第二話 狩るもの、狩られるもの
それから数日の時が流れ、リオンは一時欠かさず鍛練を続けて体が五歳児の体じゃないくらいなものに成って行った。
その数日と言うのはこの 聖天の谷 の外の時間で数日である。その谷の中に居るリオンはそれ以上の時間を体感していて、数日で数ヶ月分の鍛練をこなしで来た。
そのお陰で今のリオンの体は健全な成年男子よりも力強く上に素早く動けるのだ。
しかし当然全部が全部良い事で訳じゃない。体感時間が長い分腹も減る回数が多くなり、元々 聖天の谷 に漂う空気は人の身には霊薬みたいなもので多少の空腹感をも満たす事が出来るしその中に居ると腹も減り難い。
でも今や成年男子すら遣り遂げる事が不可能に近い鍛練を毎日で自発的に休憩を取ること無く続けて来たリオンにはその効果も微々たるものでその所為で マギウス が魔道具 次元宝庫 の中に溜めていた食料も凄まじい勢いで減って行く事になった。
幸いこの 聖天の谷 には色んなものが生息していてそれら全部食べられるものでその多くはこの世の珍味とも言えるものなのだ。
そんな情報は本来のリオンに接する事の無いものだが、何を言ってもかの マギウス の記憶の中にもあった情報だからリオンにもそれを知り得たのだ。
それで今はその為食糧確保の為にリオンは初めてこの 聖天の谷 の探索を始めた。
マギウスの記憶の中にはそう言った情報はあるものの詳しくは無い、何故なら以前 マギウス は情報などを頼らずに単純に自身の探索技能で獲物を見付けで来たからだ。
そんな情報などが不確かな中リオンは調べ尽して探す事にした、まだ未熟のリオンにはそれしかないからでもあるのだ。
リオンはある方向を定め、ひたすらにその方向を沿えて前へ進む事にして、その日内に帰ってこれる所まで行きそして引き返す その単純の動作の繰り返しだ。
初めの日は上手く行かずに手ぶらで帰還したが、その翌日では獲物自体は取れなかったがその痕跡を見つける事が出来た。
その日の夜にリオンは準備を確りと整え、更に翌日の朝日が昇ると共に獲物を狩る為に洞窟から出た。
最初の時にリオンは全速力で走り、その痕跡が発見した場所に近付くと次第に速力を落し、段々ゆっくりなり、歩くくらいまでに速度を落とした。
その痕跡のある所が直ぐ目の前まで来た所でリオンは樹を隠蔽物として使い、待ち伏せて居た。
そして数分の時間が流れたのを感じた所でようやく動きがあった。
四足で歩く魔物 魔獣が一匹草叢から姿を見せた。
その姿はこの アデン で一般的に生息してるオークと良く似ていて違う。あの真っ黒の皮膚と地を這い付いたように四足で歩くその姿は紛れも無く ジ・オーク なのだ。
リオンは当然この目で珍獣 ジ・オーク を見たことがない、しかしマギウスの記憶の中にはそれがあり、それを通して今目の前にあるものは何なのかリオンにも知る事が出来た。
リオンは ジ・オーク を獲物として認識し、身を潜めながら音を立たないようにゆっくり 次元宝庫 から剣を引き抜いき、そして動き出して ジ・オーク に接近しようとした。
しかし動き出す瞬間の音で ジ・オーク は直ぐに反応し逃げ出した。
リオンはこの状況を見てめっけずその後を追って行く。一般の成人男子以上の身体能力を持つリオンは全速力で追い掛けて行き、しかし ジ・オーク もその速力が速くそしてまるで知性があるように地形が悪い所ばかりを通る、その度にリオンは減速せざるを得ずに ジ・オーク との距離を縮む事が出来なかった。
高い身体能力を保持しているとは言え長く追い続けたリオンは次第に体力が持たなくなり、やむを得ずに追う事を辞めた。
力を使い果たしたリオンは初めて意識を保ったまま面向きに倒れてしまった。
「とう、はぁ、とりにがし、してしまった、はぁ、はぁ」
地面の上にそのまま倒れたリオンは荒い息を吐きながら捕まえない事を呟いた。
そして長くない時間が過ぎ、この谷が漂う霊気のお陰でリオンは回復し、立ち上がれるようになった。
リオンが立ち直った後に 次元宝庫 からもう一つの魔道具 とけい を取り出し、時間を確認した。
その とけい と言う魔道具はこの谷の中で居ても外と同じ時間を示すことは出来るが日付けまで示すことが出来ないから大した作用にはならない、しかし単純に休憩や食事などの事を行う際には有用だ。
リオンが とけい で確認した結果もう既に昼食の時間と通り過ぎて居る事に気付き、次元宝庫 の中から残り少ない食料の一部を取り出し、遅めの昼食を取ったのだ。
昼食を済ました後、リオンは再び食料探しの為に出発した。
しかしその日のリオンは他の動物や魔獣などを一匹たりとも狩ることが出来ず、収穫が無いまま洞窟の戻った。
それからの数日リオンは獲物として ジ・オーク だけを狙い、時にはその逃げ道を塞ぎ、またある時は落とし穴などの罠を仕掛ける。
しかしながら俊敏の ジ・オーク にそれらの小細工は通じず、道が塞がれても樹の上へ登るのや普通なら通ると思えない所を通る、落とし穴や他の罠は尚の事効果が悪く、それらの罠を完全に見抜いたようにピンポイントで回避し、上手く隠蔽したものは触発されても完全に逃げ切られてしまう連続だった。
