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41話 応戦して追い詰められ

 開始とばかりに、八つの竜の首を背後に従えたナイトメアから攻撃の意識が向けられる。

 

 互いの距離は二十メートルほど。普通の相手なら近いと感じるが、【思考加速】を持つナイトメアが相手だと絶望的に遠い。どうやっても迎撃されるイメージしか湧かない。

 あまつさえ、接近できてもダメージを与える手段がない。【身体強化】で化物じみた身体を持つナイトメアには、前回[抜踏ぬきふみ]をよろけもせず耐えられた。今回改良した[爆撃はぜうち]も、前回蹴ったときのタイヤのような感触を思い起こせば決定打になるとは思えなかった。

 勝算がないのはわかりきっていた。だからここでやるべきは速攻ではなく、回避に専念して戦闘を長引かせること。そして、戦闘中に成長してナイトメアを超えるしかない。

 具体案はない。奇跡にすがる神頼みと大差ない。幸運を超えた何かが味方しなければ成立しない勝率の低すぎる博打だが、これしか手がないのだ。

 そのことを重々承知していた俺は、ナイトメアの攻撃に対して逃げ回ることを決めていた。


 前回と違って今回は八つ首だからか、ナイトメアの攻撃の意識が俺の身体の上を這いまわる。

 頭、右肩、左肩、腹部、右足、左足。攻撃の照準がここまで六つ。八つ首で来るならあと二つ。俺の回避方向へ先回りさせるつもりか。


 ――潜在覚醒、身体操作、感知。

 ――身体強化、風亡かぜなき


 恐怖や悪環境の影響で身体が重い。しかしナイトメアへの殺意を原動力に、【潜在覚醒】と[身体強化]で無理やり動かす。

 [風亡かぜなき]で前方の空気をかきわけながら、後方で空気を元に戻して風を殺し、そうしてナイトメアに向けて真っ直ぐに駆け出す。


 直後、ナイトメアの頭上にあった八つ首がたわんだ。次の瞬間、鞭のようにしなるそれらが四方八方からこちらに襲いかかる。

 おそらく一秒にも満たない、着弾までの猶予。

 それは恐ろしく短い。だが、俺の極度の集中状態が、その一瞬の内にいくつものやり取りを詰め込んでいく。


 ――残影ざんえい

 突っ込むと見せかけて横方向に急転身するが、やはり【思考加速】で俺の動きをスロー再生しているのかナイトメアの意識をあざむけない。ナイトメアの攻撃の照準はピタリと追いすがり、八つ首が俺の回避に合わせて滑らかに軌道を変えてくる。


 ――負爆おいはぜ

 ここから緊張が一気に高まる。さっきの走術は悪あがきだ。通用しないことは予想していた。

 俺は[負爆おいはぜ]の操作に専念するため、[身体強化]を解除する。同時に[風亡かぜなき]における空気を後方で元に戻す操作……隠密性も放棄。空気をかきわけ、空気抵抗を小さくすることだけを維持する。


 今こそが正念場。

 普通の[負爆おいはぜ]では足りない。前回は[負爆おいはぜ]二連でようやく回避できた。今回は二連を超えなければ、ナイトメアには通用しないだろう。

 今からやるのは[負爆おいはぜ]の連発。できるのかといえば、必ずしもそうともいえない。

 その難所は、爆風の連続発動と、それに乗ること。

 前者はいける。[爆肢はぜあし]の練習は失敗続きだったが、その代わり圧縮空気を作る操作はこれまでになく上達した。そもそも[爆肢はぜあし]というのは、爆風を足元で連続発動させることが前提だ。回数だけはこなした練習により、瞬間的な圧縮空気の作成と解放はそれなりにできるようになっていた。

