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42話 死に瀕して

 目の前に迫る八つの竜頭。

 満身創痍の俺ではもう逃げられない。ここで、俺の命は終わるだろう。

 焦りが心をかき乱す。俺が死ねば次はウーリの番となる。それはダメだ。こんなところで死ぬわけにはいかない。

 だが、もう打つ手がなかった。どう身体を動かせばいいのかもわからない。俺には睨みつけることしかできないのだ。


 死んだな、と、こちらに向かってくる八つの竜頭を睨みながら他人事のように思う。いくら焦ろうが、状況的に俺は詰んでしまっている。


 今ばかりは自分の優れた動体視力が恨めしい。スローモーションのようにゆっくりと、竜頭が迫って来るのを認識できてしまうのだから。

 あの巨大な竜頭にミンチのように押しつぶされて死ぬのはどんな感じだろうかと想像してしまう。まず首が折れて意識が途絶えるのだろうか。それとも、意識が残ったまま身体がぐちゃぐちゃになるのを認識できてしまうのだろうか。どうせ死ぬのなら楽に死にたいと思ってしまう。

 あるいは、心象魔術ユニークに覚醒して攻撃を回避できれば最高だ。しかし……結局、そんな奇跡は起こらないと確信できてしまう。きっかけがないのだ。


 ……いつも通りだった。

 敵はこれまでになく強かったが、それでも信念を支えに恐怖に立ち向かい、命懸けで戦うという俺の在り方は変わらなかった。そうであるなら、前世のように信念に殉じるのは既定路線であり、運命だろう。


 今回はウーリを守れず、信念を果たせなかったのが未練ではある。

 ただ……俺の信念はトラウマの恐怖に立ち向かうためにあった。その信念は俺が積極的に生きるための道具であり、呪いだった。

 もちろん生きながら信念を果たせないのは最悪だ。しかし、死んで果たせなくなるのは普通であり、道理だろう。つまるところ、ナイトメアを倒してウーリを守るということが、俺の身の丈に合わない過分な信念だったということになるだけなのだから。


 だから、こうして信念を果たそうとした結果死ぬのなら、俺は満足……のはず、なの、か? 前世のように、スッキリと終われるのか?

 ……比較すれば、前世のときのような寂しさはない。ウーリとの関わりは充実していて、その点は満足だった。

 だが、ウーリを残して死ぬのは……なんか、ダメだ。やはり許せない。スッキリと終われない。どう取りつくろったところで未練なのだ。

 俺が死ねば、信念的にはそれまでだ。そこで俺の務めは終わるはず。それでも……ウーリを守れずに終わるのは、信念的にというか、なんかダメなんだ。


 俺は、このまま死ねない。

 ……ちくしょう。そうだよ、死ねない。ナイトメアを倒してウーリを助けるまでは、死ねない!

 それなのに……俺はここで死ぬしかないのかッ? 次に殺されるウーリを残して死ぬしかないのか!?


「――ぁぁぁあああああッ!」


 たまらず、絶叫した。叫べば呼吸器が痛み、満身創痍の身体にも響くが、それでも構わず絶叫した。

 それは断末魔の叫びではない。理不尽な世界に向けた雄叫びだ。やるせなさと悔しさを力に変えるためののろしだ。

 だが……それでも、現状を変えるすべを俺は持っていなかった。


 俺に唯一できることは、八つの竜頭が俺に直撃するのを目をつぶることなく睨み続けることだけだった。


 そして――。

 ついに、八つの竜頭が直撃する。






「はーちゃんっ!」


 ――直前、横手から俺に抱き着く白い幼女。

 彼女は俺をかばうようにして、膝立ちの俺に覆いかぶさり、八つの竜頭に背中を向けた。


 ウーリ!? なぜ!? 

 このままではウーリも一緒に潰されてしまう。最悪の結末に心が悲鳴を上げる。

 しかし、止める間もない。


 ついに八つの竜頭が……あろうことかウーリに、直撃した。


「ぅあッ」


 ウーリの身体が衝撃を受けて、跳ね上がる。そうして、俺ごと吹き飛ばされようとして……耐える。


「……え?」


 数センチメートルほど押されたが……しかし、確かに耐えている。

 大丈夫なのか……? 能力を使って無事なのか?

