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7話 現状を知って

 恐怖の元凶を心の底から恐れるウーリは、身体の震えがなかなか治まらなかった。

 過呼吸気味でもあったので、俺は安心させるように翼で抱きしめ続けていた。


 ウーリが落ち着いた後、俺とウーリは手ごろな岩の上に腰を下ろす。


 大きな羊はウーリがどこかに転移させていた。きっと元の場所に帰したのだろう。

 俺はウーリが心細くならないようにと声をかける。


「怖かったらいつでも頼ってくれ。まあ、今の俺じゃあまだ心細いかもしれないが、すぐに強くなるから」

「そんなことないよぉ? 今でもはーちゃんは頼れるよぉ」


 不思議そうにこちらを見上げて首を傾げるウーリは、さっきまでの恐怖をどこかに置いてきたかのようにスッキリとした表情をしていた。……どうやら本心から俺を頼ってくれているようだった。

 その期待にはぜひとも応えたいと思う。


「ありがとうな」

「えぇ? ウーリがありがとぉだよぉ?」

「いや……まあ、そうか」


 きょとんとするウーリがおかしくて、俺は小さく笑う。

 すると、ウーリもつられたようにふわりと笑った。


「ふふぅ。はーちゃん楽しぃ?」

「え? ……そうだな、……楽しいかもしれない」


 純真無垢なウーリといると、信念の重責や将来の不安などを忘れられる気がする。

 また、ウーリの言動がたまに思考の空白を突いてくるので、それがなんだか面白くて、楽しいと思えた。

 まあ、ウーリが可愛いからというのもあるのだろうが。


「ウーリはねぇ、嬉しぃ!」

「嬉しい?」

「そぉ! はーちゃんがウーリの味方になってくれたからぁ」

「……今までウーリの味方はいなかった?」

「会話してくれる人はいたけどぉ、コワイノをやっつけてくれる人はいなかったよぉ」

「……そうか」


 少し悲しいことではあるが、ウーリの味方がいなかったのは当然のことだ。

 俺には信念があるから立ち向かおうと思えるが、そうでなければ、恐怖の元凶なんて絶対に相手にしたくはない。歯向かう気持ちすら起きないだろう。

 圧倒的に強く、それでいて、根源的に怖い。

 自殺志願者ですら、裸足で逃げ出すに違いない。

 立ち向かえるとしたら、救いようのない根っからの勇者か、どこかでネジの狂ったバカか。

 ……俺は、後者だな。俺にとっての信念とはそういうものだ。


「はーちゃんはぁ、ウーリの初めての味方なのぉ! うりぃ!」


 そう言ってウーリは俺に抱き着いてくる。どうやら俺に抱き着くのは安心感があるらしく、普段から狙われているような節があった。

 懐かれて悪い気はしないので、一度ウーリの頭を撫でる。

 そのあと、このままだと話がしづらいので、俺はウーリの身体を離す。


 早めに離されて不満に思っているのかと考えたが、ウーリの表情は満足そうだった。

 ……基本的に我儘を言わないのでありがたいのだが、どうにも幸せを知らないというか、欲が少ないというか、随分と長い間孤独に生きてきたような印象を受ける。

 もうちょっと甘えさせてもいいのかとも思う。


「はーちゃんはねぇ、そんな気がしてたのぉ」

「……そんな気って?」

「ウーリの味方になってくれそうな気ぃ!」

「そうか。……もしかして、俺を見ていたのはそれで?」


 ここに転移させられてから、視線を感じていたのはそういうことだったのか?


「そぉ!」


 ウーリは嬉しそうに答え、そして何かに気づいたように首を傾げた。


「あれぇ? はーちゃん、ウーリが見てたのわかったのぉ?」

「……そういうスキルがあるんだ」


 自然と声が小さくなる。俺は視線に気づいたうえで、寝たふりをして誘い出したことに負い目を感じていた。

 しかしウーリは俺の心情には気づかない様子で、驚いた声を出す。


「はーちゃんすごぃ! ウーリが空になっていたのも知ってたのぉ?」

「……空に、え、どういうこと?」


 『空になる』とは何かの比喩だろうか。

 もしかして、光学迷彩で空に隠れることを言っている?