リオンの狩りは上手く行かず、その所為で食料の問題は酷くなる一方なのだ。
そしてとうとう食料が三食分しか残らない時にリオンは一時的に ジ・オーク を狩るのを諦め、果物や食用植物を採る事にした。
幸いにもマギウスの記憶にはそう言った類の知識もあるから、リオンは変な回り道をせずに食料を確保する事が出来、食料の問題を一時的に解決したリオンは再び鍛練に明け暮れ、ジ・オーク 狩りのリベンジを心でそう決めた。
そこから更に月日は流れ、谷の外の時間で一年くらいが経過した。
五歳だったリオンは六歳になり、しかしずっと谷底にいるリオン自身は己がまた一つ歳が増えた事を知らずただ自身の背が少し伸びた事と少しずつではあるが確実に強くなった感じがしたくらいのものなのだ。
そして自分自身の力を一時的に確かめるべく、リオンは前に決めた ジ・オーク へのリベンジを遂行する事にした。
一年 それは谷の外での時間で、谷底に生活してるリオンには数十年もの時間が経過したと感じる筈だった。でも幸いと言えるだろうか、リオンは日を数えたりせずにただただ一心に鍛練に明け暮れたのだ。
そんな長い時が経ったにも関わらずリオンは一年以前での狩りの経験をきっちりと憶えていて、それらをただの記憶ではなくきちんと己の糧として取り込み、ジ・オーク の追跡を開始した。
リオンは最初に ジ・オーク を発見した場所へ向かい、その場で身を潜み獲物の登場をひっそりと待つ事にした。
待つ事数分もしない内に獲物が現れた、リオンは息を止め、獲物がより接近して来るのを待ち、そして完全に気配を隠してるリオンに獲物は気付かずゆっくりとリオンの方へ近付いて行った。
獲物がリオンの先数メートルしかない所まで来て、チャンスだとリオンは睨み、この機を乗じて奇襲を仕掛けようとした。
リオンは力を抜き軽く右手を剣の柄の方に添え、左手が鞘を少し力を入れ握り締め、そして止めた息をゆっくりと吐き、全部吐き出したら今度速くで一気に息を短く吸い込む。
息を吸い込む瞬間は短くしかし臆病者である獲物にはそれを捕らえる事は容易で、その息が吸い上げると共に獲物は逃げ出そうとした。
しかしリオンはちゃんと前の経験からそうなると予測していて、彼も息を吸い込むその瞬間に右足に力を入れ、地を蹴りそしてすかさず左足を前に出し力いっぱい地を蹴り更なる加速を計り、成功した。
加速でリオンは獲物が動き出す前にその目前まで迫り、そしてそれと同調して右手の手首から手掌と指先まで力を込み、剣の柄握り締めた瞬間に抜き出し獲物の喉元を狙って一閃した。
余りにも早い一閃に獲物は知覚できず、斬られたとも知らずにその場かか逃げ出そうとする、しかし知覚されていなくとも確実に斬られた獲物は前へ進めず張り詰めた糸が切れたように倒れ込んだ。
「よっしゃ~!リベンジ成功だ!」
リオンはギュッと左手を握り締めカッツポーズを取り、天に突き刺すように左手を高く上げて叫んだ。
少しの間勝利の余蘊にリオンは入り浸っていた。そして後から緊張が解けたリオンのお腹が情けない音を立った事でリオンを現実に引き戻した。
「折角だし、これを食べよう。うん、それにしょう!」
お腹が空いたリオンは名案を思いついたようで勝手に頷き、獲物の死体に近付いた。
リオンはマギウスの記憶から得た解体の知識を利用して、そのまま獲物の死体を持ち上げ先ずは血抜きをした。それが終って今度は手に持つ長剣で獲物の腹裂き内臓引出し一枚の布で包み、血抜きも内臓処理もした獲物の死体と一緒に 次元宝庫 に入れて、最初に堕ちてきた時のあの河の方に向かった。
あの河でリオンは取ってきた獲物を出して、それを洗い、更に不浄の部分も切り捨て、洞窟の方へ戻って行った。
洞窟に戻ってからリオンは直ぐ洞窟の付近に一つ小さめな穴を掘りそこにさっき布で包んだ獲物の内臓を入れ、次元宝庫 から七本の木の棒と火打石を持ち出した。
リオンは三本ずつで木の棒を樹藤で一端を固く縛り、三脚を作って、それを支えとしてさっき掘った穴の両側に一つずつ設置し、残りの一本の先端を長剣で尖るように細くして鋭くにした。そしたらその木の棒で獲物を串刺しにして木の棒で出来た二つの三脚にそれぞれ一端を乗せた。
そしてそれらが出来た後に火打石を打ち合い、火を付けようとして、何回も繰り返した。それが何回目かようやく火花を上手く掘った穴の中の内臓に移り、無事火を起こした。
リオンは燃え上がる火から少し離れた所でその熱で体を温め、更に懐から魔道具 とけい を取り出し時間を計りながら焼き上がるのを待っていた。
マギウスの記憶で知り得たもので、リオンはきっちりと時計で十分と言う時間の間を待ち、それが過ぎたと知ってリオンは焼き上げた獲物を串刺しにしている木の棒を取り、焦らずきちんとふうふうしてからそれにがっぶりと噛み付いた。
そして ジ・オーク の肉をたっぶりと堪能して、リオンの一日は終わりを迎えた。