すな”
それがいつから言われているかは分からぬが、それを破れば子供は消えるという。
「なぁ、今晩は満月だな」
男は昼の空を見ながら嫁に言った。嫁もつられて空を見る。
「そうですね」
嫁の腕には寝息を立てる赤子がいた。つい先日、這うことを覚えたばかりの子だった。
だからだろう、彼らは油断した。夜も深くなる頃、落ちてくる瞼を必死に開けていた彼女も眠りについてしまった。嫁がいるからと高を括っていた男も、早くに寝てしまっていた。
辺りは静まり返る。それを見計らったように、雲に隠れていた月が顔を出す。それが合図だと言わんばかりに、子供は目を開ける。
歩ける者は立ち上がり、動けぬ者は月へと手を伸ばす。それは皆、やはり子供ばかりだった。
そこの家の子も、家から出た。まだ始めたばかりのそれにも関わらず、月を背にした山へと這っていく。まるで何かに呼ばれるように、闇へと姿を消した。
そして、朝が来る。
日が昇る頃、何処かへ向かおうとする子供は何かが切れたように眠りにつく。子供を抑えていた大人も、それを見て眠りにつく。
その夫婦はハッと目を覚ました。だが、時は既に遅く、赤子の姿はなかった。ただ、這った跡が山へと続いていた。
夫婦は山の中を探し回った。だが、どこを探しても見つからず、泣き声さえ聞こえてこなかった。
男は嫁を叱った。「お前が寝こけたせいだ」と。
嫁は泣いた。「貴方だって眠っていたじゃないですか」と。
その声は山へと入っていく。そして木霊するように赤子の笑い声が山に響いた。夫婦は急いで山に入ったが、やはり、どこにも赤子の姿はなかった。
そして、5年の月日が流れた。
5年の間に、2人の子供が村から消えた。親の拘束を解いて逃げた者、少し目を離した隙に姿を消した者。どれも帰ってはこなかった。
ある満月の夜、いつものように不気味に輝く月を男は眺めていた。
月に雲がかかった時、山から獣の声が聞こえた。それは犬の遠吠えのようで、どこか聞き覚えのある声だった。
男は慌てて山へと入った。草を掻き分けて進んだ。進んで、進んで。ようやく山頂付近へ辿り着いた。
そこには狼がいた。
それは男を一瞥すると、興味のなさそうに踵を返した。それが向かう先には人間の姿をした獣がいた。眼を闇夜に光らせ、歯を剥き出してこちらを威嚇している。
3人の獣と1匹の獣は男の前からその身を眩ませた。だが、男はハッキリと見ていた。3人の獣の中に、自分の子がいたことを。
「満月の夜は、子供から目を離しちゃいけないよ。月に惹かれて山へと行っちまうから。行ったら最後。もう2度と帰ってこないよ。だって、もう獣の子になってるからね」
今日も満月の夜がやってくる。月に惹かれて子が起きる。子供を獣にやりたくなけりゃ、しっかり眼を光らせて見張っとくんだね。
そう微笑む老婆は、二つの目玉を黄色く光らせていた。