47話 光の試練を乗り越え
「――発火魔眼」
同時、俺の直感が最大限に警鐘を打ち鳴らした。
身体の内側から凍えるような、死の気配。
俺は察する。
この遠い距離にして、即死級の危険度。
これから来るのは、回避困難な……おそらく、最速の攻撃だろうと。
背後で、巨大なものが割れるけたたましい轟音が鳴り響く。
しかし振り返っている余裕はない。一瞬でも気を抜けばやられる予感しかしない。
さっきまで追尾してきていた巨大な壁の落下音だろうと当たりをつけ、すぐに思考から追い出す。
俺は直感に従う。ナイトメアの意識から逃げ続けることを最優先とする。
【天上察知】でナイトメアの意識を先読みし、[火花]でかわしていく。
そして、ついに来る攻撃の瞬間。
俺は身を翻し、これを避けた。
同時、どんな攻撃なのかとそれを確認する。
身体の脇を通過するそれ。
……しかし、何も見えない。
だが、攻撃はまだ続いているらしい。
ぞわり、と鳥肌が立つ。
俺は続けざま、[火花]でナイトメアの意識をかわし続ける。
「ッ……」
……ヤバい! とにかくヤバい!
攻撃の正体もわからず、危険直感のみが反応している。
すなわち、見えないのに、そこに即死級の攻撃が存在しているということ。
しかも、直感によればその攻撃は、ナイトメアの意識とタイムラグがない。つまりナイトメアの意識に一度でも触れれば、攻撃に直撃する。
それは、間合いの操作を妨害する条件よりもさらに厳しい。
間合いの操作のときは一瞬の接触を許されたが、今はそれすらも許されていないのだから。
鳥肌が治まらない。
まるで、崖っぷちに立たされているかのような極度の危機感。
なんといっても、即死級かつ不可視かつ最速の攻撃だ。ナイトメアの意識の回避に全神経を集中させ、それ以外のすべてを頭から追いやらなければ一秒ももたない。
ナイトメアに接近しなければならないのだが、そんなことを気にしている余裕もない。
とにかく、ナイトメアの意識に一度たりとも接触しないこと。
ただそれだけを至上命令とする。
俺は空中を、[火花]でアクロバティックかつ弾けるように駆け回る。
急転換、急加速、急制動を駆使し、ナイトメアの意識を回避し続ける。
……【永走】に覚醒していなければもう終わっていた。
かつての[火花]は、[風啼]や[爆肢]の維持と並行させるために十全の力を出し切れなかった。結果、数秒でナイトメアに対応されていただろう。
しかし今はまだ、ナイトメアの意識を完全に振りきった状態を維持できている。それは【永走】のおかげで[火花]に集中できているためだ。
しかし、それも時間の問題でしかない。
全身全霊の[火花]の動きにも、ナイトメアが慣れてきている。
いずれナイトメアの意識に追いつかれるだろう。
もう……終わりだ。
ナイトメアは俺の動きを先読みしてきている。今にもナイトメアの意識に当たりそうだ。
あと数回のやり取りで、ナイトメアの意識に追いつかれてしまうことだろう。
そうなれば、正体不明の攻撃に直撃する。そして何らかの形で落命するに違いない。
俺は、あっさりと諦めた。
もう[火花]は通用しないのだと。
……だから、次の段階に移行する。
ナイトメアが俺の動きに慣れてきたからこそ、実現できる技。
俺はすぐ、[火花]にその動きを取り入れる。
――残影。
ナイトメアの先読みを、【天上察知】でさらに先読みし、ナイトメアが期待する予備動作を見せたあとに急転換。
あたかもナイトメアの予想通りに動いたように思わせ、残像を見せる。
だが、残像はすぐに見破られる。
それでもいい。残像が、ナイトメアの読みを阻害し、俺の動きをより予測困難なものに変えてくれるのだ。
ナイトメアの意識に追いつかれそうになるたびの[残影]。
前までは【思考加速】を持つナイトメアには通用しなかったが、この速度で、そして[火花]を使いながらでは……通用する。
これは、もはやただの[残影]ではない。
――火花に残影を組み込んだ発展形:線香花火。
ナイトメアの視界には、捉えきれない俺の姿が残像とともに線香花火のようにちらついていることだろう。
俺は[線香花火]に全神経を集中させる。
いや、集中させざるを得ない。