 しかし爆風を連続で起こせても、爆風に乗れるとは限らない。[負爆おいはぜ]を連発すれば、前の爆風による風の乱れが感覚の誤差となり成功率が低下していく。

 果たして[負爆おいはぜ]をどこまで連続成功させられるか。たかが攻撃一回を避けるためだけに、俺は不確かな賭けに命を預けなければならなかったのだ。


 ――まず、一回目。

 これは普通の[負爆おいはぜ]なので、あっさり成功。

 [風亡かぜなき]で空気をかきわけながら急加速。ナイトメアの攻撃の意識を振りきろうとして……狙いをずらすに留まる。そうだろう、前回もそうだった。とはいえ、身体に当たるものが六つともすべて残っているのは嬉しくない。


 ――しかしここからが本番。二回目。

 すぐに背後の空気を圧縮して発動。空気の乱れはあるが姿勢の制御に成功し、さらに急加速。

 ナイトメアの攻撃の照準を振り切ること、二つ。そして残り四つとなるが……しかし先回りしていたらしい別の二つが新たに追加され、残り六つ。……くそ、前回は[負爆おいはぜ]二連で振り切れたが、さすがに八つ首、同じようにはいかないか。


 ――勝負に出る。三回目。

 すぐに斜め後方の空気を圧縮して発動。直進だけでは振り切れそうにないため、斜め方向に急転換。

 しかし斜めというのが難しかった。反動でぐらりと姿勢がぶれ、身体の制御を乱してしまう。――きつい! もうあとがない。これ以上[負爆おいはぜ]を連発すれば完全に体勢を崩し、きりもみ回転をしてしまうだろう。

 今の急転換で回避できていてくれと切に願う。そうでなければマズすぎる。

 そして……振り切れたナイトメアの照準は、たったの三つ。残りはまだ三つ。失敗という二文字が脳裏をよぎる。

 ……加えて、その三つはもう目前まで迫っていた。俺の身体より大きな竜頭の圧迫感。魂が冷え切るような感触は、まさしく死の気配。直感が鳴らす警鐘は、過去最大級。

 タイミング的にも、姿勢の制御的にも次で最後だろう。俺は死刑台にでも登るような恐ろしい気持ちで最後のそれを行う。


 ――終わりの、四回目。

 すぐに斜め後方の空気を圧縮して発動。ただでさえ姿勢が不安定になっている中、あとのことは考えず、ただ回避のみを優先してもう一度急転換。

 果たして、ついに俺はバランスを崩した。不安定だったところに無理やりやったせいか、これまでになく視界がぐるぐると高速で回る。地面の方向も、どのようにきりもみ回転しているのかもわからない。

 だがそんなことには構わず、意識感知に集中する。ひたすら願うは回避の成功。

 ……頼む、これで攻撃を振り切っていてくれ! [負爆おいはぜ]四連! そのうち急転換二回! さすがに振り切っただろ!

 そうして俺は意識感知で知った。……ナイトメアの攻撃の照準が、一つだけ残っていることを。


 ……くそったれ。

 そう呪っている暇もない。このまま直撃すれば即死するかもしれないのだ。


「――っ」


 身をよじって打点をずらそうにも、方向がわからないほどきりもみ回転する最中では難しい。

 俺は覚悟を決めると、[身体強化]に全魔力を投入し身体を丸めた。


 当たり所が悪くないことをただ祈る。

 それと同時、走馬灯のように……夢界に来た当初、ウーリに助けを求められた場面から始まり、ウーリに世話をされたり好意を寄せられたりする場面が脳裏に再生されていった。


 直後、衝撃。


「ッ!?」


 ミシミシと全身が軋む。身体がくしゃりと勝手に曲がる。全身がバラバラになりそうな感覚。前世の最期、車にはねられたときを思い出し、これはそれ以上だと即断する。

 取り返しのつかない状況に一瞬で頭が冷え切る。そのままあらぬ方向へと吹き飛ばされる。


 身体の高速回転で地面がどこにあるかわからない。それどころか、思うように力が入らない。自分の身体の損傷具合が不明だ。即死ではなかったが、致命傷だろう、と冷静に思う自分がいる。

