4話 魔物に襲われて戦い
区切りが悪かったので今回長めです。
「魔界堕ちなんて、勘弁してくれよ!」と叫びたいところだが、ぐっと我慢する。
大声によって魔物を呼び寄せてもいけないからだ。
俺は屈んで身を隠し、緊張の糸を張ったまま周囲を観察する。
少女鳥の目は優れている。数キロメートル先のネズミ一匹さえ見逃さない。
俺はぐるりと見回して、魔物がいないことを確認する。
それによれば、視界に入る範囲で動く物はいなかった。
……小動物すらいない。いや、植物も見当たらない。
生物の気配がない。魔界とは不毛の大地なのか? あるいは、魔物しか生息していないという可能性もある。
なんにせよ……マズイな。
少女鳥の主食は、木の実や果物だ。
昆虫もいける雑食と噂されているが、俺は断固否定する。
草食だ。誰がなんと言おうと草食だ。
何が悲しくてあんな不気味な生物を食べなければならないのか。昆虫食なんて邪道だ。
まあそれはともかく、つまり肉は食べられない。魔物の肉で食いつなぐという選択肢はない。
どうやら俺は、餓死の危機に瀕しているようだった。
幸いなことに、さっき朝食を取ったばかりだ。
それに、養母ちゃんが非常食をポケットに入れてくれている。まだ余裕はある。
今後の方針を考えよう。
まず、この場を動くのはナンセンスだ。
目標は、元いた世界――現界に帰ること。しかし俺はその手段を持っていない。というか、どうやったら帰れるかも知らない。
養母ちゃんには異世界言語とともに常識も教えてもらったが、その中に魔界に関する知識は含まれていない。こんなことになるなら聞いておけば良かったが、まさか魔界堕ちするとは夢にも思わない。後悔先に立たず。まあ、それはいい。
俺の方針は、養母ちゃんからの救助を待つこと。
養母ちゃんは少女趣味の変態だが、博識の情報屋でもあり、最高ランクの術師でもある。
以前、冗談かはわからないが魔界堕ちしたら迎えに行くと言っていた。ここは大人しく救助を待つべきだろう。
しかし、餓死しては元も子もない。
一日待とう。それでダメなら果物探しに遠出することにする。
あと、魔物と出会ったときはすぐに逃げよう。
正直なところ、この一年間の鍛錬の成果を試したい気持ちはあるが、だからといって死んではたまらない。
魔物に関してはいろいろ話を聞いているが、ちょっとシャレにならない存在だ。
その特徴は三つある。
まず、凶暴性。好んで人を食らい、何十人何百人食べようが、その食欲は止まらないという。
次に、攻撃手段。魔物はその身に膨大な魔力を宿し、魔術を操る。そうして行使されるのは大規模魔術だ。属性によって竜巻、大火災、洪水、地盤変動のいずれかが発生し、もはや大災害と変わらない。大災害があれば魔物を疑えとも言われている。
いくら走術を鍛えた俺でも、大災害をどうこうできる自信はない。そもそも俺はまだ魔術を使えない。その時点で圧倒的に不利であり、立ち向かうのは無謀というものだ。
最後に、その再生力。部位欠損すらその場でたちまち治すらしい。仕留めるなら急所を一撃で、だ。
そういうわけで、魔物は凶暴で、大災害を引き起こし、半不死身の再生力を持つ悪夢のような存在だ。
当然ながらその脅威度は最高ランクの金色に認定されている。
ちなみに人間側にも強さのランク分け――階色制度がある。
その制度を取り入れているのは、冒険者ギルドが認定する『戦師』と、魔術師ギルドが認定する『術師』の二つ。
下から順に銅色、銀色、金色となっている。
そして金色持ち(ゴールドホルダー)は達人や英雄の代名詞で、国に十人前後しかいないという。
……つまり、魔物は国に十人前後しか対応できる人員がいないほどの正真正銘の化け物なのだ。
そんな化け物の住処である魔界に来てしまったのだから、改めてその不運を嘆きたくなるが、それはともかく。
なんにしても、魔物と戦うのは愚策だ。
しかも討伐したところで俺にメリットはない。肉では食料にもならないのだから。