[風啼]と[爆肢]で空中を高速で駆け回りながら、【天上察知】でナイトメアの読みを察し、[線香花火]でアクロバティックかつ変幻自在の回避を続けているのだ。
いくら【永走】があろうと、これらはぶっつけ本番。その難しさたるや、少しでも集中を欠けば即座に破綻する。
そもそも条件がきつすぎた。
【思考加速】を持つナイトメアの意識を避け続けるなど、人間業ではない。
だが、それをやっているのだ。正直きつい。もはや余裕など、髪の一本分もない。
二つの心象魔術が覚醒していなければここまでの動きができずにとっくにやられていただろうが、それでもなおギリギリの攻防。いや、回避防戦。
たまに何かの拍子にじりじりと距離を縮めているような気がするが、それにまったく注意を払えない。
正真正銘、全力を振り絞っている。
そうして……俺は、没頭していく。
極度の集中状態により、不要な情報がそぎ落とされていく。
[風啼]と[爆肢]の制御が無意識下に落とされる。全力の動きにより荒くなっていた鼓動や息遣いが聞こえなくなる。疲労感がどこかにいく。走りによる発熱を感じなくなる。風の音や空気抵抗が認識の外に追いやられる。周りの景色が見えなくなる。
時間の流れがゆっくりと感じられる。
ナイトメアの意識と、自分の動きだけが世界を支配する。
没我の境地。
時間の感覚すら……消えていく。
……どれほど回避を続けているのか。
十分か、三十分か。
あるいは五分か、たったの一分か。
ただ、ナイトメアの意識だけが手に取るようにわかる。
永遠に回避を続けられそうな気さえする。
そうして、極限の境地に浸っていた。
……。
…………。
………………。
……あるとき。
全方位から、変化が訪れた。
それが悪いことなのかどうか……判断がつかない。
とにかく、集中状態を保ったまま。
そぎ落とされていた情報が戻ってくる。
時間の感覚を取り戻す。
周りの景色が見えるようになる。風の音や空気抵抗を思い出す。走りの熱を感じる。疲労感を把握する。自分の鼓動や息遣いを認識する。[風啼]と[爆肢]の制御が意識に浮上する。
それだけではない。
周囲の魔力の動き、空気の変動、ウーリの祈りの意識、区画全体の気配など、気にしていなかったものまで認識できてくる。
不安が、泡のように出てきて消える。
極限の集中状態がついに切れたのか? だが、集中状態は依然として続いている。
じゃあこれはなんだ?
不思議な感覚。
目の前に集中しながら、同時に全方位を把握できている矛盾。
まるで俺の身体そのものが感覚器官になったような錯覚。
ナイトメアの意識がより深くまで見えてくる。
回避が楽になる。
果てには、現状のすべてを把握できているような気さえする。
そのせいか……次に何が起こるのかなんとなくわかった。
俺は目前で自分が焼かれる姿が見えて、方向転換して避ける。
避けた場所を何かが通過する。
またビジョンが見えて、今度は加速して避ける。そうして回避に成功する。
また見えて、減速。加速、方向転換、方向転換、加速、加速。
ビジョンが見えるぶん、さらに簡単に回避できている。
安全のためにやっていた余分な動きをやめる。必要最小限の動きになっていく。
さらには、[残影]を使うまでもなく避けられるようになり、[線香花火]が[火花]に戻る。しかしその動きは洗練され、一度の被弾もない。
自分に何が起きているのか、次第に理解できてくる。
現在の情報すべてを把握し、そこからとあるビジョンを導き出すこと。
それは、[予知]。
ごく近い未来ではあるが、それを俺はビジョンとして予知できていた。
この能力はおそらく、【天上察知】に付随するものだろう。
実戦で使いまくっているためか、それともウーリの力で底上げされたか。
なんにせよ、心象魔術が……そう、“深化”したようだった。
[予知]の他にも、多方面の情報を同時に処理できているようになっている。
目の前に集中しながらも、周囲の情報を認識できるという不思議。
これは並列思考、ではない。
二つの思考を並列できているわけではない。
感知した情報だけが勝手に処理されている感覚。
いわば……自動感知だろう。
このように、簡単な思考をするくらいには余裕が出てきていた。