 しかし、死ぬにしてもどうにかしてナイトメアを道連れにしたい。ウーリを守るためには、俺だけやられるのはマズイ。ピンチはチャンスでもある。どうせ死ぬのなら、身体を犠牲にすることで反撃できるかもしれないのだ。


 だが、そうこうしている間も着地はまだ来ない。

 不吉に長い滞空時間。あたかも死の谷底に落ちているかのようで、何かしなければならないと思うが、視界の高速回転で方向がわからず、竜頭に直撃して満身創痍の身体では、どう動けばいいのか、どうやって動けばいいのかもわからない。

 反撃も許されずに着地で死ぬかもしれない。そう覚悟したとき、俺は背中に衝撃を受けた。


「かはッ――」


 肺の中の空気がすべて吐き出される。頭が真っ白に染まる。

 その後も幾度か衝撃を叩きつけられる。どうやら固い地面の上を何度もバウンドしているらしかった。

 呼吸もできず、全身ズタボロになりながらようやく停止したときには、おぼろげながら身体の損傷具合を把握できていた。……もう走れる身体ではないだろうと。


 俺はすべてに優先して、ナイトメアの意識を感知する。すると、追撃の意識はなく、こちらを観察しているようだった。


 俺は呼吸の回復も後回しに、倒れこんだまま[爆撃はぜうち]用の圧縮空気を作ろうとする。ナイトメアにダメージが通るかは別として、瀕死の今ならナイトメアが油断して簡単に攻撃を当てられるかもしれない。たとえ俺の死が確定していたとしても、どうにかしてナイトメアを倒さなければならない。ダメージになるかどうかはやってみなければわからないのだ。

 だが……とても魔術に集中できる体調ではない。恐怖や悪環境に加え、満身創痍の身体がいたるところで痛みを訴え、呼吸で酸素も取り入れられず頭がぼーっとする。

 しかし、どうせ死ぬのだからと、俺は身体の制御をほとんど手放し、[爆撃はぜうち]の操作に全神経を集中させる。

 そうしてようやく作れた、たった一つの[爆撃はぜうち]用の圧縮空気。俺はそれをナイトメアに向けて真っ直ぐに飛ばした。


 最後の希望を託した透明な圧縮空気は、命を振り絞るようにして着実にナイトメアへと向かっていく。そして……。


「……歪曲領域トルネードディストーション


 ナイトメアの周囲の空気が急速に旋回を始めたことで、簡単に流されて制御を失い、誤爆した。


 そのときになってようやく俺は呼吸ができるようになり、慌てて酸素を肺に取り入れる。


「――ひぅっ、かはっ、げほっ、げほっ……くそッ」


 [爆撃はぜうち]を容易く潰されたことに嘆きを叫びたくなるが、呼吸器がやられているのか、呼吸のたびにズキリと痛むのでそれもできない。

 まだ機能を失っていない部分を使い、全身の悲鳴を聞き流しながら上半身を起こす。

 同時に、改めて自分の身体に意識を向け、ケガの具合を確認する。


 ……骨折は、骨盤に一カ所、左足の脛骨とふしょ骨、あばらを数本、それから両翼の腕や手に相当する骨を半分ほど。右足の骨だけ無事だが、左足と骨盤がやられているので走ることはおろか、満足に歩くこともできやしない。

 打ち身と擦過傷は全身のいたるところ。内臓に関しては、気のうの一部が損傷したようで呼吸のたびに痛みが走る。ただ、それくらいで、苦し紛れの[身体強化]のおかげか他に内臓破裂などの大きなダメージはなく、奇跡的に致命傷は免れたらしい。とはいえ気休めにもならないが。どのみち走って逃げられないので、とどめを刺されるまでは時間の問題だ。状況は詰んでしまっている。

