51話 走り抜けて
2017/01/28 描写や説明の追加、修正。セリフや心情などには変化ありません。
該当部分:ナイトメアの本気に気づく場面、ナイトメアの魔力に絶望する場面、最後の試練が発動するという一文、黒翼が死を宣告する一文、走りをやめたくない場面、ウーリの応援で恐怖を吹っ切る場面、後書きの第七と第八の試練の説明
大渦の目を壊しながら走り抜ける俺へと、ナイトメアからとある意識が向けられた。
――それは、称賛だった。
超音速で走り抜ける喜びに浸っていた俺は、冷や水を浴びせられたように正気に戻る。
……どうして、このタイミングで称賛の意識を向けられる?
不安がよぎる。
……今の俺の走りはナイトメアにとって致命的なはずだ。この走りが生む出す衝撃波がナイトメアへの決定打となるはずなのだ。
それなのに……焦りや緊張ではなく、称賛? まさか、ナイトメアにはまだ余裕があるというのか……?
俺は、警戒心からナイトメアの意識を深く読もうとした。
すると、ナイトメアの意識が唐突に露わとなり、読みやすくなった。
……俺の感知がさらに深まった?
自問し、即座に否定。……違う! ナイトメアが自分から意識を読みやすくしているだけだ!
ますます俺は警戒心を強めた。
自分から意識を読みやすくするということは、自分の思考をさらけ出すも同然。意味もなくそんなことをするはずがない。……罠か!?
そう疑うも、しかし、そのような意図が含まれていないことも明確に読み取れてしまった。本当に、ナイトメアの思惑が読めない。
……構うものか! ナイトメアの思惑に関わらず、俺がやることは変わらない。ただ、走り抜けるだけだ!
そうしてすぐに心を切り替えていると、ナイトメアが語りかけてきた。
とはいえ、声によるものではない。そもそも、そんな時間もない
その正体は、ナイトメアの意識だ。ナイトメアの意識が、俺に語りかけてきたのだ。
もちろんその言葉の正確なところはわからない。俺が意識を読み取って勝手に解釈しているに過ぎない。
しかし、そこに込められた意思は直に伝わってくる。それだけで充分だった。
その意思を言葉にすれば、こうなるだろう。
『……よくぞ、ここまで参った。見事である』
と、ただの称賛。
ここまでくると、まさか……という想像が現実味を帯びてくる。
それは、わざわざ俺に語りかけるためだけに、意識を読みやすくしたという可能性。
あまりにも予想外の行動であり、しかし意外にも腑に落ちる答え。
というのも、このタイミング。
あと一秒もすれば、ナイトメアの傍を走り抜けているというおおよそ決着の間際。
ナイトメアも、これが最後の一合になると予感したのかもしれなかった。
だからこそ、俺に対するこの称賛はもしかすると余裕の表れなどではなく、最後の意思表示のつもりなのかもしれなかったのだ。
なんにせよ、俺はここで、ナイトメアの語りかけを無視しようとは思わなかった。
あるいは、ナイトメアの意識を読まずにこのまま走り抜ければ、たとえナイトメアの言葉が俺の心を惑わせるものであってもそれを回避できただろう。だが、その選択肢を選ぶ気にはなれなかった。
というのも、俺はナイトメアの強さを認めていたからだ。
その感情をどう言い表せばいいのか自分でもわからない。少なくとも友情ではないし、そもそも好感のたぐいでもない。ウーリを害することに対して含むところはあっても、正の感情を覚えることなどありえない。そういう相手のはずだ。
しかし……いってみれば、好敵手、いや、それよりもずっと強大な存在として……そう、それは、純然たる強さへの畏敬。俺がここまで成長してもなお、壁として立ちはだかり続けることへの驚愕が、俺にナイトメアを認めさせていた。だから、ナイトメアの言葉を積極的に無視する気にはなれなかったのだ。
ナイトメアの加速された意識が、一秒にも満たない一瞬の間に、さらなる言葉を投げかけてくる。
それは、宣言にして、挑戦。
『次が……最後の恐怖。最後の試練。
さあ、これも乗り越えてみせよ』
そして相変わらずの、いや、これまで以上の過度な期待。
対して俺は、誰がそれに付き合うか! と強く否定の意識を返す。
……そう、最後まで付き合う必要は皆無。
結果的に第七の試練まで乗り越えてきてしまったが、今度ばかりは最後の試練が始まる前に、走り抜けてやればいいのだ。
『なれば、ウーリトゥーリを守る力を証明してみせよ』
……当たり前だ! 一秒も使わずに証明してやる!
俺とナイトメアは、互いに加速した意識の中、瞬時に意思を交わし合った。
すると……ふっ、と。
黒いモヤに隠されて見えないはずのナイトメアの表情が、緩んだような気がした。
『……良かろう。では、行くぞ。
開始前に走り抜けられるものなら、走り抜けてみせよ。さもなくば……かわせぬぞ?』
そのナイトメアの意識に……俺は初めて、本気の意思を感じた。
……この大渦でさえ、本気ではなかったのか!?