自動感知によって勝手にナイトメアの意識の動きがわかり、さっきよりも先読みしやすくなっている。そのうえ、[予知]のビジョンを併用することで無駄な動きのない回避ができている。
もはや、ナイトメアの意識を避け続けることはそれほど難しくなくなっていた。
これまで不明だったナイトメアの攻撃方法も見えてくる。
失敗のビジョンに映る、俺の焼死。
そして、ナイトメアから伸びているのを感じる、高熱の線。
これは、熱線、あるいはレーザーと呼ぶべきだろうか。
どうやらナイトメアは、自分の周囲に降り注ぐ光を歪め、一点集中させ、熱を伝えるものだけを放出しているようだった。
それは視認できず、光速で、高熱。
まるで魔眼のように、見られた瞬間に焼かれるだろう。
ナイトメアの意識と同期していたのはこのためだ。
まったくもって理不尽極まりない攻撃。反則的だ。
とはいえ、……当たらなければ問題はない。
俺は最小限の[火花]でナイトメアの意識を避け続けながら、着実にナイトメアに迫っていく。
俺の姿を捉えられないためか、間合いの操作もない。
みるみるうちに俺は間合いを詰めていく。
……そろそろ終わりにしよう。
まさか二つ目の心象魔術に覚醒してなお苦しめられ、一つ目の心象魔術が深化してようやく乗り越えられるようになるとは思わなかった。
これ以上、ナイトメアの試練には付き合っていられない。いや、本当に。この先にどんな奥の手があるのかと思うと、ぞっとする。
いくら期待されようが、そんなのはくそくらえだ。さっさとナイトメアを倒すに限る。
もうすぐ、好機が来る。
このまま進めばおそらくナイトメアは攻撃を切り替える。次の試練に移ろうとする。その瞬間が狙い目だ。
これまでの流れからいえば、ナイトメアは今の攻撃をやめ、黒翼を羽ばたかせて、次の攻撃を始める。そろそろ残り二百メートルを切るが、その距離なら、今の攻撃がやみ、黒翼が羽ばたくうちに間合いを詰められる。もちろんナイトメアの意識はかわし続ける必要があるが、間合い操作ができない程度でいいなら、熱線攻撃を完封するよりよほど適当な避け方でいい。多少ならナイトメアの意識に触れても問題ない。それなら一気に接近できる。
あとは[抜踏]で終わりだ。音速に迫る速度の[爆肢]なら、さすがにダメージが通るだろう。
そう予測しつつ、俺は距離を詰めていく。
もうすぐ残り二百メートル。
そろそろ、ナイトメアの試練が切り替わってもおかしくない。
いつ今の攻撃がやむかと、俺はナイトメアの意識を読みながら待っていた。
すると、ナイトメアの意識に、攻撃に加えて他の意図が混じり込む。
その意図は初めてのもので、さすがによくわからない。おそらく次の試練のものだろうとは思うが、それまでだ。
そして、ナイトメアの七対の黒翼のうち――。
これまで動かなかった新たな一対が、羽ばたたいた。
……今の攻撃を続けながら。
「ッ!?」
驚愕に目を見開く。
……そんなのありか!? 先に今の攻撃をやめろよ!?
というか、いくら【思考加速】があるとはいえ! 高速で回避を続ける俺を精密射撃みたく狙い続けながら新たに魔術を準備できるのか!?
さすがに攻撃を継続されては急接近を果たせない。
俺は諦めて、このまま着実に距離を縮めることにする。
仮に、今の熱線攻撃の狙いにわずかでも甘さが生まれていれば、その隙に俺は急接近を果たせていたかもしれない。
しかし、ナイトメアは攻撃の手を一切緩めることなく、新たな魔術を準備してみせたのだ。
「――超重聖域」
直後、ナイトメアの熱線攻撃がやむ。
さすがに二つ同時の維持はできなかったらしい。
だが、それは気休めにもならない。
ナイトメアに【並列思考】がないと判明しただけのことであって、次の試練に移行してしまった事実は変わらないのだから。
何が来るか、と俺は身構える。
ナイトメアの意識を避けてはいるが、それでもまったく安心できない。
果たして、俺の直感が再び最大限に警鐘を打ち鳴らす。
それは、またしても即死級であることの合図。
……次の瞬間。
俺は、地面に叩きつけられていた。
イスハのステータスを公開します。
このナイトメア戦でいろいろ強化されたので、まだ戦闘途中ですが簡明のためオープンです。
あと、ナイトメアの試練の内容も書いておきます。参考までにどうぞ。
==