幸いにも俺は足が速い。三十六計逃げるにしかず。要するに逃げるが勝ちというわけだ。
方針は決まった。あとは待つだけだ。
俺は一息つくと、非常食を確認しようと思った。あとどれくらいもつのか把握しておきたい。
養母ちゃんいわく、後ろポケットに入れてあるという。
「あっ」
……気づいてしまったが、念のため、俺は翼を尻に回す。
果たして、翼は後ろポケットの上を撫でることしかできない。つまり、そういうことだ。
俺は首をひねって尻を見おろす。
目の前にあるのに、届かないもの。それは非常食。
……さて、どうやってポケットの中身を取ろうか。ジャンプしてポケットから飛び出るのを期待する? ポケットの口は小さく、俺がいくら走っても中身が飛び出ることはない。
絶望的だ。
俺は今度こそ頭を抱えた。
肌にビリっと敵意を感じ、俺はすぐさま顔を上げる。
空気がすぅっと変わっていく。
……嫌なもんだ、向こうが先に俺を見つけたらしい。
索敵で後れを取るなんて、大失態だ。
悲しいかな、ポケットにある非常食に気を取られ、隙をさらしてしまっていた。
だがこればかりはしょうがない。そこにあるのに取れないというのは思ったよりも精神的にクルものがあったのだから……。
俺は心を切り替える。
早速だが、逃走の準備だ。
――瞑想。
焦燥や緊張を受け流し、頭を冷静に保つ。
――意識感知。
敵意を追い、相手の所在を探る。
するとすぐにそれらしき影を見つけることができた。
百メートル先の異形。
未知の化け物を前にして背筋がぞくりと震える。
しかし、見れば見るほど、それは見たことのある姿で、俺はふいに思い至る。
鹿の下半身に、首から上は鷲。
グリフォンのような、しかしそれよりもスラリとしたフォルム。
鹿と鷲を足しただけに思える。……少し哀れだ。
あの姿だと、鹿のように走ることも、ワシのように飛ぶことも満足にできないのではないだろうか。
そう思うと途端に弱そうに見えてくる。
しかしすぐに魔力を感じて考えを改める。
魔物というだけあり、内包する魔力濃度は桁違いに大きい。
そう、魔物のメインウェポンは魔術だ。それだけで充分に脅威だった。
とにかく逃げよう。
不明点も多い。なぜ敵意を向けてくるのか。暴食と聞いていたのになぜ捕食の意識が向けられていないのか。
しかしそれらに気を取られている暇はない。
俺は相手を刺激しないよう、そろりそろりと後ずさる。
あとは、反転して逃げるだけだが……。
瞬間、立ち眩みにも似た感覚に襲われる。
いや、これは気圧の変動だ。
魔術の中で、思い当たるものがある。
空精魔術だ。
これは簡単にいえば風を操る魔術で、気圧変動は攻撃の予兆。
俺は感覚を研ぎ澄ます。
「――っ」
敵意を頼りに、俺は横に跳ぶ。
直後、地面の石を吹き飛ばしながら突風が通り過ぎていった。
俺はそのまま駆け出し、鹿鷲から逃げ出す。
俺に当たらなかった突風は、俺の視線の先でこぶし大の岩を巻き込みながら別の大岩に激突。巻き込んだ岩を砕いて飛散させていた。
……マジかよ。鳥は汗をかかないが、それでも冷や汗が流れる気分だ。
ただの突風かと思えば、あれは違う。台風以上の暴風だ。
こぶし大の岩を吹き飛ばすなんてどうかしている。直撃すればタダでは済まない。風が、というより、岩に叩きのめされたり、岩に叩きつけられたリするのがマズイのだ。
慌てて逃走に本腰を入れる。
【潜在覚醒】で筋肉のリミッターを外し、【身体操作】で全身の力を効率的に速力に変えていく。
加速、加速、加速――。
直後、鹿鷲が鳴いた。
「クワッ、クワッ、クワッ!」
走りながらちらりと振り返れば、翼を広げた鹿鷲の身体が浮いていく。
なぜか羽ばたいていない。それでどうして浮くのか疑問だが、おそらく空精魔術によるのだろう。
原理はともかく、どうしてこのタイミングで浮かぼうとするのか。
まさか、空から俺を追うつもりか?
