44話 新たな力を手に入れ
イラストを頂きました! 後書きにて公開しています!
第二ラウンドの開始とばかりに、八つの竜頭を背後に従えたナイトメアから攻撃の意識が向けられる。
それはくしくも、第一ラウンドと同じ構図だ。
互いの距離は二十メートルほど。以前の俺からすれば絶望的に遠かったそれ。
だが……もはや恐れはない。心象魔術【天上察知】を獲得した今の俺であれば、ナイトメアの攻撃を避けられるだろう。二十メートルはたったの二十メートルでしかない。今やこの区画の全貌すら把握できる俺にとって、二十メートルなんてわずかなものだ。
加えて、前まではナイトメアに有効打を与える手段を持たなかったが、ウーリの力で強化されたこの身体ならそれも可能だろう。今度の[抜踏]にはどれだけ耐えられるかと、挑戦的に問いかけたくなる。
前回同様、ナイトメアの攻撃の意識が俺の身体の上を這いまわる。
攻撃の照準は、胸元と腰の二つのみ。
他の六つは、俺の回避方向に先回りさせているのだろう。……と、これまでの[意識感知]なら、そこまでしかわからなかっただろう。
だが、【天上察知】はその上を行く。
……右手に二つ、左手に二つ、前方に一つ、上方に一つ。
加えて、それぞれの竜頭の間の中央に対する軌道修正に苦手意識があるようだ。おそらく俺の身体に対する二つの竜頭との調整が難しいのだろう。また、上方への警戒は薄いらしい。俺が選ばないと思っているのだろう。それは当たっている。空中での回避は不利になる。だから地上の、ナイトメアが苦手にしているルートを目指そう。
ここまでを俺は、ナイトメアから攻撃の意識を受けた一瞬で判断した。
「――はは」
俺に直接意識が向けられていなくても、ナイトメアの意図が読み取れてしまう。それどころか無意識の癖や行動パターンまで察せてしまう。
なんという……超越した領域か。確かに期待していたが、心象魔術がまさかこれほどとは思わなかった。
この万能感はたまらない。口元の笑みを抑えきれない。
そうして俺は、一歩目から[負爆]を使った。
ここでも【天上察知】が活きるだろう。今なら[負爆]を何連発でも成功させられそうだ。
果たして……。
――潜在覚醒、身体操作。
――風亡。負爆。
「っ!」
驚愕に目を見開く。
なんだ、これは……ッ!
身体が軽い! 爆風からの負担が少ない! 爆風の動きが手に取るようにわかる! 身体の制御がまったく乱れない!
あたかも、自分の翼で飛翔しているかのような自在感! 難易度、下がりすぎだろっ! 気持ち良すぎる……っ!
俺は喜びに満たされながらも、一方で冷静に思考する。
……思えば、すべての強化がこのためにあったかのようだった。
身体の強化が、爆風の反動を軽減する。
【天上察知】が、爆風の圧力分布を知らしめる。
空精魔術への補助の感覚が、爆風の乗り方を教えてくれる。
[負爆]は、もはや完全に俺の手中にあった。
より強い爆風であろうと、どんなに無茶な体勢だろうと、難なく乗りこなすことができるだろう。
まだ竜頭の追跡は振りきれていない。
俺は感動に浸りながらも、すぐに二連目を発動させる。
二連目には、より強い爆風を使った。
すると……身体の重心がまったくぶれない。危なげない。過去最高の急加速に身体がゾクゾクする。
――負爆、負爆、負爆。
ナイトメアが無意識に嫌うルートを飛んでいく。ジグザグに、かつ軽快に、竜頭の軌道修正を振りきっていく。
俺の背後で竜頭たちが空振り、地響きを起こしながら地面をたたいていく。
そして、ついに……八つの竜頭を抜けた。
過去の限界を乗り越えられたことに歓喜がこみ上げる。思わず口元がにやけてしまう。
だが、まだ気は抜けなかった。
ナイトメアの意識に焦りがない。苦手なルートを暴かれて少し驚いたようだが、しかし期待の意識が強まるばかり。決して油断していい場面ではなかった。
俺は警戒を緩めず一直線にナイトメアへと迫る。
次の瞬間。
いつの間にかナイトメアの背後で鎌首をもたげる八つ首。
それに気づいたときには、再び八つの竜頭が迫ってきていた。
……早い!
再攻撃までのインターバルが短すぎる!