 あとは、自慢の羽が折れたり抜けたりして悲惨な状態だ。これは手入れをしたところで回復できるものではない。まあ、ここで死ぬのなら気にしてもしょうがないが、これまで養母ちゃんやウーリに毎日手入れをしてもらい、俺も羽の美しさを誇りに思っていたので残念でならない。


 さて、これからどうするかだが……。

 くそが、と自棄を起こしたい気持ちに駆られる。ただでさえ恐怖と悪環境、圧倒的な実力差を前になすすべがなかったのだ。そのうえ重傷を負って最大の武器である走りまで失ってしまった。魔力を周囲から取り込めば魔術はいくらでも使えるが、唯一の希望だった[爆撃はぜうち]は呆気なく潰されてしまった。もう他に攻撃手段が残っていない。逃げる手段も残っていない。まるで翼を失った鳥だ。あるいは、まな板の魚か。これを絶望と呼ばずしてなんと呼べばいいのか。


 ナイトメアが、吹き飛ばしたぶんの距離を埋めるようにしてこちらに歩いてくる。ケガを抜きにしても身体が勝手に震えてしまう。あれは死神と大差ない。ここまでの距離が俺の寿命だ。じりじりと目減りしていくそれに、本能が恐怖を訴える。

 もう終わりだろう。悪夢たらんとするナイトメアが、ここで俺を逃がすとは思えない。俺は死を待つだけの身だ。このまま諦めてしまえ。ウーリや信念のことなど全て投げ出してしまえ。死んだら楽になれる。甘くささやく自分の声がする。


 ――そんなの……死んでも、ごめんだ……ッ。


 俺は誘惑を全力で拒絶する。

 ウーリが、信念が、俺の全てだ。転生しても生き方を変えられなかった俺にはよくわかる。ここで諦めてしまえば、前世で信念に殉じたことも含め、俺という存在を全否定することになるのだ。それだけはダメだ。それこそが本当の死だ。肉体は死んでも精神は死なせない。死を迎えるまでは、たとえ間際であっても諦めてなるものか。


 その気概だけを示すように、俺は立ち上がれないままナイトメアを睨みつける。

 すると、近くまでやってきたナイトメアの意識に期待がこもる。


「……ほう。精神を蝕む恐怖、全身を貫く痛み、敗北の絶望、それでもなお屈さぬか。の、見込み通り。なれば、そこから這い上がってみせよ」

「……くそ」


 簡単に言いやがって、と顔を歪める。這い上がりたいのはやまやまだが、実際にはどうしようもないのだ。物理的に骨が折れているし、そもそも全身の痛みだけで叫び出したいくらいに精神的にも追い詰められている。それをこいつはわかっていて、なおも這い上がれと言っているのだろう。それならいったいどう這い上がれっていうんだ……!


 ナイトメアから攻撃の意識が向けられる。俺は無事な右足でなんとか膝立ちになるも、移動はできない。[負爆おいはぜ]であれば一回くらいなら使えるが、その一回で肉体的に自滅するかもしれないし、たとえ自滅に耐えられても八つ首を回避できない。

 八つの竜頭が鎌首をもたげて俺を狙う。直感が最大限に警鐘を鳴らす。濃厚な死の気配に身体の震えが止まらない。俺はナイトメアを睨みつけるも、良案が浮かぶはずもない。


 ……このままでは死んでしまう! 心象魔術ユニーク、覚醒しろ! 俺の心の在り方なんてなんでもいいだろ! 頼むから、力が使えるようになれよ! このままでは、本当に――!


 そして、八つの竜頭が動き出す。

 俺を押しつぶさんと真っ直ぐ迫って来る八つ首。俺の身体より大きなそれらは、直撃すれば俺をミンチにするだろう。

 しかし逃れるすべはない。もう、動けないのだ。


 俺は何もできず、ただ卓越した動体視力でスローモーションのようにゆっくりと、死を直感させる八つ首がこちらに迫って来るのを見ているしかなかった。


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