「えぇっとぉ……空になるんだよぉ?」

「……いや、つまりどういうこと?」


 ウーリは悩ましそうな顔でうなっている。……ヤバイな、そこで悩まれると本当にどうしようもないんだが。

 そうして俺も困っていると、ウーリは「あっ」と声を上げた。


「空になってみせるねぇ」

「……そうだな、頼む」


 実演してもらったほうが理解できるかと思い、俺は了承して感覚を研ぎ澄ます。

 俺が注視する中、ウーリは「いくよぉ」と告げて、空を見上げ、……消えた。


 俺の動体視力をもってしても、移動の瞬間が見えなかった。これは転移だろう。……だが、それしかわからなかった。

 魔術の可能性も考えてウーリの魔力の動きにも注意していたのだが、もともと俺よりも圧倒的に魔力濃度が大きいためか、それとおぼしき変化は見つからなかった。もしかしたらウーリにとって魔力をそれほど消費しない魔術なのかもしれない。


 そして……ウーリの意識を空から感じる。

 ウーリは空から俺を見下ろしているようなのだが、そちらに視線をやっても、ウーリの姿は見つからない。

 

 少なくとも、空に転移しただけではない。

 もっと別の何かがあるはずだ。


 結局、空になるとはどういうことなのか。

 

 あまりにもわからなすぎて、哲学を考えているような気分になってくる。


「おーい、もう戻ってきていいぞ」


 考えてもわからないので、俺はウーリに早く戻ってきてもらいたくて呼びかけた。だが、ウーリに聞こえるとは思っていない。あくまでそういう気分だっただけだ。

 

「――はぁぃ」


 耳元で、ウーリの声。


 俺はぞくりとして、思わず飛びのいた。

 振り返ってみれば、しかしウーリの姿はどこにもない。

 あるのは、依然として空から向けられるウーリの意識だけだ。

 

 不可解だ。どうして声だけ別のところから聞こえるのか。

 魔術なのだろうが……考えてみても答えは出ない。


 そうこうしていると、ウーリが目の前に現れた。

 やはり突然現れていて、転移のように見える。


 俺はさっきの声について聞いてみることにした。


「ウーリ、さっきの声は?」

「ウーリの声だよぉ?」

「……いや、どうやって届かせてるんだ?」

「どうやってぇ? 届けぇって思って、届かせてるのぉ」

「……それは、魔術?」

「えぇっとぉ、そぉかもぉ?」

「…………ちなみに、ウーリはどうやってそれをやってるんだ?」

「どうやってぇ? 届けぇって思ってぇ?」

「…………そうか」


 どうしよう、言葉は通じるのに理解できないんだが。

 察するに、ウーリ本人も仕組みを理解できていないのかもしれない。


 ともかく、この話題はやめよう。続けても謎が深まるばかりだ。

 

「ウーリ、空になってくれてありがとう。それで、話は変わるんだが、俺をここに転移させたのはウーリなのか?」


 俺は温めていた質問をすることにした。


 とはいえ、なかば確信していた。ウーリが俺をここに呼んだのだろうと。

 その理由についても、今までの流れから、俺がウーリの味方になってくれそうだったからではないかと推測している。

 だが、他にも気になっていることがあった。


 俺をここに転移させた仕組みだ。


 魔術、の一言で片づけるにしては、予兆がなさすぎた。

 俺を対象にするからには、俺に意識を向ける必要があるだろう。しかしその意識すら感じられなかったのだ。


 どのような魔術でそれを可能にしたのか。俺はそれを知りたかった。


「ウーリ、なのかなぁ……?」


 しかし、ウーリは自信がなさそうに答えた。

 ウーリが俺をここに転移させたのだと思っていたが、もしかして違うのだろうか。


「心当たりはない?」

「ウーリはねぇ……寝ている間は、近づく生き物をここに呼んじゃうのぉ」

「寝ている間は、ここに呼ぶ?」


 言っていることはわかるが、意味がわからない。

 また、言葉の通じる難しい話なのか?

 いや、諦めるのはまだ早い。解読を試みるべきだろう。


「ウーリは、そのときは寝ていたってこと?」

「そぉ。今も寝てるよぉ」

「今も? ……んんっ?」


 俺はつい、まじまじとウーリを見つめた。ウーリはくるくるふわふわの白い髪を揺らすようにきょとんと首をかしげ、薄紫の瞳で見つめ返してくる。……いや、寝てないよな?


「起きてるだろ?」

「寝てるよぉ?」

「……どういうことなんだ?」


 何気なく、問いかけた。

 もはや答えを期待していなかった。

 しかし、ウーリは健気にも答えてくれた。


「ここは、ウーリの夢の中だよぉ」


 ………………え?


「ウーリの、夢の――中?」

「そぉ」

「……じゃあ、ウーリが寝ている間に生き物をここに呼ぶというのは? 夢の中に呼び寄せてしまうということか?」

「そぉだよぉ」


 ……いや、待て、嘘かもしれない。あるいは、ウーリの思い込みという可能性もある。

 これまでのウーリの言動を思い返せば、矛盾が見つかるはずだ。

 ……あれ? ウーリの不思議な行動の『空になる』や『届けと思って声を届かせる』なんて、まんま夢のような話じゃ……。

 ………………。

 ……マ、ジ、か。

 魔界に堕ちて迷子になったと思ったら、今度は夢の中に堕ちていた?

 ははっ、意味がわからないんだが………………。

 

 思いがけない衝撃の事実に、俺は瞑想しているかのようにぼーっとしてしまう。

 そのまま、心配したウーリが呼びかけてくるまで、俺はしばらく呆けていたのだった。


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