そのまさかだった。
羽ばたかずに飛行しながら、俺を追ってくる鹿鷲。
しかも暴風を空から連射してくる。
「クワッ、クワッ、クワッ!」
「なぜついてくる!?」
敵意がある相手をどうして追うのか。
捕食するならまだしも、そうではないらしい。意味がわからない。
俺は意識感知で鹿鷲の攻撃のタイミングを見計らい、それに合わせて暴風を避けていく。
片方の翼を広げて風を受ければ急な方向転換にも対応できるため、暴風を避けるのは思ったより簡単だった。当たらなければどうということはない。
しかも、鹿鷲の飛行より俺の走行のほうが速いらしく、じわじわと距離が開いていく。
このままいけば逃げきれそうだ。
俺がひそかに安堵したときだった。
……鹿鷲の魔力がドッと溢れ出す。
「クァァァァ!」
背筋がゾクゾクと震えあがる。
尋常ではない魔力の奔流。
鹿鷲の魔力が周囲の大気を侵していく。
鹿鷲の意識が俺から外れるが、それは気休めにすらならない。
魔物の武器。それは、大規模魔術。
そして風といえば……。
俺個人ではなく、より広域に意識を向けたのだろう。一帯の気圧が急激に低下する。
すぐに向かい風が吹き始める。
俺は地面につきそうなほど姿勢を低くしてできるだけ空気抵抗を減らすが、どうしても速度が落ちてしまう。
鹿鷲に向かって風が吹き込んでいく。
間もなく、それは強風になり、さらに勢いを増していく。
そうして……竜巻が立ちのぼった。
一瞬だけ振り返れば、虹色の空へと灰色の渦が伸びている。
地面の砂や岩を吸い上げ、空中に浮遊していた岩や水を巻き込み、一緒くたにしてボロボロにしたあと、上空に放り出す自然災害。
鹿鷲は竜巻の中心に浮かんでいるようだった。
内部は安全圏なのかもしれない。
俺もそちらに避難したいが、周囲に振るわれる猛威は圧倒的だ。そちらに向かうのは難しい。
ごうごうと音を立てながら、俺を追ってくる竜巻。
背後から竜巻が追ってくるプレッシャーはすさまじく、また、鳥ゆえに風の脅威に敏感なのか、背筋の震えが止まらない。
本能が逃げろと叫んでいる。
恐怖に思考が鈍りそうになるが、そこは瞑想して思考をクリアにする。
ただ、冷静に考えてもこの状況はマズイ。
翼を広げれば吹き飛ばされそうなほどの猛烈な風。
呼吸がしづらいが、鳥の呼吸器はガス交換率に優れているため、息苦しさはない。なんとか走り続けられてはいる。ただ……身体をほぼ水平に倒さなければ身体が浮く状態で満足に走れるわけがなかった。
竜巻との距離はみるみる縮んでいき、それにともなって風も強まる。
最初は三百メートル以上あった距離が、今や二百メートルを切っている。
ジリ貧だ。もう抜け出せる距離にはない。
頭に浮かぶのは、このまま竜巻に飲み込まれて死ぬのかという問い。
……思えば、何か満たされない第二の人生だった。
今世は自由に生きようと思った。
前世のトラウマと信念から解放されたが、とりあえず強くなろうと思って、前世と同じように鍛錬を優先した。それは信念に強制されたわけではなく、俺が自分で選んだことだ。
養母ちゃんや村のみんなからは少女鳥のことでチヤホヤされ、恥ずかしかったりうんざりしたり、とにかく、飽きない日々だった。孤独を感じることもなかった。
だが、なぜか……前世の信念が占めていた場所がぽっかりと穴をあけていた。
目的がなかった。なんのために生きているのかと疑問に思う自分がいた。
鍛錬や交流で充実しているはずの日々が、どこか、むなしかった。
……このまま死ぬのは嫌だ。
何かをやり残しているようでモヤモヤする。
俺は第二の人生をやり遂げていない。
このまま死ぬくらいだったら……多少の無茶をしてでも、それこそ前世の信念のように捨て身になって、活路を開いてやる。