初めから連撃することを意図していたかのような円滑さ。繋ぎの巧みさ。
いや、【思考加速】があれば途中の操作変更も容易いだろう。だが、それだけでここまで速くはならない。圧倒的なのは、ナイトメアの魔術の練度。八つ首の一つ一つが切り札級の動きをしている凄まじさ。
俺は[負爆]で方向転換し、竜頭の回避を優先する。
ナイトメアへの接近は後回しだ。ナイトメアから離れつつ、第二波の猛追を警戒する。
……だが、竜頭は追って来なかった。
俺はナイトメアから遠ざかるだけで簡単に第二波をやり過ごすことができていた。
それを疑問に思う間もなく理解する。
竜頭によって、ナイトメアに接近するルートが重点的に潰されていたのだ。
ナイトメアの目的が変わっていた。俺への攻撃より、俺の接近を阻むことを優先していた。
その変わり身の早さも【思考加速】の恩恵なのだろう。
改めて思うが……強い。一筋縄では行かせてもらえない。
さすがウーリの悪夢というべきか、あるいはさすがシテアハネのコピーというべきか。
しかし、守りを選ばせたのは喜ばしい。
つまり、ようやく対等になったのだ。
俺の接近を阻むのは、俺の強さを認めた証拠。そうでなければ、戦法を変えはしない。
これまでナイトメアは本気ではなかった。戦況が動いた今、ここからが本番だろう。
俺は気を引き締め直すと、八つの竜頭が乱舞する防御陣形を抜けようと試みる。
【天上察知】でナイトメアの意図を読む。八つ首同士の干渉で対応しにくいルートや、ナイトメアの警戒の薄さから反応が遅れるルートを狙う。
ときに竜頭の陰に隠れ、ナイトメアの意識を振りきろうとする。
[負爆]の連発で竜頭の防御陣形へと何度も挑戦する。
だが……呆れるくらいに鉄壁だった。
接近ルートを潰すように八つの竜頭を操られると、どうしても抜けない。
そもそもナイトメアの意識そのものが振りきれない。そして俺の接近ルートを割り出されて先回りされてしまうのだ。
ナイトメアの意識から逃れるために竜頭の陰に隠れても、俺が見えているかのように的確に接近ルートを潰される。なんらかの感知能力で俺の位置が特定されているのだろう。
能力的に隙がない。
……それならどうすればいい?
俺は挑戦を続けながらも、思考を深める。
もっと速さがあれば……と思う。
それは、【思考加速】を持つナイトメアの意識をも振りきる速さだ。
[負爆]でも加速を重ねればその速さが手に入る。いったんナイトメアから離れて助走距離を取り、遠くから一直線に突撃すればいけるだろう。
だが、速すぎると今度は方向転換がきつくなる。[負爆]は背中を起点にするため、どうしても複雑な動きが制限されてしまう。
いくら速くても単調な動きでは、ナイトメアには通用しないだろう。竜頭の防御陣形を抜けるとは思えない。
これが背中ではなく足を起点にできれば、走術を使って複雑に動けるのだが……。
……あ。
と、そこで思い至った。
おあつらえ向きの空精魔術があるではないかと。
これは……もしかすると?
ここまで自由自在に爆風に乗れるのなら、いけるか?
