48話 重力の試練を乗り越え
「――超重聖域」
死を告げる直感が鳴りやまない。
ナイトメアの意識をかわし続けているにもかかわらず、だ。
俺は何が来ても対応できるよう、警戒を最大限にする。
……次の瞬間。
俺は、地面に叩きつけられていた。
「ッ!?」
息が詰まる。
実際に起こったことではない。
それはビジョン。[予知]が見せた直近の未来。
だが、行動を変えなければ実現する。
――ヤ、バッ!
なぜ攻撃に当たるのか。
そんな疑問すらすっ飛ばす。
即座の判断。
直感のみを頼りに、死を免れようとする。
だが。
――ないッ!?
活路が見えなかった。
直感が死以外に反応しない。
それが意味することはすなわち……死、あるのみ。
生き残る方法がまるでわからない。
初めての事態に、あろうことか頭が真っ白になってしまった。
それは決定的な隙となる……。
……だが、自動感知によって、情報は入ってくる。
空っぽの頭の中で、目まぐるしく情報が躍る。
普通なら思考停止に陥るところ。
しかし、色づけのされていない情報が勝手に処理されていく。
それにともない、生への本能が自動で働く。
脊髄反射のような、感覚的思考。
生きるための本能的衝動。
最大の危機に瀕して、処理速度が跳ね上がる。
その結果。
死に際の走馬灯のように……思考が加速。
それはフラッシュのような思考の連続。
目的は、死の回避。
一瞬のうち、いくつもの回避パターンが脳裏を駆け巡る。
そして、直感と予知が次々に判断を下していく。
上空への方向転換は?
却下。死の直感。転落死のビジョン。
後方への方向転換は?
却下。死の直感。転落死のビジョン。
このままナイトメアに接近する?
却下。死の直感。転落死のビジョン。
全方位、結果は同じだった。転落死に行き着いている。
方針変更。
[火花]をやめての直線行動を検討。
ナイトメアの意識に補足されようが構わない。間合いの操作を防ぐことより、目前の死を回避することを優先。
上空へ一直線に加速?
却下。死の直感。転落死のビジョン。
だが、内容に変化あり。より高い上空からの墜落。ナイトメアの意識に捕捉されているにもかかわらず、ナイトメアからの間合い操作はない。
より遠くへ逃げられる可能性あり。
後方へ一直線に後退?
死の直感。転落死のビジョン。
だが、より遠くでの転落死。やはり距離が伸びている。
しかし一方で、どれだけ急いでも攻撃の範囲外には逃げられない。
無差別の広範囲攻撃。それなら……?
「ッ!」
直後、天啓のごとき閃き。
生の直感。
俺は、埋没していた思考から浮上する。
正常な時間の流れに戻って来る。
結論は出た。
俺は[火花]をやめると、一直線に加速。
すぐにナイトメアの意識に捕捉されたが、気にしない。
どういうわけか間合いの操作がないことはわかっている。
俺が活路を見出したのは、ある一点への移動。
……ナイトメアの頭上の空。
すなわち、斜め上方向へと俺は駆け上がっていく。
対して、ナイトメアの魔術がついに発動する。
それは、無差別の広範囲攻撃。
その範囲に、俺はまだ捕らえられている。
――身体強化。
俺は注ぎ込めるだけの魔力をそこに注いだ。
ただでさえウーリの強化で恐ろしい強さの身体を、さらに自前の命精魔術で最大限に強化。
これからの衝撃に万全に備える。
直後。
ズシリ……。
と、全身が軋んだ。
「ッ……」
あまりの衝撃に、痙攣する内臓。
転落死のビジョンからなんとなく想像していたが……想像を超えていた。
攻撃の正体は、十数倍以上に歪められた高重力。
その備えとして身体強化に全力を注いだにもかかわらず、それでもなお、主観で何十個も重りをつけられたような実感。
持ち上げようとした足が持ち上がらず、ピシリ、と関節を痛める。
とても走れなかった。
すぐに[負爆]に切り替える。
走りを制限されたことに焦りを覚えるも、自分の直感を信じる。
姿勢の制御にのみ注力し、直立状態を保ったまま、背中で爆風に乗って上空を目指す。
とはいえ、落下に転じていく。
上方向への慣性はみるみるうちになくなり、そうして墜落に向かっていく。
高重力を振りきることができない。
ウーリの強化と自前の強化を合わせてもどうしようもできず、爆風ではとても支えられない重さ。
対抗して爆風を強めようにも限度がある。この高重力に釣り合うほどの爆風となると、俺の身体が耐えられない。最悪、一発で身体がバラバラだ。
多少は[負爆]の爆風を強めはしたが、落下の運命からは逃れられない。
四肢を持ち上げられない俺は、まるで転落死に誘われるようにドンドン落ちていく。
この調子では、一秒と少ししかもたない。
その後は地面に墜落し、高重力に耐えられず死ぬだろう。
俺は冷静にそう計算する。
だがそれでも、死の予感はない。
これでいいのだ。
落下に向かいながらも、俺は高速で前へと進んでいる。