<ステータス>
「イスハ」
種族:少女鳥
特技: ←変化なし
【瞑想】☆☆ [休息][即時発動][冷静][感知][回復]
【持久】☆ [一日持久]
【潜在覚醒】☆☆☆ [筋力覚醒][思考覚醒]
【身体操作】☆☆☆ [絶対精度運動]
【隠密】☆☆ [気配希薄][無音行動]
【感知】☆☆☆ [体内感知][環境感知][意識感知]
【直感】☆ [危険直感]
【体術】☆☆ [上級]
【走術】☆☆☆ [超級]
魔術:
【空精魔術】 [風亡][負爆][爆撃][爆肢]New[風啼]New
【命精魔術】 [身体強化]
【心象魔術:天上察知】 ←New
[感知拡大] 範囲拡大、意識読解、自動感知
[予知] 未来予知
【心象魔術:永走】 ←New
[走行最適化] 最適化、一本化、無意識化、身体強化、思考加速
※特技の☆の数は価値や評価を表し、最大で三つです。魔術に☆がないのは評価基準がないためです。
※ウーリの力による身体強化、魔力補給については記載していません。これらは「種族特性」のカテゴリーになるのですが、種族特性には他の情報も含まれ、それらをすべて明記するとステータスがだいぶややこしくなるため、非公開とさせていただきます。
<武術詳細>
「イスハ」
【体術】 ←変化なし
・壱 [虚蹴]
虚をつき、相手の意識の外から蹴る。
【走術】
・壱 [縮地]
意識の強弱と遠近感のトリックにより、瞬間移動したように見せる走り。
・弐 [残影]
偽りの加速で残像を見せ、姿を見失わせる走り。
・参 [火花] ←New
急転換、急加速、急制動を駆使した不規則かつ予測不可能な走り。
ここに[残影]を組み込むと、[線香花火]に発展。
・肆 [抜踏]
走り抜けざま、相手を足場にして踏み抜く走り。
<魔術詳細>
「イスハ」
【空精魔術】
・壱 [風亡]
走りの補助。風をかき分け、通ったあとに元に戻す。これにより空気抵抗を減らし、かつ風を外に出さないため、走りの高速化と隠密化を図れる。
・弐 [負爆]
走りの補助。圧縮した空気を背後に設置し、任意のタイミングで解放して疑似的な爆風に乗る。瞬間的な加速を可能とする。
・参 [爆撃]
攻撃技。圧縮した空気を操作して任意の地点で解放し、疑似的な爆風で攻撃する。
・肆 [爆肢] ←New
走りの補助。足裏に疑似的な爆風を起こし、それを蹴って空中を駆ける。これによって、地面を駆けるしかなかったことによる空間の制限を取り払うほか、地面を蹴るしかなかったことによる速度の制限をも取り払う。
・伍 [風啼] ←New
走りの補助。先端を前方に向けた円錐状に空気を圧縮固定し、風よけとする。かつ円錐内側の空気を薄くし、空気抵抗を減らす。なお、[爆肢]のための圧縮空気は円錐外側から取り込んでいる模様。
【心象魔術:天上察知】
・[感知拡大]
範囲拡大:感知だけなら見渡す限り、察するだけなら雲の上まで感知範囲を拡大。
意識読解:意識を直接向けられていなくても意識を読み、その意図を察し、無意識を把握する。
自動感知:何かに集中していても自動で周囲の情報を感知、処理する。
・[予知]
未来予知:ごく近い未来のできごとをビジョンとして予知する。
【心象魔術:永走】
・[走行最適化]
最適化:身体、魔術を問わず、走行に関する動作を最適化する。
一本化:走行に関する魔術の制御を一本化する。
無意識化:意識せずとも、走行補助の魔術を含め走行可能。
身体強化:高速域での走行にも耐えられる強い身体に。
思考加速:高速域での走行にも耐えられる思考の処理速度に。
※[走行最適化]の身体強化と思考加速について、今のイスハは気づいていません。身体強化はウーリによる強化と混じり、思考加速については極度の集中状態による疑似的な思考加速と混じり、区別がついていません。
<ナイトメアの試練>
第一の恐怖:恐怖の試練 ナイトメアの恐怖を乗り越える。
第二の恐怖:一撃の試練 ナイトメアに一撃入れる。
第三の恐怖:八つ竜の試練 八つの竜頭を攻略する。
第四の恐怖:空間の試練 歪む空間の迷宮、巨大な壁の追跡、広がる間合いを攻略する。
第五の恐怖:光の試練 光を歪めた熱線攻撃を攻略する。
第六の恐怖:?
第七の恐怖:?
第八の恐怖:?