そう、簡単に諦めるわけにはいかない。
竜巻に飲み込まれるなんて、トラウマ(絶望)には程遠いのだから。
俺は覚悟を決めると、進路をくるりと反転させる。
向かい風は、追い風に。
ピンチはチャンス。
鹿鷲(本体)を叩けば、竜巻は止まるのだ。
……まあ、そのために竜巻に飲まれるというのも本末転倒だが。
などと考えつつ、俺は感知を全開にして、竜巻に向けて走っていく。
目標は、鹿鷲まで辿り着き、倒すこと。
気を付けるべきは、竜巻の岩。
風についてはダメージが少ない。俺の身体を浮かせて吹き飛ばすだろうが、翼を畳んでいれば、骨折などは防げるだろう。少量混じっている水も、当たったところで問題ない。砂もまあ、許容範囲内。
問題は岩だ。プロ野球のピッチャーの投球以上の速さで突っ込んでくる岩が直撃すれば、当たり所によっては即死もありうる。
だからこそ、感知を全開にして、死角からの岩にも注意を払わなければならなかった。
目の前に迫る竜巻。
前世だったら自殺でしかない。
しかし、少女鳥の動体視力は飛び交う岩の凹凸すら暴く。こと目に関して、俺は自分の身体を信頼している。
前世から引き継ぐ【感知】もある。
よく見て、よく感じて、避けるのみ。
要は岩に当たらなければいいのだ。そう考えれば、できる気がしてくる。
俺は自信をもって、竜巻の淵へと飛び込んだ。
ついに身体が浮き上がる。落下しているような浮遊感とともに、引っ張られるようにして竜巻の流れに乗せられる。
体勢が崩れそうになるが、俺は身体操作で重心をずらさないように維持し、体勢を保つ。
グングンと景色が流れ、大小さまざまな岩が行く手を阻む。
軽いものほど勢いよく飛び交い、重いものほどゆったりと漂っている。
俺は常に頭を動かし、周囲360°を見回して情報を仕入れる。
俺に当たる岩を見極め、目と直感を頼りに身体をひねる。
左後方からの岩を避ける。
左側方からの岩を避ける。
下からの岩を避ける。
右前方からの岩を避ける。
重心をずらさないように身体をひねる。
体勢を崩してしまえば、避けられるものも避けられなくなるので必死だ。
とはいえ、これは高速走行時の身体さばきに通じるところがあり、次第に慣れてくる。
余裕が出てきたので、自分の進路を確認すると、あることに気づいた。
俺は竜巻の上部へと吸い上げられることで、鹿鷲の浮遊する場所に近づいているが、位置が良くない。
俺は竜巻の外周部にいるが、鹿鷲は内部にいる。
このままだと出会うことなく俺は上空に巻き上げられてしまう。
どうにかして内部に近づかなければならない。
俺は体勢を変えて風を受ける箇所を操作し、ゆったりと漂う大岩へと接近する。
その大岩は俺の身体よりも少し大きいくらいで、重さにいたっては倍はあるだろう。
まあ鳥は身体が軽いのも要因だが、ともあれ、重要なのは大岩が重いため足場になるということだった。
俺は大岩に着地すると、それを蹴って竜巻の内側に飛び出す。
俺の脚力なら垂直跳びで四メートルは余裕だが、竜巻の内部に届くほどではない。途中、飛んでくる岩を避け、手ごろな大岩を見つけて足場にする。
それをあと二回繰り返すと、風が弱まるのがわかった。
鹿鷲の高度をすこし超えたあたりで……俺は竜巻の内部に飛び出した。
内部は風が少なく、俺の身体を浮かすには至らない。
俺は地面へと落下していく。
さすがに鹿鷲の真上とはいかず位置がずれていたが、問題はない。
俺は翼を広げて風を受けると、滑空する。飛翔は無理だが、落下地点の調整なら可能だ。
慣れない滑空に胸筋がつりそうだが、そこは我慢する。
鹿鷲は俺を見て、驚いたように鳴き声をあげた。
「クワッ、クワッ!?」