信じたくない。だが……ナイトメアの意識を読めば、信じざるをえなかった。
ぞぞぞぞぞ、とおぞましい予感が全身を這い回る。
打ち鳴らされる死の直感は、あろうことか……これまでのすべてを超え、最大。
俺の焦りを助長するかのように、予備動作に入るナイトメア。
それは恐ろしく早く、信じられないことに、俺の走りに間に合ってしまうものだった。
同時、ナイトメアの意識が告げる。
『……これぞ最後にして、第八の恐怖。
“破滅”の試練』
直後。
ナイトメアの身体から、際限なく溢れ出す魔力。
それは……それこそが……本物の、深淵。
想像の埒外。重さを感じるほどに果てしなく濃いそれ。
それ以外に、まったく何もわからない。デタラメな魔力。
絶句した。
驚愕の感想を抱くことさえ、許されなかった。
この大渦の試練の直前も同様に魔力の深淵を垣間見せていたが……その比ではない。
これは……海の底とか、大自然の驚異とか、そういう次元ですらない。
……星そのもの。
勝てるか負けるかではなく、生き残れるかどうかでもない。
根本的に、立ち向かおうと思ってはいけないもの。いや、思うことすら本来ありえないもの。
――ッ!?
俺はようやく正気を取り戻す。
気づけば、涙がにじむ。唇が震える。
それもそのはず……あんな魔力の持ち主に勝てるわけがなかった。
ナイトメアが垣間見せた本物の深淵は、もう体内にしまわれている。
だが……今の鮮烈な極限の重圧は、俺の心をへこませるに足るものだった。
まだ避けられるかもしれない、という反論すら浮かばない。
【天上察知】があるからこそ、深淵の姿がハッキリと見えてしまった。個人の力ではどうしようもできないことが、理解させられてしまった。
どうやって逃げるか? そんな思考も働かない。俺なんかが生き残れるとは露ほども思えない。
どうして挑んでしまったのか。俺は馬鹿だ。……そんな果てしない後悔だけが、胸中に渦巻く。
絶望のどん底に落とされた俺の視界の中。
俺の到達をナイトメアが待つはずもなく、その黒翼を羽ばたかせる。
……それは、最後まで残されていた最大の一対。その圧倒的な存在感でもって、悠然と、死を宣告した。
『――魔神滅亡』
直後。
とうとう最後の試練が発動してしまう。
先ほどの魔力の深淵が、一気に解放。
あれほどの量の魔力が極限まで圧縮され、冗談のようにたった一つの波として発射。
全方位へと、穴の一つもなく突き進む。
そうして破滅の波が、こちらに迫ってくる。
とても避けられなかった。
穴がないこともだが、俺の走りが速すぎて急転換ができないことも大きい。
結果、自分から破滅の波に突っ込む形となった。
破滅の波は、そのまま俺に直撃。
最初に[風啼]に当たるも……物理的な作用もなく、そのまま通過。
しかし、通過する端から魔力が根こそぎ消失していく。
そうして一瞬後、破滅の波は俺の身体を通過。
瞬く間に、俺はすべての魔力を消し飛ばされた。
魔術が強制的に解除されると同時。
身体強化が解けた俺は、生身で衝撃波の反動をもろに食らい、意識を飛ばし……即死した。
……という、ビジョンを見た。
『――魔神滅亡』
しかし今のビジョンは、すぐに現実となるだろう。
もうナイトメアは攻撃の準備を整えてしまっているのだ。
逃れられない死の実感に、俺は身体を震わせ、心をかき乱す。
そもそもさっきナイトメアの魔力の奔流に当てられた時点で戦意を喪失していたのだ。しかも、ビジョンが見えてさえ何も対策が思いつかない。むしろビジョンが見えたことでよりいっそう死を実感してしまった。
間もなく走りの維持もできなくなる。あまりの動揺から、破滅の波を受ける前に魔術を維持できなくなり、走りの制御を失うだろう。そうなってしまえば最後、超音速の反動で俺は自滅する。すぐに落命するかはともかく、この走りが終わってしまうことは確かだ。
そのことを強く認識した俺は、そのまま諦め……。
「ッ!」
――られず、耐えた。
強烈な拒否感から、走りを維持した。
今の走りをやめることを、身体が、心が、猛烈に拒絶していたのだ。
なにせ、この走りは……全速力なのだ。これまでにない速さで、しかもまだ加速が止まらないのだ。
それなのに……俺がみずからの手で終止符を打つわけにはいかない。最後まで、走り抜けたい。
……それに、この走りをウーリに見てもらうんじゃなかったか?