 しかしウーリはナイトメアに何度も殺されているのではなかったか? ナイトメアの攻撃に耐えられるものなのか?


 疑問が芋づる式に出てきて思考がまとまらないが、とりあえずナイトメアの攻撃を防げるのは事実なのだろうと希望を抱いた。八つの竜頭による連続突きはやまず、ウーリ越しに衝撃が立て続けに襲ってくるが、ウーリなら耐えていられるのだろうと安心した。そのときだった。


「ぅぐぅぅッ!」


 ウーリから、苦悶の声。

 俺に覆いかぶさり、一緒にじりじりと押されながら、ウーリは俺を抱く腕につらそうに力をこめている。柔らかいその細腕でも、力がこもれば満身創痍の俺の身体に激痛が走る。だが、そんなことよりも、ウーリの状態が気がかりだった。

 俺は肺を痛めながらも声を絞り出す。


「ウーリ!? 大丈夫じゃないのかッ!?」

「ぅぅ、ぐぅぅッ、ぅぅっ」


 しかし、ウーリからは押し殺すような悲鳴しか返ってこない。俺の問いかけにウーリは答える余裕もないようだった。

 代わりに、八つの竜頭による攻撃をなおも続けるナイトメアが言う。 


「……ほう。ダメージは殺しきれぬか。

 恐怖を克服したかと思えば、完全に能力が使えるわけでもなし。その様子ではいずれ力尽き、二人ともども潰されよう。命を懸けてもわずかな延命にしかならなかろうに……。それでもなお、ここに来たか」

「……!?」


 ナイトメアの言葉に俺はウーリの状況を察すると、今にもウーリが竜頭に潰されてしまうような気がして戦慄する。たまらず咄嗟に、身体が痛むのも構わないでウーリ越しに叫びを上げる。


「ナイトメアッ! 攻撃をやめろッ! ウーリが死んでしまうッ!」


 しかし、八つの竜頭による連続突きはなおも止まらない。ナイトメアからは不思議そうな意識が返ってくる。


「異なことを。れを殺すことがの使命。なれば、攻撃をやめるはずもなし」

「だがッ……げほっ、ッ」


 無理して叫んだからか、肺の近くが痙攣する。それによって折れたあばらが内臓を傷つける。今ので寿命を減らした。これ以上無理をすれば、自滅を早めるだろう。

 だが……そんなことはどうでも良かった。目の前でウーリが傷つき、死にそうになっていくのをどうにかすることが俺の命よりも優先された。

 

 俺はナイトメアが止まらないことを悟るとすぐに、さっきから小さな悲鳴を上げ続けるウーリに説得の対象を変える。


「ウーリ! もうやめろッ! 俺を置いて逃げてくれッ!」

「ッ、ぅぅッ、ぁぐッ」

「頼むッ! ウーリ、逃げてくれッ! このままでは一緒に死ぬだけだッ! そんなの、ダメだろッ……!」


 思わず声が震え、涙がにじむ。

 目の前でウーリが死ぬことがなによりも悲しく、そして恐ろしい。それが現実になるくらいなら、俺が自分で死を選んだほうがマシだ。


 だが、懇願する俺にウーリは拒絶と決意の意識を返してくる。そして、何かを伝えようと、悲鳴の合間に言葉を紡ぐ。


「ッ、ぇぇッ、ッ、はーちゃんッ、を、守るぅッ!」

「……ッ」


 ――息が詰まった。

 俺を守るために、死も苦痛も顧みない姿。

 それが、俺の信念に重なって見えた。


 ……そういえば、ウーリはナイトメアの恐怖にさらされる中、不完全ながらも能力を使えるようになっている。

 俺を守るため、命懸けで、悪夢ナイトメアという恐怖の元凶に対抗しているのだ。

 その在り方は、俺の信念と同じではないのか?