俺はほぼ落下の勢いのまま、鹿鷲に向かっていく。
チャンスは一度きり。
交差は一瞬。
だが、それで充分だ。
極度の集中とずば抜けた動体視力に、景色が減速する。
鹿鷲の動きがゆっくりと見える。
反撃が来れば、意識感知でカウンターを入れるのみ。
ただ……思いのほか、俺は運に恵まれたらしい。
頭上から迫る俺に対し、鹿鷲は反撃の手段を持たないようだった。
鹿といえば後ろ蹴りだが、真上に向かっては蹴り出せないのだろう。
念のために魔術を警戒していたのだが、その気配もない。竜巻と浮遊の維持で精いっぱいなのか、暴風攻撃は来なかった。
鹿鷲はただ焦るばかりで、隙だらけだ。
……なんだ、この程度か。
俺は殺意を全開にして鹿鷲に叩きつける。鹿鷲がビクリと硬直した瞬間、今度は殺意を消して気配を希薄にする。
そうして鹿鷲の意識の隙間にするりと入り込む。
――体術の壱:虚蹴。
俺を意識から外してしまった鹿鷲の頭部に、俺は落下の勢いをほとんど殺さずに着地した。ペキっと軽い音を立て、鷲の首はあっけなく折れる。
意識の虚をついて蹴る技。[虚蹴]。
……今回は踏んだだけだが、まあ、そんなもんだ。走術の肆も似たようなものだし。
ちなみに体術の“壱”とはいえ、体術の弐以降はない。走術のほうが複数あるので、体術も様式美でそう名付けただけだった。
鹿鷲の身体は体勢を大きく崩し、落下していく。
俺は再生を警戒し、鷲の頭部に乗ったまま滑空の姿勢を維持していたが、どうにも再生のきざしがない。
急所攻撃をすれば、再生させずに殺せるようだった。
竜巻がほどけ、巻き上げられていた岩などが周囲に飛散する。
俺は鹿鷲とともに落下していく。
地面が近づくと、鹿鷲の身体を蹴って上に跳んだ。同時に翼を最大限に使って減速し、地面に着地する。
体重が小さいことと落下の衝撃をうまく殺したことで、足にダメージはなかった。
終わったと思ったときが一番危ない。
俺は警戒を解かないまま周囲を見回し、伏兵がいないことを確かめる。
そして傍に倒れている鹿鷲の絶命を改めて確認する。
鹿鷲の身体からは魔力が漏れ出ていて周囲に放散しているが、肉体に変化はなく生命活動を停止したままだ。
俺はようやく息をついた。
「はぁ……しんど」
疲れが一息に出てくる気がする。
俺は翼を回して胸筋をほぐしつつ、呼吸を整えて瞑想する。
死線をくぐったことによる高揚が落ち着いてくると、少しだけ信じられないような気持ちになってくる。
「……勝ったんだよな。あの“魔物”に」
脅威度最高ランクの金色。絶対に戦うなと養母ちゃんや愛護ギルド員から言われていた化け物。
この身一つで、魔術を習得していないまま、俺はそれに勝ってしまった。
ギリギリの勝利だった?
確かに、竜巻を攻略するまでは心に余裕がなかった。しかし振り返れば負傷もなく、呆気ない幕引き。ギリギリの勝利と呼ぶには微妙なところだ。
戦った印象としては、遠距離からの大規模魔術は脅威だが、近接戦はお粗末といったもの。
いや、後者に関しては体勢の問題もあるか。
まあ、なんにせよ、勝ちには変わらない。
……うん、思ったより強いじゃないか、俺。
とはいえ、調子に乗って戦いを挑むつもりはない。
毎回毎回命のやり取りをするのは愚かだ。
次はもっとうまく逃走してみせる。
他にも、戦闘の詳細を振り返って一人反省会を行った。
そうして一区切りつき、さて、と辺りを見回す。
……俺は固まった。
竜巻が通過した痕跡すら隠す荒野。
浮遊する島や川は、どうにも見覚えがない配置。
虹色の空には太陽や月がない。虹色の配色についてもゆらゆらと不安定で、決まったパターンがない。
つまり、魔界には目印となるものがどこにもなかった。
…………ここ、どこだ?