「……」
俺は期待に胸を膨らませながら、焦らないように心がけてナイトメアから距離を取る。
後ろ向きに[負爆]を使い、後退する。
ナイトメアは追ってこない。俺の戦意を読み取り、戻って来ることを確信しているのかもしれない。
とはいえ急に追ってこないとも限らない。俺は慎重に、失敗してもフォローできるよう何百メートルも距離を空けておく。きりもみ回転して体勢を崩したところに追撃を受けてはたまらないからだ。
思い出されるのは苦い記憶。
何千回と失敗し、悲痛をたたえるウーリに治療を強いた日々。
しかし……そんな過去がありながらも、不思議と失敗の不安はなかった。
なぜか、いける気しかしない。
俺は距離を取り終えると、すぐさま取りかかる。
一瞬で、圧縮空気を足裏に作り出す。
そして集中力を高め……解放した。
――空精魔術の肆:爆肢。
瞬間的に足裏を押し上げる爆風。
……【天上察知】で圧力分布を把握。補助の感覚に導かれて身体の動かし方を学習。強化された身体で姿勢を制御。
俺は点の上にそっと足を置くようにして、爆風を踏む。
そして……。
乗った。
すぅっと、爆風に押し上げられた分だけ空中を進む。
「――っ!」
すぐに二歩目を発動させる。
今度は踏むだけでなく、蹴り出してみる。
ぐん、と加速。
少しよろけるも、なんとか姿勢を維持。
三歩目に繋げる。
再び爆風を蹴り出す。
さっきはよろけたが、今度は調整して真っ直ぐに進む。
……四歩目、五歩目、六歩目。
俺は、爆風を踏んで走っていた。
「はははははッ!」
夢のようだった。
地上の檻から解き放たれた気分だった。
ナイトメアからは期待の意識が、ウーリからは喜びの意識が飛んでくる。
だが、それらに反応している余裕もない。
俺は衝動に駆られ、試したかったことを次々とその場でやっていく。
空中で壁を蹴るような三次元的な動き。
翼を使った加減速。
走術の型。
[風亡]の併用。
いずれも、最初は何かしらの誤差により姿勢がよろけるが、二度目以降は補助の感覚により完璧にマスターしていく。
そうして一通り試し終えると、今度はどんどんスピードを上げていく。
ナイトメアを中心とした円周上を駆け回る。
足場は自由自在。レース場のコーナー外側のすり鉢状の傾斜を走るように、俺は身体を倒す。地上を駆けるなら身体が外側に流れるが、それをカバーする。
そうすると身体を押しつける方向に負荷がかかるが、強化されている身体には問題ない。
俺は[風亡]を使いながらどんどん加速していく。
すぐに時速150kmを超えた。
そのまま新幹線並みの速度までいき、それすらも超えていく。
すると……[風亡]が面倒になってきた。
空気をかき分ける量が膨大になって手間だ。もっと速度を出せばさらに手間になり、そちらに集中しなければならなくなる。それは好ましくない。
かき分けるのではなく、戦闘機の先端みたく円錐状に空気を圧縮し、それを風よけにしたほうが楽に思える。円錐内側の空気を薄くしておけば性能は落とさずに済むだろう。
また、風よけ形式にするなら、風を元に戻すことは困難だ。あれは風をかき分けるからこそ、その延長として実現できた操作。
いっそ風を元に戻すのは諦めよう。
ただ、高速で走り抜ける余波で突風が出てしまう。音速を超えれば衝撃波も生まれるのか? そうなると周囲への被害を気にしなければならなくなるが……ここなら気にしなくていい。そのへんを考えるのはこの戦いが終わったあとにしよう。
俺は一度減速し、[風亡]と[爆肢]を解除。
地上を走りながら、その先端を前方に向けた円錐状に空気を圧縮して固定。
性能を確かめながら、円錐状の形を調整していく。
……風よけにはなっている。
しかし、横から空気が入ってくる。空気の薄さを維持できていない。
円錐の大きさと角度を調整する。
……よし、こんなものか。
高速域ではさらに調整が必要になってくるかもしれないが、このままでもそれほど問題なさそうだと直感する。
俺は円錐の風よけを維持したまま、[爆肢]で再び加速していく。
[風亡]より楽だ。
それに、自然と二つの魔術がよく馴染む。補助の感覚がものすごく仕事をしている。
【天上察知】により、俺が駆け抜けたあとに轟々と暴風が吹きすさんでいるのがわかる。
風を殺す[風亡]とは逆に、風を乱して轟々と鳴らす。
ゆえに……。
――空精魔術の伍:風啼。
周囲の景色が瞬く間に通り過ぎる。
新幹線より速く、俺は空中を駆けていく。
見たことのない光景に、気分の高揚がやまない。
だが、浮かれてばかりもいられなかった。
ナイトメアの意識は俺を捉えたままだ。
単純な速さだけで振りきるにはまだ足りないのだろう。
しかし……ここに走術が組み合わされば、どうなる?
もちろん、このまま速度を上げ続けることは可能だ。今のところ、爆風を踏むことによる加速に限界は来ていない。
だが速すぎると、たとえ足を使ったとしても方向転換が難しくなる。竜頭を避けたあと、[抜踏]をする前にナイトメアを通り越してしまうことになる。
時速500kmか、時速600kmか。今の速度は見当もつかないが、走術を試すには頃合いだろう。
俺は期待に胸を高鳴らせながら、方向転換した。
ナイトメアを中心とした円周の軌道から、一直線にナイトメアへと駆けていく。
新たに手に入れた[爆肢]と[風啼]。
そして、これまで無効化されてきた走術。
ようやく手札が揃ったような充実感を覚えながら、俺は次なるステージへと足を踏み入れるのだった。