 説得を続けようとしていた俺は、言葉を失った。


「ぁ……」


 俺は、もはや「逃げろ」とは言えなくなってしまっていた。

 自分の在り方を否定できなかった俺が、どうして今のウーリを否定できようか。

 確かに俺と同じ道を歩んでほしくないとは思うが、否定なんてできやしない。ウーリの否定は、俺自身への全否定に繋がる。今のウーリの姿は、俺の在り方でもあるからだ。


 だからこそ、ふいに疑問が湧く。

 ……なぜ、ウーリがそれをできるのかと。

 普通では無理なはずだ。俺の信念的な行動は生物としては異常だ。自ら死を選ぶなど、何かが狂っていなければできるはずがない。

 まさか、ウーリも“信念”を掲げたのか? それは俺と同様の、トラウマに対抗するための信念なのか……?


 答えを出そうにも、重傷の身体が熱を持ち、頭がぼーっとする。

 いまいち考えがまとまらない中、うわごとのように俺は尋ねた。


「……ウーリ、それは、なんのためだ? 信念のためか?」


 すると、ウーリは即答する。


「はーちゃんがッ、大好き、だからぁッ!」

「……っ?」


 時と場所によっては赤面したかもしれない、ストレートな告白。

 だが、今の俺にそのような余裕などあるはずもなく、ただ驚愕をもって聞き返す。


「それだけで、恐怖に立ち向かえるのか……?」

「ッ、はーちゃんッ、にッ、ぁぐッ……死んでッ、ほしくないッ、だけぇッ!」


 今もウーリが傷ついているにもかかわらず、俺は自分の意識が混乱から抜け出して、頭の外側から思考するような不思議な感覚に襲われる。

 ……何かがわかりそうだった。

 満身創痍の身体から切り離されたように冴える頭。俺はウーリの衰弱を把握しながら、一方で熱に浮かされたように自分の心を見つめ直していく。


「……俺も、ウーリに死んでほしくない」

「ウーリッ、もぉッ!」

「俺も、ウーリを守りたい」

「ウーリッ、だってぇッ!」

「……そうか」


 ピースが……繋がっていく。

 ごちゃごちゃとしていた心が、ようやく一枚の絵を描き出す。

 それは究極的で、どこまでも自然な、俺の本心。


 ――ウーリの姿は、俺と同じだ。

 命懸けで恐怖に抗っている。


 だが、ウーリに“信念”はないのだろう。

 ウーリは、大切な誰かを守るという理由だけで、ナイトメアの恐怖に立ち向かっているのだ。


 そしてその理由は、俺だって持っている。

 俺だって、ウーリに死んでほしくないという思いだけで、ナイトメアに立ち向かえる。

 

 そこに……“信念”は要らないのかもしれない。ウーリを大切に思う気持ちがあれば、それだけで充分なのかもしれない。


 そうして、俺がウーリを守ろうとするだけでなく……ウーリも俺を守ろうとしている。それは俺の信念のように一方的なものでなく、相互的なもの。

 互いに大切に思い、だからこそ互いに守ろうとする。互いに生きていてほしいと望み、だからこそ互いに死んでほしくないと願う。それだけで、トラウマの恐怖にだって立ち向かえる。


 それだけのことだったんだ。それだけで良かったんだ。なんのことはない、異端でも特別でもなく、ただ大切な者を守りたいという当たり前で普通の思いだった。

 俺も、いつからか……例えば、前世で妹のウミが生まれたときには、ウミを守りたいという思いだけでトラウマの恐怖に向き合えていたのかもしれない。そのときから信念は要らなくなっていたのかもしれない。

 なんにせよ、ウーリの今の姿こそが、俺の本来あるべき姿だったのだろう。


 もっと早くに気づけば良かった。

 俺は、信念にこだわってウーリの思いを否定するのではなく……。


「……ああ、ウーリ、その思い、受け入れよう」


 ウーリを受け入れる代わりに、信念を捨てれば良かったんだ。

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