走れないのは不満だが、それでもナイトメアの頭上に向かっている。
問題はない。
……もともと、残り二百メートルを切っていた。
[火花]による回避を続けていれば、もっと時間はかかっていたが。
それをやめて、直線的な加速に切り替えたのだ。
行ける気はしていた。
仮に、ナイトメアが間合いの操作をしてきていたら終わっていた。
俺はいつまでもこの高重力領域に捕らわれたまま、転落死の運命を辿っていただろう。
だが、ナイトメアは俺を捕捉しながらも、間合いの操作をしてこない。
これは結果をもとにした推測だが、ナイトメアの周囲は高重力になっている。重力を歪めながら、さらに空間を歪めることはできなかったのだろう。重力と空間は密接な関係があると前世で聞いたような気がする。ともかく、この高重力領域においては、間合いの操作はできないのだろう。
確かに、一秒と少しで転落死する。
とはいえ。
ただの二百メートルを直進するだけなら、今の速度、一秒も要らない。
そして、もともと二百メートルを切っていた。
つまり、地面に落下する前に……ナイトメアの頭上に辿り着く。
そこまで行けば目標達成だ。
ナイトメアの頭上は安全圏かもしれないし、そうではないかもしれない。
そんなのはどちらだって構わない。
頭上に到着すれば、あとは落ちるだけでいい。高重力のままなら、その加速を利用するだけだ。
あとはこれまでの方針通り、[爆肢]で[抜踏]をすることができる。
攻撃する頃には高重力も消えているだろう。
いくらナイトメアの肉体が強靭とはいえ、この高重力をまともに受けてはダメージを免れない。ナイトメアの意識にはダメージに耐えている様子がないため、ナイトメアの立っている場所は安全圏だろう。
ナイトメアに接触する頃には、普通に動けるようになっているはずだ。
つまり、ナイトメアの頭上に到着した時点でこちらの優位が確定する。
このまま行けば、それは達成される。
攻略できる。
そしてそのことは、ナイトメアも理解していた。
俺の行動を理解したナイトメアの意識に、驚愕が混じる。
その心境を読み解けば、こうだった。
――その答えに行き着くとは、少々驚いた。ここで終わるかとも考えていたが。
そしてすぐ、嬉しげなものへと変化する。
――このまま行けば乗り越えられよう。
良かろう、では次の試練に移ろうか。
そして、最後に。
期待の意識がこれまでになく込められた。
……されど、次は桁が違うぞ?
ぞぞぞ。
と、鳥肌が立つ。
すぐに危険だという直感はない。
だが、嫌な予感が止まらない。
今回のも相当ヤバかったのに……それを超えるとなるとヤバすぎる。
一瞬、前兆とばかりに溢れ出すナイトメアの魔力。
それはドッと、堰を切ったかのようなそれ。
そのときだけ、深淵が姿を見せた。
「ッ」
息を飲む。
あまりに、あまりにも、底が見えない、魔力。
まるで海の底。
大自然を思わせる、果てしない魔力密度。
こんなもの、近づくべきではない。
これを操れる者など、神の領域だ。
本能が警告を発する。
……だが、一秒もかからずにケリがつく。ナイトメアに届く!
怖気づくまでもない! 倒せばそれまでだ!
そう言い聞かせる俺の視界の中で。
ナイトメアの黒翼が不吉を告げるかのように、大きく、羽ばたいた。
……その数、四対。
これまでにない数。
大技の予感。
しかし、もう何をやっても遅いはずだ。
俺の速度、止められはしない!
そう奮起していると、ナイトメアから高重力領域を解除する意識を感じた。
ついで、間合いの操作の意思も。
俺はすぐに身構える。
直後、その通りとなった。
高重力がなくなると同時、俺はすぐさま身体の感覚を元に戻し、[火花]でナイトメアの意識をかわし始める。
そうして間合いの操作を封じていく。
残り五十メートルを切っている。もうすぐそこだ。
勝てる!
そう確信すると同時、はやる心を落ち着けようとする。
既に、ナイトメアから次の魔術を発動させる意識は来ている。
それは大技だろう。だが、その前に決めようと焦る必要はないのだ。
危険直感は反応していない。それなら、何が来ようがもう遅い。
冷静に対処して、冷静に倒せばいいだけだ。
俺は瞑想して平静を取り戻す。
そしていつものように、あるいは息をするように、[抜踏]のための一歩を踏み出した。
……そのときだった。
「――天地崩壊」
天地が、反転した。
<ナイトメアの試練>
第一の恐怖:恐怖の試練 ナイトメアの恐怖を乗り越える。
第二の恐怖:一撃の試練 ナイトメアに一撃入れる。
第三の恐怖:八つ竜の試練 八つの竜頭を攻略する。
第四の恐怖:空間の試練 歪む空間の迷宮、巨大な壁の追跡、広がる間合いを攻略する。
第五の恐怖:光の試練 光を歪めた熱線攻撃を攻略する。
第六の恐怖:重力の試練 20倍へと歪められた重力を乗り越える。その範囲はナイトメアから半径500m。
第七の恐怖:?
第八の恐怖:?