「ッ……!」
それを思い出すや、俺は涙を後方に振りきる。心の絶望感すら置き去りにして、さらに加速。
結果がどうあれ、最高の走りをウーリに見てもらう。
そうすることを、俺も、少女鳥の身体も望んでいた。
だから……たとえ、破滅の波を攻略できないとしても……!
俺は、走りを、やめないッ! 最後まで走り抜けてやるッ!
それが、“俺たち”の生き方なのだッ!
……ただの、意地。
そこに勝算などない。
全方位に発せられる破滅の波に、穴はなく、どうやっても避けられるものではない。
ゆえに、勝敗を度外視した、ただの意地。
命を懸けた、俺の存在証明。
『いけぇ! はーちゃんッ!』
……そこに、ウーリの意識が飛び込んでくる。
ウーリなら、俺の決死の走りを止めようとしてもおかしくはなかった。だが、それどころか応援してくれるようだった。
あるいは、先ほど絶望した俺の姿に恐怖を蘇らせていたウーリは、最高の走りを見せようとする俺の意地に何かを見出したのかもしれない。
恐怖から一転、ウーリは俺のもとへと全身全霊の応援を向けてきていた。
その意識に込められていたものは、俺への全幅の信頼と祈り。
それだけではなかった。
そこには、ウーリの力強い意思が込められていた。
それは、無色の力と化し、俺の身体へと殺到。一瞬の内に、みなぎる。
ウーリの意識を読み解けば、この力の流入は意図したものではないらしい。……つまり、ウーリが無意識にやったもの。
それは、いかにもウーリらしい健気で最高の援護だった。
……ははッ!
もう、俺の目の中に恐怖の陰りは欠片もない。不安も消えた。
諦めたから、ではもちろん、ない。
吹っ切れたからだ……ウーリの応援によって。
……【永走】! ウーリから受け取った力、すべて持っていけ! ウーリに最高の走りを見せてやれ!
俺は【永走】にありったけの力を注ぎ込む。
それから、【永走】を信頼し、魔術の制御をすべて託す。
そうして俺はウーリに希望を見せるようにして、一切加速を緩めることなく、ナイトメアへとただ真っ直ぐ、走り抜けていく。
直後。
ついにナイトメアから、本物の破滅の波が発せられた。
それは全方位に向けられ、今の俺に避けることはできない。
だが……そんなことは知ったことか。
俺は一切の方向転換をせず、むしろさらに加速するべく踏み込んでいく。
そこに、迷いなど一つもない。
確信していたのだ。
……何物も、ウーリの力と【永走】が合わさった今の走りを止めることなどできやしない、と。
そうして、破滅の波に直撃する。
寸前。
能力がまた一つ、昇華した。
……【永走】――深化。
――突破。
それは本当に、一瞬のことだった。
破滅の波が[風啼]に直撃したのを認識した途端。
するり、と通り抜けたのだ。
破滅の波が、[風啼]を……ではない。
[風啼]が、破滅の波を……だ。
まるで透明化したように、俺は破滅の波をすり抜けていた。
……もう、俺の走りを遮るものは何もない。
俺はそのまま、ナイトメアの真横を走り抜けた。
そして……。
……気がつけば、目の前にはどこまでも澄みきった青空があった。
さっきまでの見通せない薄闇とは正反対の、気持ちの良い快晴だった。
<ナイトメアの試練>
第一の恐怖:恐怖の試練 ナイトメアの恐怖を乗り越える。
第二の恐怖:一撃の試練 ナイトメアに一撃入れる。
第三の恐怖:八つ竜の試練 八つの竜頭を攻略する。
第四の恐怖:空間の試練 歪む空間の迷宮、巨大な壁の追跡、広がる間合いを攻略する。
第五の恐怖:光の試練 光を歪めた熱線攻撃を攻略する。
第六の恐怖:重力の試練 20倍へと歪められた重力を乗り越える。その範囲はナイトメアから半径500m。
第七の恐怖:世界の試練 ←New
まず天地が反転し、地面が崩落。次に数多の竜巻でかき回されながら上空にガレキの大渦が形成され、その後、天地が元通りとなりガレキの大渦が落下してくる。……という一連の死地を生き残る。対象範囲は悪夢の区画全域。
第八の恐怖:破滅の試練 ←New
たった一つの波として全方位に発射される超圧縮魔力波を攻略する。この波は物質の干渉を受けず、通過した場所の魔力を消し飛ばす。消し飛ばせる魔力量は、この波に込められた魔力量を超えない。ナイトメアがこの波に込めた魔力量は、いわゆる君魔級のそれの8割(ミィク16人分)。なお、魔物が体内魔力をすべて失えば即死し、現界の生物であれば、魔力を持たなければ無傷、魔力を持っていれば気絶、魔術の行使に集中していれば即死する。




